[携帯モード] [URL送信]
1



とんでもない暑さで飛び起きた。

ああん!?と睨むように見上げたエアコンは無許可で勝手に活動を停止しやがっていた。
この部屋の主である俺を朝から怒らせるとはいい度胸をしているじゃないか。
蒸し焼きにするつもりか?ああん?と凄みを利かせながらリモコンを手に取って、昨夜自分が午前8時に切タイマーを設定していたんだということを思い出す。

ごめんな、俺のエアコン。
いつも快適な空間作りの為に一生懸命働いてくれてることはよく分かってるよ。
ほんとごめんな、お前は何も悪くないからな。
悪いのはスマホのアラームを止めた俺の右手だよな。

とりあえずエアコン様に向かって土下座をしてから静かにベッドを降り立った。
ささっと選んだ着替えを手に取って、そのまま一階にある風呂場に向かう。

思った以上に汗をかいていたようだからシャワーを浴びて、タオルで頭をガシガシしつつ歯磨きも済ませておいた。
でもまだ暑いからパンツしか履かない。

時計を見たらもう直ぐで9時を迎えそうになっていた。
まあまだいけるだろうと踏んですぐさまキッチンに向かい、冷凍庫の中をごそごそと漁る。

んー。今日はバニラ系にしようかな。

コーン付きのバニラアイスを一つ頂戴してリビングのソファに戻る。
「そんな所で食べないの!」というお叱りのお言葉(幻聴)を無視して朝食代わりのアイスをいただき始めたところで、タイミング悪くピンポンが鳴った。

…いや、早えよ。9時ピッタリかよ。
流石にまだ大丈夫だろうと思って食べ始めちゃったじゃんか。

仕方がないのでアイスを手に持ったまま室内モニターのボタンをピっと押して外と繋げる。


「はーい」

『島田通運です。お荷物お届けにあがりました』

「はい。えーっと、とりあえず玄関先に運んどいて貰えますか?」

『はい?でも今日は複数のお荷物が…』

「知ってます。でも俺今アイス食べちゃってて。後戻り出来ないタイプのヤツで」

『何か問題がありますか』

「…食べながらは流石に失礼かなって」

『それなら問題ないので鍵を開けてください。あまり時間を掛ける訳にもいきません』

「…はーい」


じゃあいいか、と思いながら玄関に向かったところで自分がまだパンイチだと言うことに気付いた。

いや、詩音よ。
アイスよりもそっちの方が重要ではなかろうか。

しかも今日の相手はあの徳川さんだぞ。
丁寧・迅速・無感情の三拍子揃った、この俺ですらちょっと気を遣っちゃう系男子だ。
アイス片手にこんな格好で出て行った日には流石に彼も侮蔑の眼差しを向けてくるに違いない。

あのクールビューティーにそんな目で見られた日にはそれはもう…


「どうぞー」


今日も今日とて俺の悪戯な好奇心が勝ってしまい、この格好のまま玄関の鍵を開けてドアをすっと押してみた。
隙間から俺の姿を確認した徳川さんは手に持っていた荷物をすとんと地面に落とし掛け、すんでのところで受け止めて「あぶな…っ」と言う表情を見せた。声は出ていない。

今のはどこかで見たことがある光景だ。
非常に記憶に新しい光景だけど、まあそれは今は忘れようか。

配達先の住人がパンイチで出てきたら流石にこの人も驚くんじゃないかなーとその反応を期待したけど期待以上だった。

驚かせちゃってすいませんねーと心の中で謝りながら「大丈夫ですか?」と訊ねると若干睨まれた、ような気がした。
その後ふいっと目を逸らされ「まだあるので」と言って持っていた荷物を差し出される。

おっと流石に引かれたか。
いや、引いたって言うか萎えた?
朝一で男の裸なんて見せられたらそりゃあ気分も悪くなるわな。

もっともな反応を示してくれた徳川さんに今更ながら本気で申し訳なさを抱きつつ。
片手で荷物を受け取る為に肩でぐっとドアを押し開けたら徳川さんの目もぐっと開かれた。


「………」

「え、荷物…」

「………」

「え、徳川さん…?」


なんでそんな固まっちゃってんの?
早く渡して貰わないとアイス溶けちゃうんだけど。
ああいやもう溶けちゃってるわ。

呼び掛けても反応がないので、とりあえず垂れかかってるアイスをぺろっと舐めてからもう一度「あのー」と呼び掛けると突然玄関の中に身体を押し込まれた。


「えっ、えっ?」

「そんな格好で外に出るのは止めた方が良い」

「っ……」


それは確かにその通りだと思う。
真面目な表情で注意されてうっとなったけどすかさず「すいません…」と謝ったら若干表情が和らいだ、ように見えた。

さっきから全部俺の主観だからあまりあてにしないで欲しい。

難しいんだよ、この人の表情から心情を読み取るの。
今まで数え切れない程顔を合わせてんのに未だに何考えてるか分かんないし、恐らく向こうにも分からせる気なんてない。
俺はあくまでも配達先の住人と言う認識でしかないんだろうから。

それで別に問題はないけど、流石にこうも頻繁に顔を合わせてたらちょっとくらい心を開いてくれてもいいのになって思ってしまう気持ちもあって。
まあ、他二人がそうだったからって言うのもあると思う。

だからちょっと、いつもと違う反応が見たくてこんなサプライズを仕掛けてしまった訳だ。

成功はしたけど失敗もしてるな、これは。
距離の詰め方間違えたわ。


「いやあ、お見苦しい姿をお見せしちゃって申し訳ない。シャワー浴びたばかりだったもので」

「…いや。別に」

「今日は定期便の日って分かってたから寝過ごさないように早起きしてスタンバってようと思ってたんですけど、微妙に遅かったみたいですねー」


朝が弱いもので、と笑って一先ずやり過ごそうとしたら徳川さんの眉がきゅっと寄せられた。
今度は見るからに困ってますって顔に書かかれているもんだから、こっちも吃驚してそれだけで「え…」と声を漏らしてしまう。

この人のこんな顔は初めて見たかも知れない。
さっきの驚き顔も焦ったような顔も勿論初めてだったけど。

自分から引き出しておきながら非常に珍しい反応に戸惑ってしまった。

どんな反応をしたらいいのか分からなくて「あー、えっとー」と俺の方も珍しく言葉を詰まらせていたら、不意に徳川さんの片手がすっと伸びてきた。
アイスを持った方の腕を掴まれ、ぐいっと俺の口元に押し付けるような動きを見せた彼が静かな声で「溶けてるよ」と囁く。


「っ……ですね」

「…僕が残りを運んでる間に食べといて」


そう言って手元の荷物を玄関の床に置いた彼が「ちゃんとそこで」と付け足してから再び外へと出て行ってしまう。

え…なに…なに今の、え…

徳川さんが俺の行動にリアクションをとることすら珍しいのに、溶けかけたアイスの心配されたんだけど…
しかも途中から敬語じゃなくなってた…

何これもしかして失敗じゃなくて成功してた感じ?
急にあの人との距離が縮まったから俺の心臓はこんなにどっきんどっきんしてるの?
俺から仕掛けたのに俺の方が調子狂わされてるのは何故なのです?

よく分からないからとりあえずアイスを食べて気持ちを落ち着かせることにする。
糖をぶち込めば俺は無敵になれるからな。

さっさと食べてさっさと服を着よう。
そして今度こそ何事もなかったかのように振舞おう。




[次へ#]

1/6ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!