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良い印象を与えようと思った訳じゃなかった。
俺だって、彼のことを何も知らない状態でどこかでバッタリ出会っていたら周りと同じ行動を取っていたかも知れないのに。

だからと言って、わざわざそれを自己申告したところで単純に相手を傷付けるだけだと分かっているからそんなことも出来ず。


「…俺みたいな奴なんてどこにでもいますよ」

「だったら何人も出会ってる。生まれてから25年間、お前みたいな奴は今まで一人もいなかった」


無難な返しをすると即座に否定された。

流石にそれは言い過ぎじゃないかと思う。
家族とか親族までそんな態度を取っていた訳じゃあるまいし。
もしかしたら事情があるのかも知れないけれど。

正直に言うとそっちよりも年齢の方が気になったから「お兄さん25歳なんですか」と訊ねると、むすっとしたような表情で「…老けてて悪かったな」と返された。
慌てて「いや、そうじゃなくて」と訂正する。


「俺からしたら憧れしかないですよ」

「…憧れ?」
 
「はい。その身長も、体格も、顔も」

「最後の顔は無理矢理付けただろ」

「いや、割と本気で言ってます。ないものねだりですけど」


この人にとっては周りから避けられることは辛いことなんだろうけど、俺からしたらそれさえも羨ましいと思ってしまう。
別に周囲に対して威圧感を与えるまではいかなくても、必然と周りから距離を取られるような存在だったら誰かに頼られることもないだろうから。

まあ、俺のそれはただの甘えかも知れないけれど。


「ないものねだりか。確かにそうだな」


そう言ってふっと笑みを零した彼を見て、そんな顔も出来るんだ…と思ったら俺の口元も自然と緩んでしまっていた。

全く笑わない人なのかと思っていた。
それならそうと早く言えばいいのに。


「お兄さんって、普段はあまり笑わない感じですか?」

「…まあ、そうだな。意識して笑うと余計に怯えられる」

「…成る程。無意識なら良いってことですね」

「は?」

「好きなものとか、趣味とか、そう言うのないんですか?」


なさそうだな…と思いながらも訊いてみたら案の定「ない」と返ってきた。
何でそんなことを訊くんだって若干警戒されてしまった印象を受けたから、直ぐに「あったらもっと雰囲気柔らかくなると思いますよ」と付け足す。


「無理矢理でも良いから自分が興味を持てそうなものを何か一つ作ってみたらどうですか。最初はそこまででも、気付いたらハマってるもんですよ」

「……お前は何かあるのか」

「ないですけど」


即答すると呆れた顔で「なんだそれ…」と言われたから笑ってしまった。
それが伝わったらしく、難しい表情で「笑ってるのか」と訊かれたから「すいません」と返すと「何で謝るんだ」と言われて返答に詰まる。


「別に怒ってる訳じゃない。顔が見えないから確認しただけだ。何もされていないのに謝られると困る」

「…すいません」

「だから、」

「今のは自分だけ顔を見せることが出来なくてって意味です」


そう答えると、静かな声で「だったら見せれば良いだろ」と言われた。
そうだよなと思いつつ「それは出来ません」と答えると、男性の眉がぐっと寄せられる。

状況が違えば思わず息を呑むような表情だったかも知れない。
でも俺は、この人に対して怖いと言う印象を抱くことはないようだ。

着ぐるみのお陰なのかも知れないけど。


「すいません、もう行かないと」

「…やっぱり逃げるんだな」

「その言い方は止めてください。単純にバイトが終わりの時間なんですよ」


人を待たせているんだと伝えると、何の脈絡もなく「さっきの餓鬼はダチか」と訊かれた。
そう言えば最初も同じ質問をされたなと思いながら「違います」と答えると「違うのか」と返される。


「少し面識があっただけです」

「そんな相手をわざわざ助けてやったんだな。その格好で」

「この格好なのはタイミングの問題で…」


そう答えてしまった後、この格好をしていなければコウセイを助けることは出来ていなかっただろうなと思って少し胸が痛んだ。

やっぱり俺はヒーローなんかじゃない。


「あいつのダチじゃないなら、お前は学生じゃないのか」

「いや、…」


素性は明かさないと決めていたのにうっかり否定してしまった。
その後「高校生?」と訊かれたから「違います」と答えると、男性が「ふうん」と相槌を打った後に名前を訊ねてくる。

この格好で名前を訊かれる度に思う。
俺が何とかと言う名前だとして、それを知ることに何の意味があるのだろうか、と。


「言わない決まりになっているので答えられません」


俺自身が決めたことではあるけど、それが何の決まりなのかは言っていないから嘘にはならないだろう。

何か突っ込まれるかと思ったけど「なら仕方ない」と言ってあっさり引いてくれたからほっとした。
やっぱり大した意味なんてなかったのかも知れない。


「そんなもんずっと被ってたら暑さで倒れても可笑しくないだろうに、気付いてやれなくて悪かった。戻ってゆっくり休んでくれ」


そう言って立ち上がった男性の急な気遣いに戸惑ってしまい、何と返したら良いか言葉が直ぐには思い浮かばなかった。


「ありがとう、ございます。あの、お兄さんも、お気を付けて」


迷った末に当たり障りのないことを言うと、それを聞いた男性が「ありがとな」と言って着ぐるみの肩にぽんと手を乗せてきた。

彼の表情は俺にはもう見えない。
でも声から判断するに、多分だけど笑ってると思う。
例え微かだったとしても、恐らく自然な表情で。

こんな風に気遣いが出来る人が、こんな風に穏やかな声を出せる人が。
どうして一目見ただけで避けられなければいけないのか。

その事実がただただ口惜しいと、柄にもなくそんなことを思ってしまった。

それもきっと、身体が暑さでそろそろ限界を迎えているからだろう。

それから、何も言わずに俺に背を向けて歩き出した男性のシルエットをぼんやりと見つめていたら、数歩先で立ち止まった彼がこちらを振り返って「じゃあな」と手を上げた。


「っ………」


その位置なら、ここからでも彼の顔が見える。
もう少し近付けば視界に入らないし、それ以上離れたらハッキリと認識出来なくなる。
その絶妙な距離は俺にしか分からない筈なのに。

計算なんてされていなかったのかも知れないけど、俺にとっての”丁度その位置”で立ち止まって笑った彼に、不覚にも心を揺らしてしまった。

偶然が重ならない限り、何の繋がりもない俺達が再び会うことはもう二度とないだろう。
それでも、お互いに笑って別れられるなら。
今日のこの出来事は、俺にとって気持ちの良い思い出になる。


「何か好きなものが見つかると良いですね」


着ぐるみの中で発した声は彼には届いていない。
でもそれでいい。

最後はぴょん太郎として愛想を振りまくように両手を振った俺を見て、男性は驚いたような表情で笑っていた。

ファンシーな着ぐるみに両手を振られて笑顔を見せる、強面の長身男性。

あまり人目に付かない所ではあったけど、傍から見たらそれも異様な光景として映るんだろう。
そうならなくなる日が早く訪れたら良いと思いながら、俺も彼に背を向けて控え室へと戻った。


***




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