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三回目のバイトの日である土曜日。
先週とは別の会場で開催されているイベントに今日も俺はぴょん太郎としてやってきている。

今日明日はフリーでお客さんと触れ合う時間が殆どらしく、先週のイベントよりも出番と言うものが少ない。
寄ってきてくれる子どもの相手をしたり一緒に写真を撮ったりするだけではあったけど、こればっかりが続くとそれはそれできつかった。

一回の活動時間は15分くらいで休憩の方が圧倒的に長いのに、あまりにも熱いせいか今日は前回よりも休憩時間があっと言う間に終わってしまう印象だ。
こんな体力仕事をあいつはよくやっていたな…とつくづく幼馴染に対して感心してしまう。


「明日も遊びに来てね〜!」


最後の出番を終え、これで漸くぴょん太郎から抜け出せる…と完全に気を抜いた状態で控え室に向けて歩いていたら、ふと横にいたアテンドさんが「あ、あの子この前の喧嘩少年…」と呟いた。

この時ちょっと思ってしまったんだ。
この人が気付いてしまうせいで俺の出番が増えてしまうんじゃないだろうか、と。

要するに余計なことに気付くなよって思ってしまった訳なんだけど。


「待ってアレ本当の喧嘩じゃない?」

「え…」


アテンドさんの声からしてそれが冗談なんかじゃなさそうだと判断する。
今回はぴょん太郎のまま声を漏らしてしまったことに対して気を遣る余裕なんてなかった。

アテンドさんの指差す方に目を向けると、確かに二人の男性が揉めているように見える。
遠目だと顔までは認識出来ないけど、身長と体格から判断して相手に掴み掛かっている方がコウセイだろう。

まずい、と思った俺は咄嗟にアテンドさんに「すいません、先に控え室に戻っててください」と声を掛け、そのまま二人のいる方向へ真っ直ぐ向かって行ってしまった。
後ろから「ぴょん太郎ファイト!」と掛けられた声には一応心の中で返事をする。

あの片方が本当にコウセイだったら。
素人目で判断してもあの体格差の相手には流石に敵わないんじゃないかと思う。

大事になる前に止められたら。

ただただその思いで二人の元に向かった俺は、背後からその少年の肩に手を置いた瞬間に自分が全くのノープランでここまでやってきたことに気付く。

こっちへ振り返ると同時、前方向に飛ばしていた殺気をそのまま俺に向かってぶつけてきた少年はやっぱりコウセイで。
相手が俺…と言うかぴょん太郎であることを知って目を見開いたコウセイに、何してるんだよとも、止めろとも言うことが出来ず。

ただ静かに「コウセイ」とその名前を呼ぶと、一瞬傷付いたような顔を見せたコウセイがパシっと俺の腕を振り払った。
それから短く舌打ちをして、再び俺に背を向けたコウセイがどこかへ向かって走り出す。

そのまま逃げて行く背中を俺も呼び止めようとは思わなかった。
呼び止めるような間柄ではなかったと、今更ながら気付いたんだ。

呼び止めたって、俺には今以上のことは何も出来ない。

だったら最初から出しゃばるなって話なんだけど、結果的に喧嘩を止めることは出来たようだったからまあ良かったことにする。

途端に気が抜けて深く長く息を吐き出した俺に、その場にいたもう一人の男性が「今のはダチか?」と静かに話し掛けてきた。

どうやら俺はコウセイのことしか見えていなかったらしい。
すっかり彼の存在を忘れていたようだ。


「…あー……」


相手がコウセイじゃないとなると喋るのを躊躇ってしまい困ったように唸ると、その男性が力のない声で「別に脅してる訳じゃない」と呟いた。

正直言うと男性の身長が高過ぎて俺には彼の顔が見えていない。
上を向くのは難しいんだ。

だから彼がどんな表情をしているのかは分からないけれど、聞こえた声からは威圧感なんてものは全く感じられなかった。
それはつまり”この人から喧嘩を売った訳じゃなさそうだ”と言う印象を受けたと言うことだ。

となると今回はコウセイから喧嘩を売ったのか?と勝手に考えていたら、男性が「止めてくれて助かった」と言ってきたのでやっぱりそうだったのかと落胆した。

落胆って言うか…ショックって言うか…

気付いたら男性に対して「…あいつに、絡まれたんですか?」と訊ねてしまっていて。


「…まあ、そんなとこか。俺は何かをしたつもりはないけどな。この顔を見てガン飛ばしてるとでも思ったんだろ」

「………」

「いつもは顔見ただけで避けられるんだよ。でも向こうから立ち向かってきたから、それが珍しくて俺も普段と違う対応を取ってしまってたかも知れない」


その発言に対して「成る程」と相槌を打とうと思ったら男性の顔を確認する必要がある。
よって、返す言葉が見当たらなかった俺は結果的にコウセイの肩を持つような発言をしてしまっていた。


「あいつもあいつで、喧嘩するつもりはなかったんだと思います」

「…どう言う意味だ」

「前に喧嘩は止めたいって言ってたんです。だから、」

「俺が悪いってことか」


言葉の途中で投げられたのは酷く冷めたような、何かを諦めたような痛々しい声だった。

咄嗟に「そんなことは言ってません」と返すとすかさず「別に良い。この顔である限り俺はずっとこうだ」と言い返される。
相手からそう言われること、そんな反応を取られることにすっかり慣れてしまっているような態度で。

数秒後、着ぐるみの中で俺の肩ががくんと落ちた。

またこのパターンかよ…
問題が問題を呼び寄せやがって…コウセイの奴…

遠い目をしながらも、自分の中に芽生えた感情に抗うことが出来ず。
溜息を吐いた後に「確かに、持って生まれたものは仕方ないですよね」と言うと少しの間沈黙が続いた。

顔が見えない分、相手がどんな反応をしているのかが分からない。
顔を見ただけで避けられると言っていたくらいだから相当な強面なのかも知れないけど、今回ばかりは顔が見えないことが不便だと思ってしまった。

着ぐるみであることに要らない欠点を見つけてしまったようだ。
まあ、今回限りの欠点であることには違いないけど。


「すいません、ぶっちゃけ俺、お兄さんの顔見えてないんですよ」

「は…?」

「お兄さんの背が高いから、この距離だと顔が視界に入らなくて」


そう伝えると、男性が「そうか…」と呟いた後その場にしゃがんだ。

これで見えるだろ、と言うことなんだろう。
ご丁寧にどうも。

決して良くはない視界で捉えた男性の顔は、確かに道でバッタリ会ったら回れ右してしまうかも知れないくらいの強面ではあった。
だけど、そこまでか?と思ってしまったのも事実だ。
それは俺が着ぐるみを通して彼を見ているからかも知れないけど、正直な印象を言うと普通に”同じ男として憧れるくらいの男らしさ”の範囲に納まる。

「分かっただろ」と言われたから頷くと、またもや数秒間無言が続いた。
それからぼそりと「…逃げないのか」と言われて少し返事を考えてしまう。

別に逃げたいとは思っていない。
ただ暑いし、このまま控え室に戻ればバイトも上がれるんだよなぁ、とは思う。


「悪い人じゃないって分かってるのに顔見て逃げるとか、そんな失礼極まりないこと出来ません。まあだからって、初対面なら顔見て逃げて良いって訳ではないとは思いますけど」


そう答えると男性の顔に驚きが浮かんだ。
唖然としたような表情で「お前みたいな奴も、いるんだな…」と言われ、発言を間違えたらしいことに気付く。

どんよりと曇っていた男性の目に光が宿ったように見えて、俺はもう一度着ぐるみの中で肩を落とした。




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あきゅろす。
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