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コウセイが過ごしてきた生活がどんなものだったのか、正直言って俺には想像がつかない。
だから気持ちを分かってあげることは出来ないけれど、導いてあげることは出来ると思う。


「止めたいって思ったのは、変わりたいって思ったのと一緒だろ?」

「変わりたい?」

「そう。だから、変われば良いんだよ。コウセイが変わらないとずっと今のままだよ」

「…変わるっつっても、どうやって…」

「コウセイの場合は内面って言うより、見た目かな」


売られた喧嘩を全て買ってしまう心理が分からないからそっちはまあ置いとこう。
それ以前に喧嘩を売られないようにすれば良いだけだと思う。


「とりあえず見た目を変えて喧嘩を売られる頻度を下げたら?目つき悪いって言われてるんだから、眼鏡掛けてみるとか」

「邪魔くせえ」

「言うと思った」


似合うと思うけどな…と漏らしたらちょっと反応があった。
伺うような視線を向けてくるコウセイに、着ぐるみの中でふっと笑みを零す。


「今、髪の毛って結構明るい色してる?」

「あ?」

「髪色暗くするのもアリかなって。顔は見えるけど色は鮮明じゃないから、実際どんな色してんのか分かんないんだけど」

「取ればいいじゃん」


その頭、と言われてもっともだなと思った。
でも、そう言う訳にもいかない。


「それは出来ない」

「なんで」

「そう言う決まりだから」

「別にもう喋ってんだから一緒だろ」

「一緒ではない、かな」


ステージ外で絶対に外したらいけないって決まりまではないから、それは俺自身の問題だ。

初対面の喧嘩少年の相談に乗れたのもこの被り物があったからで、丸腰だったら普通に会話することも出来ていなかったかも知れない。
出来ていたとしてももっと気を遣った発言をしていただろう。

それはコウセイを怖がっているからじゃなくて、俺みたいな普通の大学生に一丁前にアドバイスされたと思ったらコウセイが可哀想って言うか。

まあとにかく、顔を見せたりこれ以上素性を明かすつもりはない。
知らない方が良いこともあると思う。


「と言うか、こっそり抜け出して来てるからそろそろ戻らないと怒られるわ」


切り上げるタイミングとしては丁度良かったのかも知れない。
よいしょ、と声を出しながら立ち上がると引き留めるように腕を掴まれた。

それにはもうすっかり慣れてしまったし何なら可愛い奴だなとか思ってるくらいではあるけど、今度こそ本当に放して貰わないと困る。


「コウセイ、」

「アンタの名前は?」

「…ぴょん太郎」

「ふざけてんじゃねえよ」

「……ごめん」


それも言えないと伝えると、掴まれた手にぎゅっと力が込められた。
寂しそうに歪んだ表情からそっと目を逸らして、その手を外しながら「もう行くよ」と声を掛ける。


「バイト終わるまで待ってちゃ駄目なのか」

「…待ってたとしても、俺は声を掛けるつもりはないよ」

「でもそうでもしないと、もうアンタには会えないんだろ」

「………」


困ったな…
まさかここまで懐かれるとは思わなかった。

ちょっと相談に乗ったくらいでここまで心を開けるような人間が喧嘩を止められなくて困っているだとか。
それは本当なのかと今更ながら疑ってしまう。
逆を言うとそれくらい、コウセイが喧嘩をしまくっていると言う印象が今の俺にはない。

最初は俺も、そんな風に見てしまっていたのに。

ひっそりとバレないように溜息を吐いて、掴まれていない方の手をコウセイの頭にぽふっと乗せた。
じっと見つめてくる目があまりにも真っ直ぐで、これは俺なりの譲歩だと自分に言い聞かせながら「明日もいるけど」と伝える。


「明日も同じ時間に、この格好でいる」

「また話せんの?」

「さあ。それは分からないけど、不可能ではないんじゃない?」


そう答えると、コウセイの表情がふっと緩んだ。
安心しきったような、年相応の輝きを持ったその笑顔を見て、俺も自然と口元を緩めてしまう。


「じゃあ明日も張っといてやるよ」


それを聞いて、コウセイらしい言い方だなと思ってしまった。
”らしい”とか言って、まだコウセイのことなんてほんの少ししか知らない癖に。

頭に乗せていた手を引くと同時に掴まれていた手も離された。
それに対して少しだけ名残惜しい気持ちを抱いてしまったのはこの際だから認める。

でも俺は、コウセイに対してあまり深入りするつもりもない。


「一応注意しとくけど、周りに人がいる時に話し掛けられると困るし返事も出来ないから」

「分かってるって。俺とアンタだけの密会だと思えばいいんだろ?」

「……。じゃあ、それで」


変な言い方するなよと思ったけどあえて突っ込まなかった。
別に変な意味なんてないだろうから。


「また明日な、ぴょん太郎」


呼ばれた名前に意識を呼び戻されたような感覚になって、最後は手を上げる動作だけで応えてそのまま少年に背を向けた。

ここからはもう、ちゃんとぴょん太郎に戻らなければいけない。
休憩時間はまだまだあるけど、その間にもう一度着ぐるみバイトの心得を頭の中に叩き込もうと思う。

コウセイのことはイレギュラーだったと、言い訳をして。


「あっ!どこ行ってたの!?」


控えのテントに戻ると慌てた様子のアテンドさんに迎えられた。
直ぐに被り物を外して「勝手な行動をとってすみませんでした」と頭を下げる。


「いや、何してたの?」

「…さっきの少年に、絆創膏を渡しに行ってました」


そこは誤魔化さずに正直に話すと、アテンドさんが驚いた顔を見せながら「丸山くん、あなた優しさの塊じゃない…」と呟いた。

その後も勝手に消えたことに対して注意されたくらいで叱られるようなことはなかったから一先ず安心したものの。
なんとなく、頭の中にはずっとコウセイの顔が浮かんでしまっていて。

今日もこの後どこかで誰かと喧嘩に発展しやしないだろうか、とか。
それでもし大きな怪我でもしたらどうするんだろう、とか。

深入りしないと決めたのは自分自身の癖に、完全に親のような目線で彼のことを心配してしまっている自分に嫌気が差す。

そうは言っても、例え明日も会えたとして、そこでもやっぱり俺は素性を明かすつもりはないのだから今以上にコウセイとの関係が深くなる訳でもないだろう。
向こうも向こうで、親身になって相談に乗ってくれた相手にちょっと気を許してしまったってだけで、俺のことなんて直ぐ忘れるに決まってる。


「丸山くん、そろそろ出番よ」

「はい」


ふう、と大きく息を吐き出し、それからぴょん太郎の頭を被る。

この着ぐるみの中に入っている時の俺は、俺じゃない。
俺はあくまでもぴょん太郎なんだ、ともう一度自分に言い聞かせて、その日最後のステージに上がった。


***




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あきゅろす。
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