[携帯モード] [URL送信]
14



着ぐるみバイト、最後の三連休。
この三日間はぴょん太郎以外の着ぐるみ達もかなりの数が参加するイベントで、今日はその初日の金曜日。

着ぐるみのステージ割りは大体均等になるように三日間に振り分けられていて、ぴょん太郎がメインで上がるステージはまさに今日だ。
今回のバイトの一番の大仕事と言っても過言ではない出番を先程終え、あとは広い会場を散歩しながらイベントの来場者と触れ合うだけとなった頃。

彼女には何か特殊なセンサーでも備わっているのか。
今日もしっかりとコウセイの姿を見つけ出したらしいアテンドさんだったんだけど。


「ちょっとちょっと、大変。お友達のあの少年、腕怪我してる」


俺にだけ聞こえるくらいの小声で焦ったように伝えられた言葉を聞いて、俺の心臓がどきりと嫌な音を立てた。

その一瞬で動揺してしまったのもあって、コウセイがどこにいるのか直ぐに視界で捉えることが出来なかった。
そんな俺を導くように「行こう」と言って歩き出したアテンドさんはこの時一体どんな心境でいたのか。

この人の目的も俺には分からないな…とあえて余計なことを考えて気持ちを落ち着かせながら彼女について行くと、確かにどこからどう見ても腕を怪我しているコウセイの元に辿り着いた。

いや、怪我って…骨折レベルかよ…

何があったんだ、と問いただしたい気持ちを我慢している俺なんてつゆ知らずと言った様子で、俺達を見つけたコウセイが「あ。よっ」と言って笑顔を見せながら骨折していない方の腕を上げる。

よっ、じゃない。
なんだお前そんなとこにいたのか、じゃないんだよ。

何で笑っているんだ。お前は。


「ねえちょっと、その腕どうしたの?」

「あ?あー、骨折?」

「そんなの見たら分かるわよ。何?事故?」

「あー、まあ、そんなとこ」


俺の代わりに訊いてくれたアテンドさんに感謝をしつつ激しく同調していたら、事故だと聞こえてそれまでの色んな不安が全部心配に切り替わった。
思わずコウセイの肩に手を伸ばしそうになって、それに気付いたコウセイが身体を躱しながら驚いたように笑う。


「っと。んだよ、弱ってる隙でも狙った?」

「っ……」


違うに決まってるだろ、と声に出して言わなかった俺を褒めて欲しい。

でも、コウセイにしろアテンドさんにしろ、俺の顔も様子も見えていない筈なのに俺の心境を読み取ることが出来たらしい。

アテンドさんの声で「丁度良いわ。休憩にしましょう」と聞こえた後、彼女がコウセイに対して「少年、ちゃんと説明してあげるのよ」と声を掛ける。
それに対してコウセイが「はいよー」と軽い感じで答えるからちょっとイラっとした。
その声自体も若干楽しそうに弾んでいるように聞こえたから更にイラっとした。

他人が心配してるって言うのに、コウセイの奴…

何で俺がイライラしてるんだよ、と自分でも呆れながら控え室に戻り、色々察してくれたのか必要以上に声を掛けてこないアテンドさんに「ちょっと行ってきます」と挨拶をしてからコウセイの元に向かう。

今日はもう被り物しなくて良いかな、とまで思ってしまったけど結局被った。
俺がこれだけ心配しているのも今までのぴょん太郎としてのやり取りがあったからだ、と自分に言い聞かせる為に。


「コウセイ」


今回は多くの着ぐるみ達が参加しているイベントなだけあって、控え室の数自体もそうだし、その周辺を利用する人も多い。
当然ながら着ぐるみの格好のまま休憩に入っている人は他にはいないけど、まあお陰でコウセイからしたらいい目印になったようだ。

俺の姿を見つけて近寄ってきたコウセイが、どこかを指差しながら「あっちあんま人いない」と言って俺の腕を掴む。
その手が心なしかいつもより優しい気がして、咄嗟にその手を振り解いてしまった。

その後直ぐに「見えるから」と言い訳したけれど、その声が動揺で若干揺れていたことにコウセイは気付いたのかどうか。
ふっと笑うだけ笑って何も言わずに歩くコウセイの後をついて行き、人気の少ない場所で揃って立ち止まる。


「言っとくけど俺は何もしてねえから」


開口一番、堂々と吐かれた台詞を聞いて俺の中で疑問が膨らんでしまい直ぐに返答が出来なかった。
試すような声で「疑ってんの?」と言われたから慌てて「違う」と否定する。


「事故って言ってただろ」

「みたいなもんって言ったんだよ」


いや、言ってない。
確かに曖昧な表現をしていたような気はするけどそうは言ってなかった。


「どう言う意味?」

「別に。喧嘩売られたけど買わなかっただけだよ」

「…えっ?」

「だから、殴られてもやり返さなかったってこと」

「………」


要するにそれは、抵抗しなかったと言うことか。

殴られただけで腕が骨折するのかどうか俺にはよく分からないけど、そんな訳ないよな。
ってことは殴られただけじゃないってことになるよな。


「馬鹿、なのかよ…」


頭の中で一通り考えた結果、俺の口から漏れた声は自分でも恥ずかしくなるくらい酷く頼りないものだった。

売られた喧嘩を買わなかった。
その事実だけならばきっと手放しで喜べていただろうに。

何で。何故喧嘩を買わなかったら一方的にやられると言う結末になってしまうのか。


「やり返さなかったんだからちょっとくらい褒めてくれてもいいだろ」

「そうじゃないだろ。正当防衛って言葉を知らないのかよ」

「んなこと言っても、こっちが一発でも殴り返したら決着つくまで終わんねえだろ」

「だからって、だったら逃げれば…」

「逃げるくらいならやり返してる。だから、やり返さないって決めた段階でその選択肢は俺の中にない」

「…なんだ…それ…」


滅茶苦茶じゃないか、と思った。
そんなのやられにいったようなもんだ。

そんなこと言ったら、この先も一方的にやられることが続くかも知れないってことになる。
そんなことあって良い訳がない。


「…そう言うやり方しか、出来ない世界…?」

「いや、ルールなんかあってないような世界だろ」

「…ごめん、よく分からない。そうじゃないってこと?」


その質問に対してコウセイは「今回は俺がそうしただけ」と答えた。
だったらやっぱり馬鹿だと言いたくなったけど、俺が言葉を返す前に付け足された台詞を聞いて全てを呑み込んでしまう。


「アンタに証明したかったのかもな」


そこに格好付けるような素振りなんてものはなかったと思う。

少しだけ照れたように笑うコウセイに視線を向けられ、俺はそこで初めて身体から力を抜くことが出来た。
やっぱり馬鹿だと思ったけど、それを言っても無駄だと言うことはよく分かった。




[*前へ][次へ#]

14/22ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!