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そうなるきっかけが俺だったとか、そんなことはどうでもいい。
きっかけ云々ではなく、片瀬さん自身が変わり始めていることが全てだと思う訳で。

きっともう良い循環が生まれ始めているんだろう。
気持ちが大事って、結構あると思うし。
少しずつだとしてもこのまま彼自身が変化していけば、嫌だった環境から抜け出せるんじゃないだろうか。


「助けて貰ったこと以外でも何か良いことありました?」


後押しになればと思って訊いてみたら元気良く「はい」と返ってきた。
ほらなとほくそ笑んでいたら「今この状況が」と補足されてしまい、直ぐに着ぐるみの下の笑みも引っ込む。

でもその後「先週は声を掛けられなかったから…」と言う呟きが聞こえて状況が変わった。


「来てたんですか?」

「うん…でもその、別の人と話している所を見てしまって…」

「別の人?……それって土曜ですか?」

「ううん、日曜日」


じゃあ、コウセイか。

あまり一般の人が通るような場所では話してなかった筈だけど、一体どのタイミングで見られたのか。

と言うか、その状況を見たから遠慮をしたってことなんだろうか。
だとしたらその理由は…?


「あの男の子は、バイト仲間…ではないよね…?」

「はい」

「…もしかして…あの子のことも、助けてあげたの…?」


その質問の意図が一番分からない。

違うと言えば違うし、そうだと言えばそうだ。
だけど、それを知ることに何の意味があるのか。

疑問を抱きつつも「まあ、そんな感じです」と答えると、男性があからさまに肩をがくんと落とした。
それから「やっぱり君は…皆のヒーローなんだね…」と言われて、何となくだけど彼の心情を察する。

片瀬さんのその感情は一種の刷り込みみたいなもんだろう。

まあ、そうなる気持ち自体は分からなくはない。
でもよく考えて欲しい。相手は俺だ。

いや、違うな。俺じゃない。ぴょん太郎だ。
だったら尚更、皆のヒーローであっておかしくない筈だ。
そう言うコンセプトでもあるんだから。

対象は主に子ども達だけど、言ったらコウセイもまだ子どもだし。


「あの。ぴょん太郎のことは調べて貰ってますよね…?」

「あ…僕はぴょん太郎じゃなくて、君自身のことを訊いているつもりだったんだけど…」


それを聞いた瞬間、まずいと思ってしまった。
コウセイが言うところの境界線を、この人は何も言わずに越えてこようとしているんじゃないかと気付いて。


「えーっと…見てたなら分かると思うんですけど、俺はこの格好のまま話してましたよね。だからその、俺のそれはぴょん太郎じゃないと成立しないって言うか」

「成立…?」

「…要するに、俺はぴょん太郎として貴方達と会話をしているだけだってことです」


そんなこと言って、そもそもぴょん太郎は喋らないんだからその点は大きく矛盾しているんだけども。
でもやっぱり、彼はそこを突いてくるような人ではないんだよな。


「…分かりました。それでも良いです。それでも良いから、また貴方に会いに来たらお話して貰えますか?」

「………」


うーん。

ここで無理ですって言ったらどうなるかは目に見えている。
大人があからさまに凹む姿なんて俺も見たくなどない。

だからって、これ以上俺の休憩時間を慈善活動に捧げたくもない。

そもそも目的は何なんだ。


「お話って、何を話すことがあるんでしょうか」

「何でも良いです。今日も暑いですねとか、そんなことでも」

「いや、すいません。休憩中って言っても、流石に世間話をするのはどうかなって」

「それなら……あ!差し入れとか!冷たい飲み物とか持ってくるから、それを受け取って貰えたら!」


いや、それはもうただのファンじゃないか。
ファンって言うか、サポーターだろ。


「確認しないと分からないですけど、多分そう言うのは直接受け取ったら駄目なんじゃないかと思います」

「じゃあさっきの女性に渡します…!」

「いや、…別に既に用意して貰ってるので足りてるんで差し入れとかしていただかなくて大丈夫なんですけど」


それって別に俺と接触しなくても可能じゃないか?と思う訳で。

アテンドさんに渡すなら俺はその場にいなくても良いだろう。
どうしても差し入れがしたいのであれば好きにすれば良いけど、それなら俺が彼と話す必要がない。

だから結局、俺は貴方と話す時間をあえて作るつもりはないですよってことを言おうとしたんだけど。


「こんなに暑い中、そんな格好で頑張ってるから…僕にも何か、君の為に出来ることがないかなって思って…」

「………」

「それが迷惑なら、勿論無理に押し付けたりはしないけど…僕に出来ることって…それくらいしかないし…」

「………」

「何もせずにお話だけして貰うのは申し訳ないって思うから…だから…」

「っ…あー、もう。分かりましたよ」


俺がそう答えるまで折れないつもりだろ、って冗談でもいいから思えるような相手だったら良かった。
彼がそんな計算なんてしていないことは明らかで、だからこそ質が悪いと思ってしまう。

いっそ打算的な人だったら、こっちからハッキリと線を引くことが出来るのに。

駄目なんだよな俺、片瀬さんみたいな人…
どうしても放って置けないし、要らないお節介まで焼きたくなってしまう。


「この前、応援は幾らでも受け取るって言いましたし。片瀬さんのそのお気持ちはまあ、普通に有難いですよ」

「っ……」

「ただ俺も、何かをして貰いたい訳じゃないので。お話って言うのがまだちょっと分かんないですけど、まあ、今回みたいに短い時間で良ければ……」


コウセイの相手はしているのに片瀬さんは断るって言うのも変な話だし、と結論付けて自分なりに納得したつもりだったんだけど。

片瀬さんの様子がおかしいことに気付いて途中で言葉を止めてしまった。
口元を抑えて驚いてる…と言うか、動揺してる?


「…どうしたんですか?」

「っ…いやっ、名前っ…」

「え?」

「その…僕の名前…覚えててくれたのが……嬉しくて…」

「………」


まあ、思うことは色々あった。
いちいち挙げないけど、頭の中では結構色んなことを思っていた。

結果的に、余計なことを言って話を広げない方が良いと判断して「そうですか」とだけ返すと、片瀬さんが何も言わずにこくりと頷く。

うん、と言う意味だったんだろうか。
よく分からないけど、その表情が俺には緩んでいるように見えてしまったから僅かに視線を逸らしておいた。

この後俺達は非常にぎこちないやり取りをして別れることになる。
でも俺は、その得体の知れない空気の正体をあまり深くは考えないようにした。

考えたところで、意味なんてないから。

この日、イベント会場にコウセイは現れなかった。


***




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