12 その日のバイト帰り。 今日のイベントは午後からで、バイト自体も数時間で終わったから帰宅時でも珍しく気力と体力が残っていた。 折角普段は足を運ばないような場所まで来ているんだから少しくらい寄り道をしてから帰ろうかと思い、バイト先から駅までの道中にある建物を物色していた時だった。 そうやって、いつもと違うことをしようとしたからなのか。 これも偶然なんだと思いたいんだけど、たまたま覗いたショップの隣の細い通路で、片瀬と名乗ったあの男性が喧嘩っ早そうな少年達に絡まれている場面を目撃してしまった。 それが見ず知らずの他人だったとしても無視出来ていたかどうかは分からない。 でも今は特に、片瀬さんとバッチリ目が合ってしまっていて。 こんなの助ける以外ないだろ、と思うことが世の中の普通であって欲しい。 そんなことを願いながら、怯えと困惑が混ざったような表情をしている片瀬さんに向かって「先輩じゃないですか」と声を掛けた。 こちらを振り返った少年達が「は?誰だよお前」みたいなことを言って凄んできたけど、どうやらコウセイのお陰で不良に対する免疫が付いているようだ。 今の俺に”怖い”なんて感情は一ミリもない。 「その人の知り合いですけど、彼が何かしました?」 「うっせえな。関係ねえだろ」 「そこで直ぐに出てこないってことは真っ当な理由がないってことですね」 「あ゛!?んだよお前喧嘩売ってんのか!?」 「いいえ全く。でもそうですね、話し合いで解決しなさそうなので警察を呼びましょうか」 そう言ってスマホを取り出しただけで少年達が慌て始めたから心の中で笑ってしまった。 なんだ、まだ可愛いもんじゃないか。 やってることは決して可愛くはないけれど。 それからちっと短く舌打ちをして、まるで漫画の一コマのように「行くぞ」と言って俺達を睨みながら去って行った少年達を見送った後。 横から「ありがとうございました…っ」と掛けられた声に「人が多い道を通って帰った方が良いですよ」とだけ返して俺も彼に背を向ける。 「待ってください…!お礼を…」 「結構です」 「っ、でも…」 「すいません、急いでいるので」 一瞬だけ振り返ってぺこっと頭を下げてから直ぐにその場を立ち去った。 顔は知られていないから気付かれないと思っていたけど、もしかしたら声で勘付かれてしまう可能性もあると言うことに気付いたんだ。 だから必要以上の会話は避けて、早急にその場を去ったんだけど。 今のはまあ、助けたことには違いない。 でも、物凄く感じの悪い去り方をしてしまったような気がする。 別に恩を売るつもりなんてなかったんだからどう思われてもいいけど、流石に態度が悪かったかも知れない。 まあ、彼はそこに関して何かを思うような人じゃないだろうからいいか。 とか言って、彼のことなんてよく知らないんだけど。 それにしても、この辺りにいたってことはもしかして俺がぴょん太郎として参加していたイベントに来ていたんだろうか。 最初に彼を助けた時以来、俺の前には姿を現していなかったから興味を失われたものだと思っていたけれど。 もしかして遠くから見守っていたとか? あの人ならやりそうだな、と思ったらついつい口元を緩めてしまった。 そりゃあ興味を失って貰った方が良いんだけど、話し掛けられるよりはそっちの方がまだマシだ。 それが”ぴょん太郎”に対する正しい応援の仕方でもあるのかも知れないし。 そんな風に思っていたのに、翌日のバイト中に俺は片瀬さんと再会することになる。 *** 「あの…!休憩時間に、彼と少しお話が出来たら…!」 出番終わり、アテンドさんに連れられて控え室に戻ろうとしていた時だった。 ぴょん太郎の俺ではなく、隣にいるアテンドさんを呼び止めてそう声を掛けてきた彼――片瀬さんに、俺は着ぐるみの中で小さく「何でだよ…」と嘆きを落とした。 「あれ?貴方はこの前の…」 「そうです。以前彼に助けて貰った者で…」 「もしかしてまた丸……ぴょん太郎に救われちゃいました?」 またさらっと俺の名前を呼ぼうとしてるじゃないか。 しかも、俺が度々人を救ってるみたいな言い方をして。 今回は違うからなと思っていたら、片瀬さんが「そうです。そのお礼がしたくて」と言ったから心臓が嫌な音を立てた。 もしかして昨日助けた相手が俺だと気付いたんだろうか。 いやでも流石に、声を聞いただけでは俺だと断定出来ないだろう。 それに、気付かれたとしても知らないフリをすれば良いだけだ。 着ぐるみを着ているお陰で、この僅かな動揺が彼の目に触れることはなかったから良かったものの。 相変わらずアテンドさんは俺に対する気遣いの方向が間違っていて。 今回も俺の了承を得ることなく「良いですけど、暑いから短時間にしてあげてくださいね」と慣れたように返事をしてしまったせいで、またもや俺の休憩時間が削られることになってしまった。 最早アテンドさんも俺がぴょん太郎の格好のまま出ていくことに対しても何も言われなくなっている。 まるで定例行事のようになってしまっているけれど、これは一体何の慈善活動なんだろうか。 控えのテントで身体をクールダウンさせた後、多少の不安を抱えながら男性の元へ向かうと「お疲れ様です」と言って頭を下げられたから即座に頭を上げて貰った。 いい大人が何を着ぐるみ相手に易々と頭を下げているのか。 そんなことが出来てしまうから周りから舐められるんじゃないだろうか、と思った後にそれは失礼だったと気付いて一人で反省する。 「僕のこと、覚えてくれてますか」 「…それは、まあ」 「良かった。あの、実は昨日、カツアゲされていたところを偶然通り掛かった青年が助けてくれたんですけど」 単刀直入に切り出された話題を聞いて俺の不安が的中したかと動揺すると同時に、あれはカツアゲの場面だったんだな…と思ったから返答に間が生まれてしまった。 少し遅れて「それは良かったですね」と返すと、少し嬉しそうな声で「はい」と返ってくる。 「初対面なのに知り合いを装ってくれて、カツアゲをしてきた人達にも全く動じることなく、冷静な態度で警察を呼ぼうとしてくれて…凄く、格好良い子でした」 「……へえ」 なんだろう。物凄く気まずい。 ちょっと盛ってるよな。別に格好良さなんてものはなかった筈だ。 本人が言うんだから間違いない。 大したことはしてないでしょ、と言えたら良いのに。 彼がまるで”僕は今、人の温もりに包まれています”みたいな穏やかな表情を見せるから、余計に何も言えなくなってしまう。 と言うか、そんな話を俺にしてどうしたいのか。 この感じだと俺が心配していたよな「実はアレ、貴方でしたよね?」と言われることはなさそうだから、あえてその話をしてくる意図が分からないな…と思っていたら。 彼がぽつりと「僕も誰かを助けられるような人間になりたい…」と呟いた。 その呟きですら、俺にとっては意図をはかりかねるものだったけれど。 「…そう思える人は、知らない間に誰かのことを救ってあげてるんじゃないですかね」 気付けばまた、そんなお節介発言をしてしまっていて。 それを聞いた男性は、はっとしたような表情を見せた後。 「そうだといいな」と言って笑顔を見せた。 その笑顔が何だか既に幸せそうに見えて、もしかしたら彼の人生が少しずつ変化しつつあるのかも知れないと思ったら、俺もほんの少しだけ嬉しくなった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |