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それはもう二度と関わるなと言う意味なのか。
そう訊ねようとしたのに、何故だか少し躊躇ってしまって。

自分から言えない言葉をコウセイの方から言ってくれたんだ。
寧ろほっとするところの筈なのに。

何とか絞り出した声で「それは、つまり…」と言い掛けた言葉はコウセイの声に遮られた。


「アンタは喧嘩なんかしたことないんだろ。そんな格好してるからって、関係なしに殴ってくる奴だっているんだからな?」

「…コウセイのこと言ってる…?」

「ああ?んな訳ねえだろ。いつ俺がアンタを殴ったんだよ」

「っ、いや、うん、ごめん」


違ったらしい。
揶揄ったつもりなんてなったけど、怒らせてしまったようだから謝ると「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ」とまた怒られた。

じゃあ、何だって言うのか。


「喧嘩も出来ねえ奴が簡単に首突っ込むなって言ってんだよ。巻き込まれて怪我させられたらどうすんだ」


馬鹿野郎、と吐き捨てるように言われて、そこで漸くコウセイの発言の意味を理解することが出来た。

そう言うことか、と納得したらついつい笑ってしまって。


「おい、アンタ今笑ってんだろ?」

「…何で見えないのに分かるの」

「空気で分かんだよ。何笑ってんだよ。マジで危機感ねえ奴だな」

「危機感?それってコウセイ相手に必要なもの?」


そう訊ねると、コウセイはぐっと眉を寄せて黙ってしまった。

可笑しなことを言ったつもりはないんだけど。
俺のことを心配してくれるような相手に何の危機感を持ったら良いって言うんだ。


「心配してくれたんじゃないの?さっきのってそう言う意味じゃなかった?」

「…お人好しの馬鹿に忠告してやっただけだよ」

「成る程。まあ、それでも良いけど」

「…それでアンタがもうあんなことしないって言うなら、心配したってことにしてやってもいい」

「………ぶっ」


どんな照れ隠しだよ、それ。

今度はしっかりと吹き出してしまったから俺が笑ったことも伝わっただろう。
案の定「何また笑って…」と怒り出したコウセイの頭に手を乗せ、ぽんぽんと撫でながら「ありがとう」と伝えると再びコウセイが口を閉ざす。

恥ずかしがり屋のツンデレか。
何だかんだ可愛いとこあるんだよな、こいつ。


「コウセイだったから止めに行ったって言ったじゃん」

「…とか言って、この前は別の男助けてただろ」

「え?」


何の話?と頭で考えていると「くっそ弱そうな男と話してたの見た」と言われて、それが片瀬さんのことを指していると気付いた。


「見てたの?」

「…たまたま」

「…ふうん。声掛けなかったんだ」

「だってなんか…」


理由を言い掛けて途中で止めたコウセイが、頭に乗せたままだった俺の腕を掴んだ。
それからまたあの、突き刺さるように真っ直ぐな目を向けられて俺の心臓が跳ねる。

別に言いたくないなら無理に言わなくても…と言おうとしたけど、真剣な表情の彼に「顔、見せて欲しい」と言われて言葉を呑み込んだ。


「…だからそれは、」

「アンタのこと、もっと知りたいんだよ」

「っ………」


こうも直接的な表現をされてしまうとこっちも誤魔化しが利かなくなる。
そんなの、さっきまで心配したかどうか一つで恥ずかしがっていた奴が言うような台詞じゃないだろ。


「そんなこと言われても困る」

「名前は?」

「…言わないって」

「別に名字くらいならいいだろ。アンタって呼ぶの嫌なんだよ」

「…俺はそれで構わないから」

「俺が嫌だっつってんの」


そんなのそっちの勝手な感情じゃないか。

そう言おうとしたけれど、また昨日のように空気が悪い状態で別れたら余計な蟠りが残ると思って我慢した。


「…訊いてどうすんの」

「呼ぶ以外になくね?」

「そうじゃなくて、…まあいいや」

「いいの」

「いや、…まあ、適当な名前言っても別に分かんないか」

「はぁ?んなことわざわざ言葉にするとか馬鹿過ぎんだろ。良いって言うと思ってんのか」

「……確かに」


はあ…と溜息を吐くと「溜息吐きたいのはこっちだよ」と言われた。

何でだよ。絶対にこっちだろ。
どう考えても俺の方が困らされているじゃないか。


「…分かったよ。めんどくさいから言うよ。でも名字だけだから」

「今めんどくさいって言った?」

「言ったよ。俺は基本めんどくさがりだから」

「ふうん?でもお人好しなんだな」


変な奴、と言って笑ったコウセイの顔から思わず目を逸らす。
どうしてか、その笑顔が俺の目には眩しく映ったんだ。


「で?なんて名前?」

「…丸山」

「下は?」

「名字だけって言った筈だけど」

「ふっ。アンタの方がよっぽどめんどくせえじゃん」


「ま、いいけど」と言って笑ったコウセイに心の中で「結局アンタって呼んでんじゃん」と突っ込んだ。
そんな心を見透かしたかのように「丸山」と呼ばれて、「なに」と返すまでに少し時間が掛かってしまう。


「隠されると余計気になるわ」

「そう」

「丸山…太郎?」

「だったらぴょん太郎で良いよ」

「嘘だよ。怒んなって」

「別に怒ってないけど」


そう答えけど、俺の声はどう聞いても不機嫌さが滲み出ていたことだろう。

コウセイと話していると調子が狂う。


「もう戻って良い?ちゃんと休憩しないと次の出番の時耐えられないから」

「やっぱそれって死ぬほど暑い?」

「暑いよ」

「ふうん。だったら尚更脱げば良いのに」


それは確かにそうだ、と思ったけど言わなかった。
これ以上余計なことを喋って墓穴を掘りたくない。

コウセイの言葉には何も返さずに「じゃあまあ、頑張って」と言って立ち上がると、握られていた手がすっと放された。
座ったまま真っ直ぐ俺を見上げてくるコウセイが「次はどこでやってんの?」と訊いてくる。


「…ぴょん太郎で検索して調べて」

「はー。やっぱめんどくせえ」

「……そのくらい自分で調べてたって――」

「言っとくけど俺はぴょん太郎に会いにきたつもりはねえからな」

「っ……は…?」

「次もアンタに会いにくるから。見つけたら可愛く手振って」


そう言って悪戯っぽく笑ったコウセイに「それは、ぴょん太郎としてなら」と可愛げの欠片もない言葉を返しておいた。
本当はそれすらも嫌だと思ったけど我慢したんだから褒めて欲しいくらいだ。

「じゃあ」と言って向けた背中に掛けられた言葉にはもう返事はしなかった。
何かを返す気力なんて俺にはもう残っていなかったんだ。


「またな、丸山」


***




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