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小学校からの幼馴染(女)が怪我をしたとのことで一ヶ月間バイトの代打を頼まれた。

内容は土日祝限定の着ぐるみの中の人。
周りにいる友達は手当り次第声を掛けたけど全員断られたらしく、最終的に俺に回ってきた。
俺の身長は残念ながらそんなに高くないから俺でも代わりは勤まるだろう、ってことで。

正直言うと死ぬほど暑そうだし、人前に立つのとか得意じゃないからそのバイト自体はやりたくない。
でも、怪我が理由だと聞かされたら断ることなんて出来なかった。

俺は昔からこうだ。
厄介ごとは面倒だと思っている癖に、他人から物事を頼まれると断ることが出来ない。
放って置けば良いのにってことにもどうしてか手を出してしまうところがある。

でも、幼馴染の芽唯(メイ)は俺の性格をよく知ってるから本当に困った時しか頼ってこない。
だから今回は俺に話が回ってきた段階で彼女の緊急事態を察することが出来て、直ぐにいいよと答えた。

そのせいで18年生きてきた中で最大の厄介ごとに巻き込まれることになるとは、当然俺自身もそこまでは思ってなどいなかった。


***


「池田ちゃんの幼馴染って聞いてたからもっと元気系の子だと思ってた。丸山くんこう言う仕事苦手じゃない?」

「あー、えっと」


そう言うのって一目見ただけで分かるもんなんだろうか。
それとも俺の顔が余程やる気がなさそうに見えたか。

そうですね、と答える訳にもいかず返答に困っていたら、バイト担当の男性が「ま、被っちゃえばこっちのもんか」と言って俺の肩をポンと叩いた。

よく分からないけど突き返されはしなかったから第一関門は突破出来たっぽい。
俺って普段からやる気ない顔してるらしいから、最悪初っ端からアウトって可能性もあるなと言う不安はあった。


「子どもは好き?」

「え?…どう、でしょう。苦手ではないです」

「じゃあ大丈夫だ。殆ど子ども相手の仕事だから、子ども達の人気者になれると思って頑張って」

「…はい」


子ども達の人気者…

あまり想像がつかないな、と思っていた俺はそれから約二時間後にその現象を嫌と言うほど体験することになる。


「ぴょん太郎だー!!かわいー!」

「ぴょん太郎ぎゅーしよー!」

「いっしょにおしゃしんとろー!」


ああ、うん、おお…と出そうになる声を抑えながら身体の動きだけで子ども達の要望に応えることの難しさと言ったら。

確かにこれは子ども好きでその相手をやり慣れている人がやった方が良い仕事だと思う。
俺にも5歳下の弟がいるから子どもの相手が全くの未経験ではなかったことが唯一の救いだ。

それにしても、勢いと人気が凄い。
そして子どもの観察力は侮れないことがよく分かった。
俺の拙い動きを見て「今日のぴょん太郎なんかちょっとへんだねー」と言ってくる子ども達に何度ひやっとさせられたことか。

付き添ってくれているアテンドさんのフォローのお陰で危うい状況は回避出来ているけど、そう何度も言われるともっと頑張らないとと思ってしまう。

それがちょっとしんどかったりする。

何事もあまり頑張らず、適当に。
そうやって飄々と生きていくことを目標としているのに、結局俺にはそれが出来なくて何だかんだ頑張ってしまう。

そのせいなんだろうか。
基本的に周囲に対して無関心なのに、引き寄せるかのように俺のところに色々集まってくるのは俺のそう言うところが出ちゃってるからなんだろうか。

なんて、面倒臭くなったからそんなことを考えるのは直ぐに止めた。
今更文句は言えないことも分かっているし、引き受けた以上俺はぴょん太郎になりきるしかない。

溜息を吐いてもバレないところは利点かも知れないなと思いながら、それからも主に子ども達の声援に応え続けた。


「次のステージがぴょん太郎に会える最後のチャンスだよ〜!また会いに来てあげてね〜?」

「「はーい!」」


健気な子ども達の声に手を振って応えながら、アテンドさんの誘導で裏に捌けて行く。
次の15分の出番が終わればやっと解放される…と思いながら重たい身体を動かしていたら、不意に側にいるアテンドさんが「うわ、喧嘩かな…血が出てる…」と物騒な台詞を呟いた。

思わず「え?」と出してしまった声に若干焦りつつ、普段の数倍は悪い視界で辺りを見渡すと、人目に付かなさそうな建物と建物の隙間で壁に寄りかかって眠っている少年の姿が目にった。
生憎どこからどの程度の出血をしているのかまでは判断がつかなかったけど、アテンドさんの見立てが合っているのなら気を失っている可能性もあると思う。
大丈夫かな…と余計な心配を抱いてしまったのが最後だった。

控えのテントに着いて頭の被り物を外して直ぐ、アテンドさんにさっきの少年の状態を伺うと口の端が若干切れているように見えたと教えられた。
あれは多分寝ていただけだと聞いて少し安心しつつも、それなら持っている絆創膏でどうにかなるかも知れないと思って、汗だくの状態のまま荷物を漁り始めてふと手を止める。

絆創膏でどうにかなったとして、だから何だって言うんだ。

喧嘩が理由なら俺みたいな奴がいった所で相手なんてされないかも知れないし、相手にされたとしてもそう言う意味で絡まれてしまったら困る。
俺は喧嘩なんて出来ないし、何よりも今怪我をしてしまったらラストステージに上がれなくなって皆に迷惑を掛けることになるだろう。

少し悩んだ末、大した怪我じゃないんだろうしほっとけば良いかと言う結論に至った。
何なら今の間に目を覚ましてどっかに消えているかも知れない。
たかが絆創膏一つ持って行ったところで然程役にも立たないだろうし…

と、思った筈だったのに。
気付いたら俺に手には一枚の絆創膏が持たれていて。

身体に滴る汗をタオルで雑に拭き取ってからもう一度ぴょん太郎の姿になった俺は、しれっとテントから抜け出してその少年の元まで足を運んでしまっていた。

幸いこの辺りには人気はないし、絆創膏を渡したら直ぐに戻るつもりだからこの格好なら無駄に絡まれなくて済むだろうと思ったんだ。
ファンシーな見た目をしていたらなんか許されるかなって。

今思えばその理屈も可笑しかったんだけど、世話焼き精神が働いてしまった後の俺は自分でも行動を制御することが出来なくなってしまうところがある。

そろそろと向かった先の隙間から僅かに顔を覗かせると、そこにはまだ少年の姿があった。
いない方が良かった、と思わなかったのは単純に怪我が心配だからだ。
その心配もこの絆創膏も大きなお世話でしかないだろうし、何の役にも立たないかも知れないけど。

そう思いながら、ぶつからない距離まで近付いて行って少年の手元にそっと絆創膏を置く。

見た感じ高校生くらいの年齢だと思う。多分俺とあまり変わらない感じだ。
反抗期か何かかな…なんて、それこそ大きなお世話か。

もう二度と会うことはないだろうけれど、喧嘩なんて面倒なことはするもんじゃないぞ、と念を送りながら少年に背を向けた時だった。


「おいウサギ」


掛けられた鋭い声と共に後ろから腕を掴まれ、不意を突かれてうっかり「うわっ」と声を漏らしてしまった。




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