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和也さんと電話をした翌日の夜。
俺は約束通り、彼の職場近くのカフェで時間を潰しながら彼からの連絡を待っていた。

19時はどうしても過ぎそうだと言う連絡を夕方頃に貰っていたのでそのくらいを目指して家を出たつもりだったけど予定より早く着いてしまった。
とりあえずコーヒーを頼み、暇潰しに持ってきていた小説を開く。
最近はこうして読書に時間を割くことも少なくなっていたので久し振りの憩いの時間だ。

読書、か…

開いたばかりの本を閉じて考えるのは俺の将来のことだ。

いつだったか小鳥遊に本が好きなら司書になればと言われたことがあったけど、それは自分の中でもあり得ない選択肢ではない。
ただ、中途半端な気持ちで目指すのも違うと思うし本に関わる仕事に就きたい願望があるのかと言われるとそこまででもないのもまた事実だ。

とは言え、残された学生生活はあと一年と数ヶ月。
あまり悠長なことも言っていられないと分かってはいるが、最近起きたことを言い訳に決断から逃げている自分がいた。

湊人や蓮は、どうするんだろう。

それについて二人と話したことはないから俺も奴らの進路を知らない。
俺の知らない所で何かと準備しててもおかしくはないよなと思ったけど、湊人に関しては俺に何の相談もなく進路を決定させてくることはないだろうとも思う。
勿論、確証はないけれど。

でも、湊人も蓮も淡々と就職先を決めそうな気がする。
面接は物怖じしそうにないし、見た目の印象も良いだろうし。
それに比べて俺は何の取り柄もないからなあ。

そこでチラリと頭をよぎったのが、椎名さんの顔だった。

和也さん達の職場の同僚であり、恐らく人事系のポジションにいる彼。
人手が足りない時は連絡をすると言っていた彼だったけど、あの日以来一度も連絡は貰っていない。
それこそ今回の話は椎名さんから何か話があっても可笑しくなかったんじゃないだろうか。
もしかしたら俺に対する意識が薄れているのかも知れないし、それならそれで構わないけれど。

もしまだ俺に対して期待しているところがあったとして、それを和也さん達はどう思うんだろう。
佑規さんはその件を認識しているし、その時に俺が正社員として働くことに対しては反対だと言っていた。

だけどもし俺がこのままやりたいことが見つからなかったとして、就活も上手くいかなかったとして。
行く当てがなくなった俺が彼らに縋るようなことが起こったとして、彼らは迎え入れようとするだろうか。
今の俺には彼らと同じ職場で働きたいと言う気持ちはないけれど、彼ら自身はどう思うんだろう。

まあ、俺がいくら考えてみても仕方がないことか…

社会人として働き始めるまでにはまだ時間はあるし、タイミングがあれば話してみようくらいの気持ちでいよう。
湊人や蓮と話す方が先な気もする。

一旦この話は忘れようと、しまい掛けていた本を再度開く。

そのまま小説の世界にのめり込んでいった俺の元へ和也さんから連絡がきたのは約1時間後のことだった。


「ごめん、遅くなった」


走って来たのか、息こそ乱れていやしないものの額に薄らと汗を掻いた彼が俺の元までやってきて目の前の席に腰を下ろした。
謝罪する彼に対して待っていないと伝え、既にまとめていた荷物を手に取る。


「直ぐ出ますよね?」

「ああ、うん。夕飯はどうする?」

「んー、適当でいいです。コンビニでも何でも」

「俺の部屋で食べるってことでいい?」

「はい。何なら後でも。直ぐ行きたい…から」


早く二人になりたい。
顔を見てしまうともう気持ちを抑えることが出来なかった。

正直に気持ちを伝えた俺に彼は少し驚いたような反応を見せた後、無言で立ち上がり伝票を手に取った。
そのまま「行こう」と言って会計に向かう彼を慌てて追いかける。


「伝票返してください…!」

「待たせたお詫びだから」

「いや、そんなの要らないし…!」


後ろから小声で訴えかけても彼が止まることはなかった。
店内で揉める訳にもいかないと思い強く断われなかったせいで結局そのまま支払いを済まされてしまった。
店を出た後に「ちょっと」と詰め寄る。


「たかが数百円と思ってるでしょ」

「思ってる。今日は特に」

「そんなに待ってないって言ってるじゃないですか。第一コーヒーは俺が勝手に頼んだだけで…」

「そのコーヒー代よりこのやり取りをしている時間の方が勿体ないと思わない?」

「っ………」


それを言われてしまったら、何も返せなくなるだろう…

ぐっと言葉を呑み込んだ俺に漸く彼が笑みを見せる。


「俺だって早く二人きりになりたいから」


久し振りに見た彼の笑顔は相変わらず、見惚れるくらいの美しさだった。

頬が熱を持ってしまったのを自覚しながら、そっと彼の側に歩み寄る。
彼との距離が縮まった右側の掌がまるで手を繋いでいるかのように熱く感じる。
緊張はしていないけど、心地よい程の高揚感が俺の身体を満たしていた。

結局、夕飯を購入することなく辿り着いた和也さんの部屋で、俺達は漸く人目を気にすることなく数週間ぶりの抱擁を交わした。


「会いたかった」

「俺もです。最初に会った時から言いたかったけど、言ったら溢れそうだったから我慢してました」

「ごめん、いつもみたいに意地悪する余裕がない。可愛過ぎる」


ぎゅう、と俺の身体を抱き締め直した彼が髪に鼻先を埋めてくる。
そんな彼が愛おしくて、俺の心もじわじわと満たされていく。


「昨日の電話の時から紘夢くんが可愛くてどうにかなりそうだった。今日仕事出来たのは奇跡だと思う」

「そう言えば言ってなかったですけど、お仕事お疲れ様でした。今日も、昨日も。ずっと、誰よりも頑張ってるみたいですね」

「…ありがとう。仕事自体はなんてことないけど、紘夢くんに会えないのがキツい」


秘めていた想いを打ち明けるように、力なく零された言葉。
それに反して抱擁は少しずつ強くなっていく。




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