3 ×
俺に近付くなと湊人に言われ、表面上はそれに従ったのかも知れない。
でも心の中ではずっと、俺を想ってくれていた。
俺と知り合って、友達になって。
それから俺は蓮の俺に対する気持ちを知った。
でも俺はそれを一度断った。
それでも奴は俺と友達でいてくれて、それは俺の我がままでもあったのに嫌な顔一つせず、辛い筈の状況を受け入れてくれた。
おまけに何度も俺をピンチから救ってくれて、何があっても味方だと言ってくれた。
いつも笑っていて、側で優しく見守ってくれていて。
でも時には俺達の為に厳しいことも言ってくれる。
そうしていつしか俺にとって蓮の存在はどんどん大きくなっていって。
蓮が大切だと、失いたくないと思える存在になった。
そして気付いたら俺も、蓮を好きになっていた。
それを湊人達も認めてくれて、俺は蓮の気持ちに応えた。
今、蓮の心にある見えない何か。
それは、俺が思っているよりもずっと前から、蓮の心の中にあった感情なのかも知れない。
俺が蓮を待たせていた期間。
それは俺達が付き合い始めてからの数週間と言う極僅かな時間でもなければ、最初に告白された時以降の数ヶ月間でもない。
俺を知って、俺に興味を持って、俺に好意を抱いて。
俺に気持ちを伝えるどころか、話すことも、認識されることすら叶わなかった。
奴が待ち続けていた期間は、正しくはもう二年以上も経ってしまっている。
蓮がたまに湊人を羨むような発言をしたりしていたのは俺と付き合っているからだと思っていたけど、本当はもっと些細なことだったのかも知れない。
ただ隣にいられるだけで良いと、奴がそう願っていた気持ちは俺達に対する遠慮と我慢だけじゃなかったんだ。
そんなことすらさせて貰えなかったから、本当にそれだけでも良いと思っていたのかも知れない。
そしてそれをさせてくれなかったのは湊人だから、どうしても湊人に負の感情が向いてしまっていたんだろう。
『壊したくなくて…』
さっき蓮はそう言っていた。
蓮が壊したくないもの、それは何なのか。
もしかしてそれは、蓮が俺を想い続けていた期間のことなんじゃないだろうか。
俺と蓮が関わることがなかった期間は奴にとってある種の思い出となってしまっていると仮定する。
蓮にとって俺はまだその思い出の中の存在で、目の前にいる俺や今ある現実を素直に受け入れられないのではないだろうか。
そう考えたらやっぱり、俺が蓮にしてやれることは一つしかない。
「なあ、俺がお前に好きだって伝えた日のこと覚えてる?」
「それは、松尾達がいた時のこと?それなら勿論、忘れる訳ない」
「じゃあその時、お前が俺の横に座ってきて、佑規さんがそれに怒って、湊人達もちょっと文句言ったりしてたことは?」
「それも覚えてる」
「そう。じゃあその後は?その後お前、湊人に対してなんて言った?」
「…えっと……」
流石に発言までは覚えていなかったのか、蓮は斜め上を向いて考えるような仕草を見せた。
暫くして、何となくでも思い出せたのだろう。
気まずそうな顔を向けてきた奴に、俺は覚えている台詞を言ってやった。
「一秒だって無駄にしたくない。例え一秒でも、その間も恋人らしく過ごしたい。お前そう言ったよな」
「………言った、ね。よく覚えてたね…そんなこと」
「覚えてるよ。覚えてるし、そんなこと、なんかじゃない」
感情が声に乗ってしまった。
怒ったような態度の俺に蓮が少し動揺している。
「蓮が俺に言ってくれた言葉で、嬉しかったことは全部覚えてる。そうじゃないことでも、蓮との会話は殆ど覚えてるよ」
「っ……記憶力、良いんだね」
「違う。俺がちゃんと覚えてるのは、俺もお前との思い出を大切にしてるからだよ」
そう言うと、蓮が目を見開いた。
俺が奴の告白を受け入れた日くらい…いや、それは言い過ぎか。
その次くらいに驚いている奴を見て、気付いたらその顔に手を伸ばしていた。
驚かされるのはいつも俺の方だったから、蓮のこんな顔は滅多に見ることが出来ない。
そう思うと余計に愛しくて、触れた手で頬を撫でる。
「…なあ、今から酷いこと言っても良い?」
「えっ…い、嫌だ。そんなことしながら酷いこと言うって、どう言う…」
「大丈夫」
全然大丈夫じゃないと怯える蓮の両頬を包み込んで、その目をしっかりと見つめながらもう一度大丈夫だと伝える。
ちょっと待てと制止する奴の声を無視して、俺は言ってやった。
「俺は今、蓮の目の前にいるから。蓮がずっと遠くから見ていた俺のことは、その記憶の中の俺は、もう壊して良いんだよ」
「ッ!!」
今度こそ、過去一番の衝撃を受けた表情だったかも知れない。
吃驚し過ぎて固まってしまっているから、その隙に一度唇を奪う。
「俺だって、待ってたんだからな。蓮とこうやって、恋人らしいことをして過ごす時間がくるの」
「…………」
「俺がお前のこと待たせた時間には到底及ばないけど、その分はこれから少しずつ返していくから。不安なら何度だって言ってやるし、お前が望むなら俺は――」
「欲しい…!」
「ッ……何が…?何が欲しい…?」
「…紘夢くんが。紘夢くんの、全部が。言葉も、気持ちも、時間も、身体も…全部、欲しい」
ハッキリと言い切った後のその表情は、清々しいくらいに凛としていた。
やっと、俺が欲しかった言葉が貰えた。
「あげるよ。俺があげられるものなら何だって、蓮にあげる」
蓮が好きだから、と言った俺に漸く奴が自ら口付けをしてくれた。
触れ合った唇は確かに熱を持っていたけど、さっき感じた熱さはもうなかった。
でも確かに、心を解すような温かさがそこにはあった。
「…っ……ん……」
触れては離れ、また触れては離れ。
蓮とこうやって繰り返しキスをするのは初めてで、これだけでも十分に気持ちが満たされていった。
蓮の頬に添えていた手はいつの間にか指を絡めるようにしてしっかりと奴の手に握られていて、隙間なくピタリとくっ付いている状況が少しだけ照れ臭いだなんて今更ながら思ってしまう。
「…舌、入れていい…?」
熱に浮かされたような声で訊ねられた台詞に思わず赤面してしまった。
そんなこと一々訊くなと言った俺に奴が今日初めて意地悪な笑みを見せる。
「紘夢くんが嫌なことはしなくないから」
「嫌って…言ってない…」
「じゃあ、入れて欲しい?」
「ッ…お前、急にそんな…っ」
「ごめん。でももう、勿体ないことはしたくない。無駄にしたくない」
一秒でも。そう言って奴は俺の唇を塞いだ。
隙間から潜り込んできた舌が奥に引っ込んでいる俺の舌を見つけ出して絡め取る。
舌先にピリっと電気が走ったような感覚がして、繋がれた手に力が入った。
「んっん、ぅ……はぁ…」
絡み合っていた舌はいつの間にか奴の温かく湿った口内に招き入れられていた。
じゅうぅと、じっくり味わうかのように丁寧に舌を吸われ感じ入ったような甘い声が漏れる。
「あぁっ……は、…あ…」
蓮とこんなことをするのもこんな声を聞かれるのも今日が初めてなのに、不安の類の感情が一切湧いてこない。
それどころか安心感すら覚えていて、蓮が言ったように、俺も一秒たりともこの時間を無駄にしたくないと思った。
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