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知らない世界を羨むと同時に、俺も彼らの生活に興味を抱いてしまっていた。

気付けば自ら「お仕事はやっぱり大変なんですか?」なんて訊ねていて。
それをきっかけに二人がオンの時の話で場が盛り上がっていった。


「やっぱ英語ペラペラなんすか?」

「まあ、そうだね」

「へえ。俺は苦手だったから英語喋れる人はすげーって思う」

「毎日喋ってたら慣れるもんだよ?てか雅也くんこそ、幼稚園の先生ってことはピアノ弾けないと無理じゃん?音楽系苦手な俺からしたらそっちのが凄いと思うわ」

「ピアノこそ練習次第じゃないっすかね?ま、ガキの頃からやらされてたんでそれこそ慣れなのかも知んないけど」

「子どもの頃から習ってたんだ?うちは習い事とか何もさせて貰えなかったからなぁ。紘夢くんは何かやってた?」

「…えっ?」


突然話を振られ、聞いてはいたけど反応が遅れた。
「習い事とか、趣味でもいいけど」と追加で訊ねられ習い事に関しては該当するものはないので否定する。


「趣味…って程ではないかも知れませんけど…読書は好きです」

「ぽいな。基本インドアだろ?」

「そう、ですね。人混みが苦手なのも、あります」

「でも修はバリバリアウトドア派じゃない?どこでデートしてるの?あ、家が隣だからどっちかの部屋でって感じか」


ぶはっと、今酒を飲んでいたら確実に吹き出していただろう。
さらっと吐かれた台詞に雅也さんが「隣?」と食い付く。


「部屋が隣同士なんだよね。紘夢くんと修」

「それは、付き合ってから引っ越したってこと?」

「いやっ、元々です!」


すかさず訂正して、誤解される前に追加で事情を説明する。


「あと、最初は隣に住んでること自体知りませんでした。生活のリズムが違うからか、会うことがなかったので」

「そんなもん?何年も住んでて隣の奴に一度も会わないもんかな」


まあそれは確かにそうなんだけど。
でも、事実だから。

雅也さんは腑に落ちないようだったけど、それ以上に突っ込み所のある話題でもなかったようだ。
けど俺は、それについては誠さんに聞きたいことがある。


「誠さん…」

「昼間のことだよね」


俺の発言を先読みした彼が含みのある笑みを見せてそう言った。
こくんと頷くと、今度は彼が屈託のない少年のような笑みを浮かべる。


「早く紘夢くんに会いたくて我慢出来なかったからさぁ、会いに行っちゃった。吃驚した?」

「びっ…くり…って言うか……何であの時…」


名乗らずに帰った理由は。
わざと間違えたフリをして俺がどんな反応をするか楽しんでいたのかも知れないけど、わざわざそんなことをする理由は何なのか。

俺の胸にある違和感を感じ取った彼が、その笑みを一層深いものへと変えて見せた。


「修が本気になる相手がどれ程のもんか、下見しておきたくてね」


それを聞いて、俺にしては珍しく彼の言わんとしていることが手に取るように分かってしまった。

もしかしたら修さんも何か、周りにそうさせてしまう危うい何かを自ら放ってしまっているのかも知れない。
白井さんも、柿崎さんも、そして誠さんも。
やり方は違えど、皆の思惑は同じ所にあるような気がする。

だとすると誠さんは…


「修さんのこと、大好きなんですね」


やっぱりブラコンの究極形態みたいな人なんだと思う。

俺の口から出た言葉に彼が一瞬目を瞠り、直ぐに表情に笑みを貼り付けて「お兄ちゃんだからね」と答える。

あくまでもその気持ちは隠したいのか、それとも自覚がないのか。
別に掘り下げるつもりもないのでどっちでも良いけど、その確信が持てた方が俺は安心出来る。


「俺は貴方から修さんを奪うつもりはないですよ」

「それってどう言う意味?」

「修さんの弟は誠さんしかいませんし、貴方達が兄弟として過ごしてきた時間を俺は知りません。俺が貴方の代わりになることは不可能ですし、その関係を越えられるとも思いません」


この先もずっと、と答えると、何かを思案するように誠さんが顎に手を添えた。

また要らぬお節介を焼いてしまったかも知れないけど、彼にとっても無駄な時間と労力を割く必要がなくなるので悪いことではない筈。
修さんから俺を奪うのではなく、奪われた修さんを俺から取り戻す為の、無駄な時間を。

俺達の会話を聞いていた雅也さんが「そーゆーことね」と理解した声で呟く。
未だ考え込んでいる誠さんの反応を待っていたら、彼が何か言葉を発する前に俺のスマホに着信が入った。


『紘夢ごめん!今終わった!今から直ぐ行く!』


良かった。
今度は完全に安心してしまって良いみたいだ。


「分かりました。急がなくて大丈夫ですから、気を付けて来てください」

『えっ?お前っ何でそんな落ち着いてんの!?何もされてないよな!?』


何もされていないから落ち着いているんだろう。

状況を知らないんだから無理もないけど、修さんがあまりにも焦った声で話すからつい笑ってしまう。


「大丈夫ですって。直ぐ着くでしょ」

『そうだけど!でも心配だからこのまま繋いどくわ!』

「え?そこまでしなくても…」

『ちょっと拓に替わる!』

「えっ?」


電話の向こうで短いやり取りが聞こえた後、通話の相手が拓也さんへと替わる。


『もしもし紘夢くんっ?ホントに大丈夫!?雅也は何もしてない!?』


隣りにいるから聞こえてしまったのか、雅也さんが「信用ねえな…」とぼやいて眉を顰める。
それに苦笑しつつ「はい」と答えると拓也さんも少し安心したようだった。


『俺達が遅れるとか最悪だよね!ホントにごめん!』

「いや……あ、すいません。もうある程度のこと話しちゃってます」

『えっ?ある程度って?』

「えーっと…まあ、伝えたかったことは殆ど」

『殆ど…マジか……もしかして俺らが行っても話すことはあんまない感じ?』


そんなこともないとは思うけど…と返答を考えていたら雅也さんにスマホを奪われた。
あっと思っている間に彼が話し始める。


「こっちはこっちで盛り上がってるから。兄貴達が来なくても別に問題ねえよ」

「えっ!?」


問題大ありなんですけど!

あの二人が来ると言う保険があったから俺は何とか対応出来ていただけだ。
勝手なことを言い出した雅也さんが「ま、そうゆーことだから」と言ってそのまま強制的に通話を終了させた。
愕然とする俺にスマホを差し出しながら彼が「こう言っとけば走ってくるだろ」と言って鼻で笑う。

まあ、そうかも知れないけど…


「お前もこんくらい言えば良いのに。いつもそうやって遠慮してんの?」

「遠慮って言うか……どうでしょう…してるような、してないような…?」

「それって年下だから、とか?てかお前タメなのにいつまで俺に敬語使うつもりなんだよ」

「えっ…と………ずっと敬語じゃ、駄目ですか…?」


仮に雅也さんが年下だったとしても俺は敬語で話していただろう。
初めから威圧感のある接し方をされていたのもそうだし、拓也さんの弟さんだと思うと何となく一定の距離を保ってしまう。

出来ることならこのまま敬語を使わせて貰いたかったけれど、彼が少し悩む素振りを見せた後に駄目だと言ったのでやむを得ず彼に従うことになった。


「俺にも別に敬語じゃなくていいよ?」

「それは流石に無理です…っ」

「なんで?関係的には義理の弟になるんだから、敬語なんて要らないじゃん」


まあそれも、今は、だけど。

そう付け加えられた言葉の正しい意味は、俺にも分からなかった。


「……別れろって…ことですか…」

「それはどっちでも良いかな」

「どっちでも…?」

「今んとこはね。でも修が邪魔だなーって思ったら、そうさせちゃうかも」

「え?」


修さんが邪魔だと思ったら…?
どう言うことだ…?




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