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さて、次は和也さんだ。

時計の針はもう直ぐ10時半を指そうとしている。
時間的にもいきなり電話じゃなくてとりあえずメッセージを送ってみる、と言う戦法で一先ずアプローチしてみることにしよう。


『お疲れ様です。今家ですか?』


簡潔に送ろうと思って送信したは良いものの、これだと今話したいことがあると言っているようなもんじゃないかと気付く。
送信取消と言う多少は便利な機能が今ならまだ利用出来るので、いっそ消してしまおうかと考えている内にまさかの既読の二文字が表示されてしまった。


「えっ、はやっ、ちょっと待って待って、え」


予想外の速さに動揺してトーク画面を開いたままあたふたしていたら、返信ではなく直接電話がかかってきた。
相手は確認するまでもなく和也さんで、謎に数コール聞き流した後に我に返って慌てて通話ボタンを押す。


「はっ、はいっ」

『…ごめん、電話はまずかった?』

「いやっ、全然っ、俺は何も…っ」


上擦った声で答えたからか、一呼吸置いてから『何をそんなに動揺しているの?』と彼がクスクス笑う。

そう言えばこうやって電話をすること自体が久々かも知れない。
その低く落ち着いた声を既に懐かしいだなんて思ってしまっている自分がいる。


「電話がかかってくると思わなくて、びっくりしただけです」

『いきなりかけてごめん。何か用がありそうだったから文字でやり取りするよりこっちの方が早いだろうと思って』


やっぱり伝わってしまっていたか。

それより、今の言い方だと文字でのやり取りをしている暇はないから電話をした…と言う風にとれてしまうんだけど、それは考え過ぎだろうか。


「電話してても、大丈夫なんですか?」

『大丈夫だからかけてるけど、どう言う意味?』

「いや、……忙しいかな、とか。早く寝たいかな、とか」


そんなこと思ってたとしても絶対に言わないのは分かっているのに、言ってどうするんだ。
探りを入れるような真似はせずに思ってることを言えばいいじゃないか。
もっと素直になれよ、俺。


『変な心配はしなくて良いから』


そう言ってまた、電話越しに彼が笑う。

一番年齢が離れているからなのか、彼が最年長者たる振る舞いを見せるからなのか。
どうしても彼の前では背伸びをして強がってしまう。
その遠慮をなくして欲しいと彼が思っていることも知っているし俺だってなくしたいと思っているんだけど、どう言う訳か、いざその時になると思った通りに振る舞えなくなることがある。

ただ、少しでも彼の横に似合った存在になりたいだけなのに。


『それで、用って?』

「あ……えっと、なんか、凄く忙しいみたいですね。最近」

『うん?ああ、まあ。変わらずだよ』

「修さん達から聞きました。鬼のように働いてるって」

『…鬼のよう、か。まあそうかもな。この時期は特に』


そうなんだ。
仕事中の和也さんはかなり厳しくなると他の人達から聞いてはいたけれど、やっぱり想像が出来ない。
どんな鬼に豹変するんだろう。


「相当疲れが溜まってそうですけど、ちゃんとお休みとってますか?」

『心配してくれてるの?』

「そりゃあ、まあ。しますよ」

『ありがとう。俺が倒れる訳にはいかないからね。ちゃんと体調管理もしてるよ』

「それなら良いですけど…」


気に効いたことの一つも言えずに会話が途切れてしまった。
言いたいことはいくつも頭に浮かぶのに、声に出すことが出来ない。

そうやって言いあぐねている間にいつも彼が道筋を作ってくれて。


『紘夢くん、もしかして寂しかった?』


俺の心を代弁してくれて。


『暫く会えていないし、まともに連絡もとってなかったもんな。ごめん』


必要のない謝罪まで貰ってしまって。


『紘夢くんのことを考えたら仕事を放棄しそうだったから、正直言うと我慢してた』


さらっと本音を話してくれて。


『でも紘夢くんから連絡がきたら――』

「寂しかったです…!」


いつも言わせてばかりだと思ったらこのまま黙ってはいられなかった。
その先は俺に言わせて欲しくて彼の言葉を無理矢理遮る。


「遠慮してました。忙しいのは知ってたから俺が邪魔になったら嫌だと思って、連絡もしないようにしてました」

『…そっか。余計な気を遣わせてたみたいで、悪かったね』

「和也さんが謝る必要はないんですけど、でもまあ、余計でした。無駄な遠慮でした。別に駄目でも、言うだけ言えば良かったんですもんね」

『寂しい、って?』

「会いたい、って」


俺の遠慮なんて所詮自分が傷付かないための予防線だ。
断わられることに怯えて、悲しむことを避けていただけだ。
例え断わられたってもう次がない訳じゃないのに。


「休みはあるって聞きました。だからその日の1時間で良いから、俺にください」

『………』

「駄目、ですか。駄目なら諦めます」

『待って。次の休みを確認するから』

「っ……はい」


俺が普段は言わないようなことを言うから反応に困っているのかと思った。
ごそごそと何かを探るような音を聞きながら答えを待つ俺の心臓は煩いくらいに脈打っている。

暫くして、スケジュールを確認したらしい彼が『次の休みは明後日だった』と教えてくれた。
明後日は金曜日か。


「ご予定は?」

『ないよ。と言うか、紘夢くんが良いなら俺も――』

「じゃあその日に会いたいです。短くても良いので」

『…何で言わせてくれないの?』

「俺が言いたい日です。今日」


そんなこと言いながら声は完全に強張っているんだから格好がつかない。
でも、それを聞いた和也さんは張り詰めた糸が解けたみたいな優しい声で笑っていた。


『俺は言ったら駄目なんだ?』

「や、駄目ではないです」

『じゃあ、俺の一日、紘夢くんにあげる』

「!…やった…」


思わず漏れてしまった心の声を隠す理由なんてもうない。


「俺の一日も、貰ってくれますか?」


素直になったついでにちょっとだけ調子に乗った。
こんな臭い台詞普段じゃ言えないから、ここぞとばかりに。




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