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「どうせ兄貴から話すつもりだったと思うんで言いますけど、こいつの彼氏は俺達の兄貴以外にもまだあと…四人?いますよ」
「四人?」
すかさず聞き返した誠さんに雅也さんが呆れたような表情で頷いた。
その呆れは勿論俺に対してのものだと言うことはよく分かっている。
「ってことは全部で六人?マジかぁ。それは流石に予想もしなかったなあ」
驚いているのも事実だろうけど、それよりも面白がっている…と言うか愉しんでいるのは彼の表情を見たら分かる。
あの二人が不在の状況でその事実を知られることになるとは俺も思いもしなかった。
でも、いないのだから俺がちゃんとするしかない。
「どんな流れでそんなことになっちゃったの?」
「…それは……最初に俺に告白をしてくれたのが…拓也さん…」
観念して経緯を話し始めた所で彼らが名前すら把握していないことに気付いた。
「えっと、拓也さんって言うのは…」と説明しようとしたら雅也さんが先に自己紹介をしてくれた。
「俺は浅尾雅也って言います。で、俺の兄貴の名前が浅尾拓也」
「成る程。そう言えば俺も名乗ってはなかったね。矢野誠って言います。イケメン俳優の栗原誠と同じ漢字」
と、言われても俺はその俳優を知らない。
雅也さんも興味のなさそうな声で「へえ」とだけ相槌を打つ。
「で、俺のお兄様がさっきから名前が出てる修くんね」
「…めちゃくちゃ仲良いんっすね」
「そう?普通じゃない?まあ歳も一個しか違わないからかな」
「何歳なんですか?」
「俺?俺は今年26になる。雅也くんは?」
「21です。確かこいつも」
「あ、タメなんだ。てっきり雅也くんの方が年上なんだと思ってた」
「更けてるってよく言われますね」
そう嫌味のように言った彼に誠さんが笑う。
何だかいつの間にか打ち解けているようだけど何がきっかけだったのか、全部聞いていた筈なのに全く分からない。
「雅也くんも学生?」
「いや、俺は働いてます」
「あー、だから余計に大人っぽく見えるんだ。職業は?」
「……幼稚園教諭」
「へえ。子どもが好きなの?」
意外だとか見えないだとか、そんな反応をされると思っていたのだろう。
気まずそうな顔で答えた雅也さんに誠さんが何てことない様子で聞き返したので彼も驚いているようだった。
「まあ」
「凄いね。俺は大人の相手は得意だけど子どもは苦手だなぁ」
「アンタ……誠さん、は…何の仕事してるんすか?」
素直に感心する誠さんに段々と雅也さんが心を開いていくのが見て取れた。
呼び方も自ら訂正している辺り、雅也さんの中で誠さんの存在が敵ではなくなったんだろうと思う。
この二人が打ち解けてくれる分には一向に構わないし寧ろ好都合だ。
このまま俺の存在を忘れて語り合っていて欲しい。
「俺は普通に商社勤めだよ」
「スーツ着てるからサラリーマンかなって思ってましたけど、それ、普通ではないっすよね。所謂エリートってヤツでしょ」
「どうだろう?まあ、稼ぎはあるかな。修よりは断然」
そう言って誠さんが俺に向けて悪戯な笑みを向けてくる。
俺の存在を思い出すのも早過ぎるしそんなアピールされても困る。
「紘夢くんは学生だよね?学部は?」
「文学部です」
「卒業したらやりたいことはあるの?」
「……まだ、何も」
「じゃあうちにお嫁さんに来たらいいかもね」
さらっと投下された爆弾発言に思わず「は!?」と返してしまっていた。
直ぐに失言を謝罪した俺の横で、今度は雅也さんが新たな爆弾を放り込む。
「うちはどうなるんですか。こいつは兄貴の嫁ってことにもなるでしょ」
「いや、なりませんから」
ああ、しまった。また声に出してしまった。
ついうっかり否定の言葉を返してしまった俺を彼がじとりと睨む。
「んでだよ。兄貴より修って人の方が上ってことか?」
「いやっ、そうじゃなくてっ!そもそも俺は男、なので…嫁って表現は…」
「そっか。相手が六人もいるなら順位が付いてても可笑しくないよね。修は何番目なの?」
「え…えええ…」
てっきり嫁と言う表現の誤りに同意して貰えたんだと思ったのに、やっぱり俺は無視されているのかも知れない。
意表を突かれて気の抜けた声を出した俺に二人が詰め寄る。
「これで修が一番じゃなかったら笑えるな。紘夢くんのことめちゃくちゃ本気って言ってたよ?」
「兄貴だって本気だっつってたよ。俺に怒ったことなんか殆どなかったのに、お前のことではマジギレしてたんだからな?」
た、拓也さん…やっぱり喧嘩したんじゃん…
「それはすいません、でした……でも順番とか、そう言うのはなくて…」
「じゃあ何で六人もいるんだよ?そう言うこともしてんだろ?何も知らなさそうな顔して、本当は尻軽のクソ野郎なんじゃねえのかよお前」
「ッ………」
それは過去一番の罵倒だった。
そうじゃないと否定したかったけど、傍から見たらそれも間違いではないのかも知れないと思うと否定も出来なかった。
俯いてしまった俺を見て誠さんが「流石に言い過ぎだねぇ」と苦笑するのが聞こえる。
雅也さんも一瞬黙ったようだったけど、納得し切れない声で「本当のことだから否定しないんだろ」と言われてしまった。
やっぱり雅也さんは俺達の関係には反対なんだ。
俺みたいな奴のことは嫌いなんだろうし、俺が何を言っても理解して貰えないのかも知れない。
拓也さん達の到着を待った方が良かったんだろうけど、それでも俺にだって譲れない気持ちがあった。
「そう思われても、仕方ありません。でも俺は、拓也さんも、修さんも、他の人達も、本当に好きです。その気持ちに嘘はありません」
「その好きってのもあてになんねえけど、好きだったら何でも許されんのか?」
「…許すって言うのは…誰が、何に対して…なんでしょうか…?」
そう訊ねると、雅也さんは言葉を詰まらせた。
「貴方達ご家族が、俺に対してって意味なら…俺は許しなんて求められません。そんな資格、初めからないと思ってます」
「許して貰う気もない?じゃあこれは何の為の場だと思ってんの?俺達に説明する為にここに来たんじゃねえのかよ」
「それは、そうです。理解はして貰えなくても、話だけはさせて貰えればと思ってました」
そもそも俺が提案したことでもなければ、彼らの方が俺との接触を望んでいたことも頭にはあった。
でも今はそんな些細なことで彼を刺激すべきではないと思ったからそれはあえて言わない。
「許すって話ですけど…拓也さん達が俺に対してって意味なら、あの人達は初めから許してくれています。俺が一人を選べなかったから…、それが俺達の関係の始まりなので」
それだけで何となくの事情は二人に伝わったようだった。
俺を睨んでいた雅也さんがふっと目を逸らし、手元のビールをぐいっと煽る。
それまで静かに俺達を見つめていた誠さんが「じゃあ、」と口を開いた。
「俺がそこに加わることも不可能ではないってことだよね?」
「……え?」
「六人が七人になっても変わんないでしょ?俺も紘夢くんの彼氏に立候補したらだめ?」
やっぱり…そうなってしまうのか…
これは予期出来ていた事態だった。
その真意までは分からなくても、いや、真意も分かっているか。
やっぱり彼は、修さんのものに執着しているようだ。
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