13 コンビニから帰って来た湊人と遅めの昼食をとり、その後は夜までダラダラと過ごした。 時折貰った指輪を嬉しそうに眺める俺に釣られたのか湊人も喜びの感情を隠そうとしないから、俺達はすっかり幸せな空気に包まれたまま半日を過ごしてしまっていた。 そろそろ約束の時間になると言う頃になって漸く俺は緊張を取り戻し、そして湊人に縋り付くことになる。 「無理。なんか心臓が口から出てきそう」 「いや、そこまで?何に緊張してんだよ。別れろとは言われてないんだろ」 「分かんないじゃん。実際に俺のこと見たら言われるかもじゃん」 「だったら何なんだよ。お互いに別れるつもりないんだから堂々としとけば良いだろ。てかこんなこと俺に言わせてんじゃねえぞ今から犯すぞ」 「ッ…ごめんってばぁ」 落ち着こうとしても身体が意思に反して緊張していくからどうしようも出来ないんだよ。 結局はぐだぐだ言う俺を引きずるように湊人によって外へと連れ出された。 外はすっかり暗くなってしまっている。 待ち合わせ場所は直ぐそこだから家を出てしまったらもう逃げ場がなくなる。 「湊人も来て欲しい…っ」 「それは昨日の段階で言っとけよな。駄目だって言われたんだから仕方ないだろ。それで何か悪い方に話がいったらそれこそ元も子もないし」 「…ハア……はああ……」 「喘ぐなよ」 「喘いでないもん」 「お前…言っとくけどあの二人がいるからって気ぃ抜くんじゃねえぞ。今みたいな反応見せたら殺すからな」 情けない反応をする俺をキッと睨んだ湊人が俺の胸倉を掴んでそう吐いた。 目が本気だったからこくこくと頷いたけど、その後に心の中でもういっそ殺してくれと呟いていたことは奴も気付いていないだろう。 ぐしゃっと俺の頭を撫でてから「じゃあ俺は帰るからな」と歩き出した奴の背を呼び止めようとして、ぐっと堪える。 「おやすみ」とだけ声を掛けると振り返った湊人に同じ言葉を返された。 小さく手を振る俺に見送られながら奴はそのまま帰路を辿って行った。 一人になった途端に緊張と不安が押し寄せて来て心臓が壊れそうだったから、俺はとにかく急いでかぐやへと向かった。 修さんと拓也さんの顔を見たら安心出来ると思ったから。 とは言ってもまだ待ち合わせ時間まで10分ある。 二人から着いたとの連絡は受けていないので恐らく俺が一番なんだろう。 入口の前でそわそわしながらスマホと睨めっこしていたら、少し離れた所から声が掛かった。 「――――!?」 声のした方へ顔を向けると、何とそこには昼間にうちを訪れたあのスーツの男性が立っていた。 完全に動きを止めてしまった俺の元へ彼がゆっくりとした足取りで歩み寄って来る。 それをまるで景色かのように眺めていたら、目の前で足を止めた彼が俺に向かって手を差し出した。 え…と瞬きをする俺に彼は綺麗な笑みを浮かべ「これから宜しくね、紘夢くん」と言って俺の手を取り、握り締めた。 その行動よりも握られた手の力強さに驚いて目を見開く俺に彼が見惚れる程の笑みを向けてくる。 行動と表情が全く伴っていなくて怖くて堪らない。 握られた手を引こうとすると、今度は後ろから別の声が掛かった。 「何してんだよ」 聞き覚えのあるその声は、俺が求めていたものとは違ったようだ。 手を握られた状態のまま振り返ったその先には、こちらを睨みつけている雅也さんの姿があった。 直ぐに近寄って来た彼が何を思ったのか俺達の手を振り払うようにして離れさせ、そして俺の前に立つ。 俺にはその背中しか見えていないけれど、「アンタ誰」と目の前の男性に向かって投げたその声を聞いただけで彼が何かに怒っていることだけは理解出来た。 「紘夢くんの知り合い?」 「は?こっちが聞いてんだよ」 「ふふ。知り合いでは、ないかな。まだ」 「まだ?」 「君と紘夢くんの関係を教えてくれるなら俺も話すよ」 威嚇するような姿勢の雅也さんに対して余裕の笑みを浮かべた男性がそう投げ掛ける。 彼が誰なのか、俺の頭にはもう既に正解が思い浮かんでいる。 ただまだあの二人がいない状況でそれを確認してしまっても良いものなのか。 予期せぬ事態に動揺しまくっている俺にはその判断がつかない。 雅也さんが振り返って俺を見た。 余程情けない顔をしていたのか彼が眉間に皺を寄せる。 その顔を上目遣いに伺っていたら、彼が「こいつお前の彼氏?」と訊いてきた。 「え……ち、違います…っ」 「…だよな」 俺の確認を取った後の彼の表情が安堵で少し緩んだように見えた。 もう一度男性の方へと向き直った彼が喧嘩腰に「俺はこいつの知り合いだけど」と言い放つ。 「お友達じゃないんだ?」 「そこまで話す必要はない。俺は言ったけど、アンタは?」 「んー。俺まだ紘夢くんにも自己紹介出来てないんだよねぇ」 どうしようかな?と人懐こく微笑んで首を傾げた彼は、さっきまで俺が見ていた彼とは全くの別人のように見えた。 どことなく似たような仕草をする恋人が俺にはいる。 もうこれは確定事項だろう。 「…矢野…誠さん……ですよね…?」 恐る恐る投げ掛けた俺に雅也さんが「え…」と声を漏らす。 目の前の彼は微笑を湛えたまま、俺に向けてゆったりと頷いて見せた。 やっぱり… 昼間のアレは偶然の出来事だったのだろうか。 でもそれなら彼が仕事中だと言うことは知っていた筈だけど… ぐるぐると考えを巡らせている俺を雅也さんが小さく小突いてくる。 「おい。矢野って、お前の彼氏の?」 「っ…あ、えっと……その矢野さんの…弟さん、です…」 「……ああ、そう言うこと」 雅也さんは修さんの存在を知っていたからか直ぐに状況を把握したようだ。 今日の場に誠さんが同席することも彼は知っているので、状況を理解して彼の肩から力が抜けたように見えた。 「言えよ、早く」 「俺も今が、初対面…」 「ではない、よね」 するっと会話に入り込んできた誠さんがその流れで雅也さんの横を通り越して俺のすぐ側に立つ。 「…ではない、ですね……でも、俺は貴方のことは…」 「泣いちゃいそう?怯えてる顔も可愛いなあ。昼間の困ってる顔も可愛かったけど」 ぞっとするような妖しい笑みを浮かべて囁かれた台詞に心臓が縮み上がった。 思わず後退りしてしまった俺にまた一歩、逃がすまいと彼が近寄って来る。 それを阻むように、彼の腕を雅也さんが掴んだ。 「おい、そいつはアンタの兄貴のモンだろ」 「…だったら?」 挑発するような視線を向けた誠さんに雅也さんが眉を顰める。 「だったらって、アンタ頭可笑しいの?」 「初対面の相手にその口の利き方をする君もどうかと思うよ?」 「俺が何か間違ってること言ってますか?」 「さあ?正解も不正解もないと思うけど、それを決めるのは君ではないことだけは確かかな」 「はあ?」 「紘夢くんとはただの知り合いなんでしょ?親しいようには全然見えないけどね」 一触即発のムードに、何か言おうにも何一つ言葉が浮かんでこない。 ただただ修さんと拓也さんが早くこの場に来てくれることを強く願っていたら、丁度そのタイミングで俺のスマホに着信が入った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |