8 「まあ、紘夢に働く気があるかどうかで対応は変わってくるけど。お前はどう思ってんの?」 「俺は……今は……その気は、ない…」 頼りなく答えた俺に湊人が「今は?」と詰める。 その先の考えを今ここで話しても良いのだろうか。 絶好のチャンスではあるかも知れないけど、まだ本筋の方が終わっていないからそっちを優先した方が良い気もする。 まあ、当たり障りのない程度でなら良いか。 「他にやりたいことが、ある訳でもないから…もし就職先がどこも見つからなかったら…とか、考えない訳でもない…ってだけ」 「ふうん。それに関しては、貴方達はどう思ってますか」 俺の代わりに、彼らに対して訊ねてくれた湊人。 それに対する返答は、やはり一昨日修さんが言ってくれたものと同じ内容だった。 毎日ではないにしても現場仕事が業務に含まれている以上、危険は避けられないのでその仕事を俺にやらせるのは誰も望んでいないらしい。 柿崎さんの事故の件があったからその考えがより強固なものになったようだ。 人事の仕事に関しては俺がやりたいと言うなら反対はしないけど、積極的にやらせたいと言う訳でもないとのことだった。 「じゃあまあ、就活に関してはまた別の時にだな。とりあえず今のお前に働く気がないんだったら、お前はもうこの人達のとこでバイトはしない方が良い」 「え……」 でも…と他の四人に視線を向けると、彼らも複雑そうな顔をしていた。 「紘夢くんに会えるのは嬉しいけどね。あの二人との接触を防ぐ為には、俺もそうするしかないだろうなと思う。今回の件も俺が迂闊に声を掛けたせいで起きてしまったようなもんだからな。それは本当に悪かったと思ってる」 「や、最初に紘夢に言っちゃったのは俺だから。俺も悪いわ」 「どっちでも良いですよそんなの。その二人に関しては遅かれ早かれ紘夢と接触してきてたでしょ」 「…それは俺もそうだと思うけど、湊人くんは詳しいことは知らないのにどうしてそんなに確信をもって話せるの?」 俺も同じことを思っていた。 佑規さんのその問い掛けに奴は「伊達に害虫駆除してきてないんで」と言って小さく鼻で笑った。 害虫駆除と言う表現は如何なものか…と苦笑している俺の反応を横目に見た佑規さんが、意外そうな目を湊人に向ける。 「それはもう言っちゃっていいやつ?」 「全部話したので問題ないです。なあ?」 「う、うん…まあ…」 「へえ。本当に覚悟決めてたんだね。じゃあ、三橋くんのことも話したの?」 「え?」 蓮?蓮のことって? 突然上がった名前に敏感に反応してしまった。 だってその名前は湊人の口からはまだ出てきていない。 俺が探るような反応を示していることを確認した湊人が佑規さんに「それは別なんで」と誤魔化すような態度をとる。 勿論、俺が黙っていられる訳がない。 「別って何?蓮がどうしたの?」 「ごめん紘夢くん、俺の勘違いみたいだから気にしないで良いよ」 「勘違いって、何ですか?何を勘違いしたんですか?」 何かあるからそれと勘違いしたんだろう? その何かを教えて欲しいんだよ。 そう考える俺に湊人が言う。 「あいつのことはあいつ本人に訊け」 「っ……何……蓮が何かしたの…?」 「そうじゃないけど。自分のことを他人に勝手に話されてたら良い気はしないだろ」 「……気になるじゃん…」 「だったら明日にでも連絡してみろよ。あいつお前に会えなくて死にそうって言ってたぞ」 「えっ?」 何でそれを湊人が知っているのか、そっちも気になった。 でもそれ以上に、蓮がそんな風に思っていたことが俺にとっては衝撃だった。 「全然連絡とってないみたいだけど、あいつのこと放置してんの?」 「そんなんじゃっ!……ないけど……蓮からも…こないし…」 「向こうから来るのを待つ必要があんのかよ?って、これと同じことあいつにも言ってやったよ」 「……え…?」 「まあ、あいつの場合は自分でそう決めて待ってるだけらしいけど。あいつも相当拗れてるっぽいわ」 やれやれ、と肩を竦める湊人の言っていることが俺にはよく分からなかった。 視線の先を佑規さんに移すと、彼もまた同様の反応を示している。 この二人は何か通じ合うものでもあるんだろうか? 「よく分かんないけど…明日、連絡してみようかな…」 「悪いんだけど、それはちょっと待って貰えないかな…?」 独り言のように呟いた俺に拓也さんから待ったがかかった。 首を傾げると彼が「実はね、」と切り出して、そもそも今日彼らがここに来た一番の理由を話し始めた。 「雅也と…あ、俺の弟と、修さんの弟さんと、俺と修さんと紘夢くんの五人で、明日の夜会って貰えないかなって」 「えっ?ど、どう言う状況ですかそれ…」 当初の予定ではそれぞれの兄弟と二度の機会を設けて会うことになっていたけど、それを同時にしようってこと? でも、雅也さんにはもう会うなって、昨日佑規さんに言われていたのはどうなったんだろう。 伺うような視線を佑規さんに向けると彼の表情には不満が色濃く浮き出ていた。 「俺の弟が紘夢くんのことを好きになるかも知れない可能性があるから、」 「ちょっと。いや、はあ?何すかそれ?それの説明受けてませんけど」 「ああ、そうだった。えっと…まあ、今言った通りなんだけど」 「全然分かんないですから」 詳しく説明しろ、と態度で示す湊人に、俺達はそれぞれが知る情報を出し合いながら弟さん二人の件について説明をした。 これで漸く全員が必要な情報を全て共有し、今俺が置かれている状況を把握することが出来たんだけれど。 「お前のその男を吸い寄せる力はどこまでの範囲に及ぶんだよ?」 「……………分からない」 「流石にお前も認めざるを得ないよなあ?そんだけ男にばっかりモテてんだからいい加減自覚するよなあ?」 「……………はい。でも、」 「でも?」 「っ………俺の……認識なんだけど…」 白井さんの俺に対する感情は友情に近いもので、そこに恋愛感情はない。 彼と話す時の雰囲気や彼の性格を思えばその考えは間違っていないと思うし、断言しても良いくらいだ。 椎名さんは俺に対して既に好意があるような発言はしていたけど、それは俺達の邪魔をする程の強い感情ではないし、どちらかと言うと彼は俺に興味を持っているだけだと思う。 言い方は悪いかも知れないけど研究対象、みたいな。 俺達の関係を知って少し面白がっているような様子も見受けられたので、それも彼が俺に近付く理由の要因だろう。 雅也さんは対面した俺から言わせて貰うとどう考えても邪険に扱われていたとしか思えないし、どうやったら彼が俺を好きになると言うのかも全く分からない。 拓也さんに別れろと言わなかったようなので完全に嫌われている訳ではないのかも知れないけど、それを言っていないってことは彼にとってメリットがないってことだろう。 つまり、拓也さんと別れさせて俺と付き合おうなんて考えは彼はもっていないってことだ。 誠さんに関してはまだ会ってすらいないので何とも言えない。 ただ彼は俺自身ではなく"修さんの恋人"に興味を持ってしまっただけなので、修さんが拒んでくれさえすればどうにかなる話だと思う。 以上のことを伝えて、俺は彼らの反応を待った。 それを聞いた後にお互いに顔を見合わせた彼らは、声を揃えて「分かってないな」と言って肩を落としたのだった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |