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意を決して何だと訊ねると、突然がくんと項垂れた修さんが大きな大きな溜息を吐いた。


「……あいつ……俺の弟……紘夢のこと、狙ってんだよ…」

「…………はあ?」


どうやら俺の心の準備など全く意味がなかったらしい。

またもや裏切られてしまった予想。
そして理解不能なその発言。

誰が、誰を狙ってるって?


「俺がこんなこと言うべきじゃないのかも知れないけど、ちょっと過敏になってません?」


小鳥遊達のことがあってから俺達の周囲に対する気の持ちようが変化したのは確かだ。
俺自身も今まで以上に周りとの関わりを持たないように心掛けているし、ちょっとしたことでも不安にさせたくないとは思っている。
そして不安なことがあるなら何でも話して欲しいし、それが解消出来るように努力したいとも思っている。

だけども、だ。


「何を言われたらそんな解釈に至るのか教えて欲しいんですけど。弟さんでしょ?そんなこと本当にあり得ると思って言ってるんですか?」

「うん」

「うん?え?うんなの?弟さんも男が好きなの?」

「違う。俺の弟は俺並みに…過去の、俺並みに女好き」

「じゃあ何で!」

「紘夢が俺の恋人だから」


すかさず返された答えは全く以て答えになっていなかった。

それは、どう言う意味なんだ。
いい加減俺にも分かるように説明して欲しい。

修さんじゃ駄目だと思って拓也さんにフォローを求めたら、彼も何故か小さく片方の頬を膨らませて拗ねたような顔をしていた。


「修さんの弟さんは柿崎さんより質が悪いんだよ」

「え…?」


ここでその名前が出てくるとは思わなかったので余計に頭が混乱した。
もっと簡単に説明して欲しいと頼むと修さんも俺と同じくらい困惑しているようだった。


「あいつ、昔から俺のもんに手ぇ出すのが趣味みたいな所があるんだよ。気に入ってるおもちゃとか、服とか、元カノとか」


詳しい話を聞くとこうだった。

修さんの弟さんは昔から修さんが気に入ったものばかりを横取りしていたらしい。
幼少期は玩具やゲームだったものが段々と身に着けているものに変わり、高校生くらいになるとその対象が彼の恋人にまで及ぶようになったのだとか。

ただ奪うと言っても必ず打診はあったようで、修さん自身もとりわけものに執着しないタイプの人間だったので「別に好きにしたら?」と色々なものを譲っていたらしい。
奪われて困ったと思ったことは特にないらしいし、寧ろ自分のお下がりで良いのならどうぞと言うスタンスでいたようだ。
もしかしたら修さんは兄なんだから弟には譲ってあげなければならないと言う兄ならではの気持ちがあったのかもしれない。


「紘夢は男だから大丈夫だって思ったんだよ。さっきも言ったようにあいつは女好きだから。偏見こそなくても男に手を出したことはない筈だし、流石に興味も持たないだろうって」

「……成る程」

「あいつもまさか俺が男と、とは思ったかも知んないけど、それが逆に興味を持たせちゃったんだと思う。あとは俺が初めて全力で拒否したから。多分それで俺が本気なんだって伝わって…」


成る程、としか言いようがなかった。

修さんの弟さんがどんな人で、二人がどんな関係なのかは分かった。
彼の言いたいことも理解は出来たし、今俺が置かれている状況もある程度は把握出来る。


「でも俺、会ったこともないんですよ」

「だから会わせろって言ってんのよ。会って紘夢がどんな奴か確かめたいって」

「…じゃあ、会わなきゃ良いんじゃないですか?」

「それが出来るならそうしてたよ。でもあいつ、俺がどんだけ隠しても絶対見つけ出すから、お前のこと」

「え、こわ」


なんて茶化して良い場面じゃないことは理解しているがつい口から零れてしまった。
案の定、眉を寄せた修さんにほんの僅かに睨まれる。


「すいません。でもなんか、だったら何だって言うか。いっそ一回会っちゃえば良いような気もしますけど。それは駄目なんですか?」

「会って襲われたらどうすんだよ」

「え?修さんも一緒にいるのに?」

「あ、俺とあいつと三人でってこと?」

「そりゃそうでしょ。なんでそれだけ警戒してるのに二人きりで会うと思ってるんですか」

「まあ、そうか……でもなあ…」


それでも不安なことには違いないらしい。
流石に修さんの目の前で俺にちょっかいを出してくることはないと思うけど、彼に言わせてみれば一度接点を持ってしまうこと自体が危険なんだとか。

だったらやっぱりどうして話してしまったんだと思ってしまうが、どうやらそれは何の考えもなしにとった行動ではなかったようだ。


「一緒に住もうって話、あるだろ。そのことで、俺なりに色々考えたんだよ。紘夢とのこと」


改まった口調で告げられ、出掛かっていた言葉を飲み込んだ。
ただでさえ今の俺達にとって一番重要な話題なのに、そんな風に言われたら心臓がきゅっと強張ってしまう。


「引っ越すってなったら家族にも話さないといけないだろ。引っ越しの理由までは今までも話してなかったし毎回事後報告だったけど、でも今回のはちょっと違うじゃん」


修さんがいつになく真剣な顔をしている。
それだけ彼にとっても大切な話なんだと言うことは十分に伝わってきた。

ちょっと違うと言うのは今後のことを見据えている、と解釈して良いのだろうか。
でも多分、そう言うことなんだろう。

小鳥遊達のことがあって、和也さんから持ち掛けられていた例の件。
俺達全員が同じマンションに住もうと言う提案に俺はその場で了承して、後に湊人も同じ考えだと言うことが分かって全員が同意していたこの話。
実は一旦保留になっている。

と言うのも、俺と湊人はまだ学生だから自分達だけの意思で簡単に引っ越せる訳ではないからだ。
俺も湊人も今住んでいるアパートの家賃は親に払って貰っているので引っ越すとなったらそれ相応の理由と説得が必要になる。
今の家賃よりも増える可能性だってあるし、差額は自分でバイトでもして払うと主張したとしてもそれが認められるかは分からない。
仮にその点では了承を得られたとしても、"それ相応の理由"の方を用意するのは簡単なことではなかった。




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