10 引き留めるべきかどうかで迷っているのかと思って、それなら俺がこの込み上げる感情をどうにか堪えれば良いだけだと、このままここで我慢しようとしたんだけど。 「司も十分紘夢くんに甘いと思うよ」 苦笑交じりに言われた柿崎さんの言葉。 それを聞いて白井さんが俺の頭からさっと手を引いたから、何だか可笑しくなって笑ってしまった。 「何笑ってんだよ」 「すいません。でも、…」 そう言うところが湊人に似てるなと思ってしまった、なんて言っても白井さんは理解出来ないだろう。 湊人も巻き込まれたくないみたいだし、と思って直ぐに「いや、何でもないです」と誤魔化すと「あ?言えよ。気になるだろ」と軽く睨まれてしまう。 「や、その。…やっぱり優しいよなって、思いました。すいません」 笑いながら謝ったから全然効力はなかったんだけど、俺も俺で一度ハマってしまったら中々笑いを抑えることが出来なくて。 まあ怒られても良いかと言う気持ちで一人笑っていたら少し離れた位置から「紘夢、そろそろ湊人が限界」と言う修さんの言葉が届けられた。 身体を少し後ろに倒して一番端にいる湊人の方へ視線を向けると、苦笑する修さんの身体越しに不機嫌そうな顔をしたままそっぽを向いている湊人が目に入る。 多分「うっさいな…」か何か、修さんに対して文句を言ったのが聞こえて、俺の表情が益々崩れる。 「湊人」 少し声を張って呼び掛けると、一拍置いた後に奴の視線がこちらに向けられた。 何を思っているのかが丸分かりなその表情に一際愛おしさが込み上げる。 「もうちょっと待って。ちゃんと湊人の隣に行くから」 隣に行ったら直ぐに「いっぱい我慢させてごめん」と謝って手を握ろう。 そう考えている俺に湊人が「言われなくてもずっと待ってんだよ」と不器用な声で言うから、思わず両手で顔を覆い隠してしまった。 とんでもなくにやけてしまっている顔を隠す為と、好きだと言ってしまいそうな口を塞いでおく為に。 「そっかぁ紘夢くんはそっちのタイプにも弱いのかぁ」 「何無駄な研究してんの?お前には絶対無理じゃん」 「オラオラ系?んーまあそうね。でもさぁ。そっちの方が需要あるってなったらほら、雅也くんと司くんが力付けちゃいそうじゃん?」 「いや、…いや、二人はまだ紘夢のこと狙ってるとかじゃ…」 「”まだ”って言っちゃってるよお兄ちゃん」 「俺より手強いかもね?」と言う誠さんの楽しそうな声が聞こえた後、修さんが「お前も諦めたんじゃなかったのかよ…!」と怒る声が耳に届く。 この兄弟がそのやり取りを隣に座ってやっているんだと思うと可笑しくて堪らない。 どうやらお酒のせいで笑いのスイッチが入るタイミングがおかしくなっているようだ。 そろっと手を外して目の前の机にある筈のお酒を探していると、横から柿崎さんが「これ?」と言ってすっとグラスを差し出してきた。 何で分かったんだ?と純粋に感動しながら「え、よく分かりましたね?ありがとうございます」とお礼を言ってグラスを受け取ると彼がふふっと微笑む。 「余計なことしないでくださいよ。紘夢くん、分かってると思うけど一気に飲んだら駄目だからね?」 「はーい」 「その返事は分かってない時のヤツだから。何か飲みたいならソフトドリンクにしなよ。お願いだからそれ以上酔わないで」 切実に俺の飲酒を嫌がっていそうな佑規さんに「ごめんなさい」と謝りながらグラスに口付けると彼が「ああ、もう」と嘆いて深い溜息を吐いた。 そのまま頭を抱えてしまいそうな彼を見ながら笑う俺の横で、柿崎さんも楽しそうな笑い声を上げる。 「佑くんが紘夢くんのお母さんみたいになってる」 「本当に余計なことしか言わないですよね。柿崎さんだけじゃなくてそっちサイド全員ですけど」 余計な一言を付け足す人しかいないと毒を吐いた佑規さんに、すかさず修さんと白井さんが「お前もだろ」と噛み付いた。 湊人が参戦しなかったのはやっぱり巻き込まれたくないからだろうし、誠さんはその程度の挑発に乗る人ではないのと傍観している方が楽しいと思っているんだろう。 俺もそのまま一対二で言い合っている光景をあてにしてお酒を飲んでいたら、柿崎さんが小声で「もう結構顔赤いよ」と心配するような声を掛けてきた。 「大丈夫?」 「うん。あ、いや、はい。大丈夫です」 「いいよ、敬語なんて使わなくても」 「んー。勝手に出ちゃったらすいませんって、先に謝っときます」 「ふふ。可愛いなあ。紘夢くんの好きにしてくれていいんだよ。俺が紘夢くんにされて怒ることなんて何もないんだから」 ね?と微笑み掛けてくる柿崎さんの表情が俺の記憶上の彼よりもまた一段と甘くなっているように見えて、今更ながら照れてしまった。 少し言葉に詰まりながらこくんと小さく頷くと、視線の先を俺から正面の和也さんへと移した柿崎さんが「半端ないね」とよく分からない発言をして苦笑を漏らす。 「だから飲ませたくないんだよ」 「うん、飲ませない方がいいよ。和さん達にもこんな可愛い紘夢くん見て欲しくないもん」 「は?俺達は良いだろ。俺達だけの権利であるべきなんだよ」 「それは傲慢だわ。ほんと何で紘夢くんにはその態度が出ないの?」 「そんなの可愛いからに決まってるだろ。俺が甘やかしたいと思える相手は紘夢くんしかいないんだよ」 真顔で即答した和也さんの言葉を聞いて柿崎さんは口元を抑えて絶句していた。 かく言う俺も不意打ちを食らって心臓を跳ねさせていたんだけど、それまで騒がしかった反対サイドで言い合っていた人達もいつの間にか静かになっていて、皆揃って和也さんに呆然とした眼差しを向けている。 「何だよその目。佑規は他人のこと言えないだろ」 「何も言ってませんけど。でもまあ、そうですね。付き合うよりも前に紘夢くんを酔い潰して好き勝手やってた人がよく言うな、とは思ってます」 「「はああ?」」 何だよそれ、と俺の両隣から抗議の声が上がり、気付いたら修さんと拓也さん以外の人達も佑規さんサイドに立っているような雰囲気が出来上がってしまっていた。 修さんと拓也さんが何も言えないのは和也さんと同じようなことをしていたからだろう。 俺自身はその時の件に関してはもう何も思っていない。 でも、確かにそんなことあったなあ…と思い返している内にムラムラしてきてしまって。 ああまずいなあ…と頭では分かっていても感情の調節が効かなくなってきているから自力で対処出来そうにない。 とりあえず席を移動してみたらどうにかなるだろうか。 そう考えながら会話の流れを無視して「そろそろ移動しますね」と断って一個隣の席に座り直したんだけど、タイミングが悪かったみたいだ。 と言うか、そこが誠さんの隣だと言うことがちゃんと頭になかった。 「やーっと隣に来てくれた。待ってたよ〜」 俺の可愛い弟くん、と言って何の躊躇いもなく抱き締めてきた誠さんのせいでその場の空気がもっとカオスになってしまう。 [*前へ][次へ#] [戻る] |