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「お二人とも、見惚れるってタイプじゃないですよね」


正直な感想を伝えると周りがぶっと吹き出した。
言われた二人は「酷いなぁ」と言いつつ然程傷付いてはいない様子だったけど、俺にも別に二人を貶すつもりなんてない。


「悪い意味じゃないです。見て満足するのは勿体ないって言うか。ちゃんと話してる時の方が良さが伝わるタイプじゃないですか」


勿論イケメンだと言うことは前提で話している、と伝えたことで周りをざわつかせてしまった。

佑規さんからは「一回静かにしよう」と言われ、和也さんが俺達の前に置いてある酒のグラスを遠ざけたのが目に入る。


「紘夢くんはそろそろ酒はストップだな」

「え、もう?まだ全然飲んでないですよ」

「うん。でも、そこの二人が気持ち良くなってるのが気に食わないから」

「…気持ち良く?」


そう和也さんに訊き返しながら言われた二人の方へと視線を向けると、確かに二人は機嫌が良さそうに笑っている。
どう言う意味で?と言う疑問から「気持ち良い?」と訊ねると二人が揃って「気持ち良いよ。凄く」と答えた。

それには修さんが怒りながら「マジでやめろ。お前らもう犯罪者なんだよ」と謎の注意をしていたんだけど、柿崎さんと誠さんの間に挟まれている白井さんが流れを無視して「俺のタイプは?」と訊ねてくる。


「白井さんは、…最初は怖かったけど、今はただの優しい人です」

「”ただの”?」

「っ、えーっと…」


ワードチョイスをミスったらしい。
一瞬で彼の目が不満そうに切り替わったのが分かり、慌てて否定した為にそこから先の言葉選びも外してしまうことになる。


「ザ・優しい!って意味で…!」

「は?何だよそれ。嘘くさ」

「いやっ!だって、修さんのことも柿崎さんのことも、職場のことも大好きだって言ってたじゃないですか…っ」

「言ってねえよそんなこと」

「言ってたようなもんです…!だから白井さんは優しい人だし、だからその、俺は白井さんのこと好きですよっ」

「あ?」

「「それは絶対違う」」


最終的な俺の回答に対して恋人達から一斉に突っ込みが入った。

確かに間を諸々すっ飛ばしてしまっているから今のは安直な回答に聞こえたかも知れないけど、結論は間違っていない…と思う。
ここで言う”好き”が皆に対する”好き”とは違うことくらい説明しなくても分かるだろうし。


「へえ?何お前、俺のこと好きなの?」

「え、あ、好き――」


分かりやすいくらい嬉しそうな態度で訊き返してきた白井さんに「好きってそう言う意味じゃなくて」と言おうとしたらすかさず佑規さんに口を塞がれた。
その行動に吃驚する俺に向かって「それだけは言ったら駄目」と注意してきた佑規さんが、口元を覆う掌を外しながら、ゆっくりと額同士がくっ付くくらいに顔を近付けてくる。


「っ、えっ…」

「これでも頑張って我慢してるんだから、あまりヤキモチ焼かせないで」

「ッ!!」


近過ぎる距離にもその発言にも心臓を跳ねさせながら硬直している俺に佑規さんは「彼氏はもっと優先してよ」と囁いて、そのまま俺の唇を奪った。

これには俺は勿論、皆も驚き過ぎて声も出なかったようだ。
数秒時が止まったかのように静まり返っていた室内に、誰かが発した一言をきっかけにうるさいくらいの非難が殺到する。

誰が何と言ったのかは分からなかったけど、とにかく皆怒っていることは顔を見れば分かる。
一応修さんが「俺もする!」と言っていたのはちゃんと拾えたんだけど、それに対しては俺も「別にいいよ」と答えてしまいそうなくらいには今の佑規さんのキスに混乱させられていた。

口元を押さえながら愕然としていると、佑規さんから奪うかのように俺の腕を引っ張った和也さんがそのまま後ろから俺の身体を抱き締めながら「やったなお前」と苦い声で吐き捨てる。


「そんなことしたらあっちサイドの奴らが便乗するだろうが」

「や、何でこっちサイドだけ…って言われてみたら確かにそうかもなんですけど」


一度は文句を言い掛けた修さんだったけど横に並ぶ面子を確認したら納得してしまったようだ。
もしかしてこの席順はそう言う基準で決めたのかと訊かれたから、そんなふわっとした基準で決める方が難しいだろと思いながら「違います、けど」と答える。


「とりあえず修さんと佑規さんが柿崎さんから離れさえすれば、あとはまあ大丈夫かなって」


そこまで深く考えてはいなかったと答えると柿崎さんに「優しいね、紘夢くん」と言われて少し複雑な気持ちになった。

優しい…って言うか、単に喧嘩を起こして欲しくなかったから、なんだけどな。
柿崎さんの為だと思っていた訳でもないんだけど、でも言葉にすると結局はそうなってしまうのか。

それだとまた”彼氏よりも柿崎さんを優先した”と思われるかも知れない。

そうではないんだと言う思いが伝わればいいなと思って一先ずお腹に回されている和也さんの手にそっと自分の手を重ねると瞬時に腕の拘束力が増した。
それに対して一人で小さく笑みを零すと、向かいから「いちゃつき禁止」と言う野次が飛んでくる。


「恋人なんだから良いだろ」

「え。え?マジで言ってるの?」

「冗談だと思うか?」

「えー?嘘でしょ?まさか和さんの口からそんな言葉を聞くことになるとはねえ」

「急に方向転換し過ぎなんすよ。てか全員感覚バグってんだってマジで」


わりと真面目に呆れた様子の白井さんがそう言った後「紘夢も一回こっち来て感覚戻しとけよ」と俺を手招いた。
何の感覚?と思いながらも白井さんの言葉に従って席を移動しようとしたら、和也さんが「駄目だ」と言って腰を掴んで阻止してくる。


「はあ?何この人すげー駄々捏ねるじゃん」

「お前はさっきから好き勝手言い過ぎだぞ」

「いやいや。紘夢抱きかかえながら言われても威力0っすわ」

「あっそ。お前もここ数日で益々生意気になったな」

「かもっすねー。でも生意気な後輩は可愛いって情報が入ってるんで」


ね?と隣に話を振った白井さんに、柿崎さんが「俺も和さんは敵に回したくないんだけどー」と言いつつ楽しそうな笑みを浮かべる。


「俺は別にお前の味方になったつもりはないぞ」

「それは俺もよく分かってるよ。でも、紘夢くんのことは置いといても、仕事面では尊敬する先輩だったから」


もしも職場に戻れた時にギスギスしたくはないと言う思いは柿崎さんにもあるようだ。
それを聞いて暫く無言で柿崎さんを見返していた和也さんが、不意に小さな声で「…過去形かよ」と呟く。

皆には聞こえていなかったとしても俺だけはしっかりと聞き取ることが出来た。
にやける頬を抑えることも出来ないまま、向かいの柿崎さんに「これからも和也さんのこと支えてあげてくださいね」とお願いすると、一瞬で表情を柔らかくした彼が「うん、任せて」と答えて微笑む。

それを横目に見た白井さんが「マジで全員紘夢に甘過ぎなんだって」と何度目か分からない呆れを吐いた。


「でも司、湊人だけは紘夢に厳しいから」

「え?」


修さんに言われて白井さんが視線を端に向けると、彼に見られた湊人が煩わしそうな表情を見せながら溜息を漏らす。


「俺は今日は空気でいいんだって。巻き込まないでくれませんか」

「それだとつまんねえだろー?」

「元々つまらないんで何も変わりません」

「あー、まあな。今日は湊人はここに来てるだけで十分って言うか、褒めてやんないとな」


よく頑張ってるよ、と言って頭を撫でようとした修さんの手を即行で振り払った湊人が、殆ど対極にいる俺に向かって「お前この席順にしたの忘れんなよ。次会った時責任取らせるからな」と毒を吐いた。

それに対して俺の恋人以外が「成る程、確かに厳しい」と言う反応を見せたのは言うまでもないだろう。




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