6 だってそうだろう。 誠さんと雅也さんとは義理の兄弟のような関係を続けていくことに皆も同意してくれていたけど、白井さんとのことがちゃんと動き始めたのは言ってしまえば昨日だ。 白井さんが俺達の関係を全て把握してしまったと言う事実を知ったのも昨日だし、その件自体もまだ佑規さんと和也さんしか知らないと思っていた。 白井さんと誠さん達がどこかで繋がっていたと言うことだって知らなかったんだ。 そうなのかも知れないな…と考えはしたけど、それはあくまでも予想でしかなかった。 柿崎さんに関しては、それ以前の問題って言うか。 彼とはもう、どこかで偶然出会ってしまわない限りは二度と会うことはないと思っていた。 最近度々話題に上っていたし、白井さんからも彼を職場に連れ戻そうとしていると言う話を聞かされていたから、少しずつその存在を近くに感じるようにはなってしまっていたけれど。 まさかこんな形で会うことが出来て、目の前で修さん達との関係までも修復出来てしまうだなんて、誰が予想出来ただろうか。 それだけでも俺にとっては奇跡のようなことだったのに。 それなのに。 「…俺の…為…」 何をどう考えてみても、意味が分からないと思ってしまう。 何で。どうして。 そこまでしてくれる理由は何なのか。 一人一人にそう問い掛けたかった。 でも、皆が向けてくれる眼差しがどれも温かくて、優しくて。 何を言っても俺が望む言葉しか貰えなさそうだったから、無駄なことは何も言わずに「嬉し過ぎて、死にそうです」と伝えて笑顔を向けた。 泣き笑いみたいな表情になってしまっているだろうけど誰一人としてそこには突っ込まなかった。 寧ろ安心したように微笑む皆を見て、より一層胸が熱くなってしまう。 「あー、どうしよ…すいません、一回お酒飲ませてください」 そうでもしないと泣きそうな気持ちを制御出来そうになかった。 それでもどうせ止められるだろうと思っていたんだけど、今日ばかりは誰も駄目だとは言わずに無言の許可を与えてくれたから、そのまま勢いで手元にあったビールを喉に流し込む。 「あっ、こら!だめだめだめ。何やってんだよもー」 「紘夢くん流石にそれは。飲むなとは言わないから、せめてペースはゆっくりにしないと駄目だよ」 どうやら一気に飲むのは駄目だったようだ。 両隣からの指摘に頭の中ではちゃんと謝罪をしたんだけど、口からは「でも今日は酔いたい」と反省色のない言葉が飛び出してしまう。 「えー可愛いんだけど。いっぱい飲んでいいんだよ」 「勝手に許可すんな。お前にそんなこと言う権限なんかねえから」 「えー。でも俺今さぁ、すっごい生命力に溢れてる気がする」 「でもって何だよ。てかそれド下ネタだろ。ふざけんなよマジで」 「いやだって、修くん。生の紘夢くんの可愛さ半端ないよ」 「は。紘夢の可愛さはこんなもんじゃねえし」 「それはそうだろうけどー。えー楽しみだなぁ。泥酔した紘夢くんが見られるの」 「ちゅーくらいしてくれそう」と言って笑った柿崎さんに無数の叱声が飛ばされた。 俺もそのまま彼の対応は皆に任せれば良かったのに「それはしません」と余計な一言を漏らしてしまったが為に「じゃあ何ならしてくれるの?」と訊き返され、再び周囲から怒りの声が上がってしまう。 「こっちが大人しくしてるからって調子に乗らないでください。指一本触れることさえ、いや、もう目も合わせないでください」 「ふふ。目を瞑って話す方が想像力を掻き立てられそうではあるよねぇ」 「修さんもうその人やっちゃって良いと思います」 「おっけ任せろ」 佑規さんに促された修さんが「これは俺らの総意な」と言って拳を握り締めるから、すかさずその腕を掴んで「駄目」と引き止める。 「放して紘夢。こいつはマジでお灸を据えてやる必要があるんだよ」 「分かったから一旦落ち着いて」 俺だって折角修さんと柿崎さんが隣で仲良く出来る機会を奪いたくなんかなかったけど、柿崎さんに対して一番遠慮のない修さんをこのまま近くに置いていたら何をしでかすか分からない。 そんなことをするなら席替えだ、と提案すると俺の両脇の二人以外が即座に賛成の意を示した。 それには修さんと和也さんが最後まで嫌だと主張していたんだけど、こう言う時は人数が多い方が勝つように出来ている。 まあそうは言ってもこの人数でじゃんけんをして決めるのは相当時間が掛かりそうだったから、席順は俺の一存で決めさせて貰ったんだけどな。 俺だけ常に席を移動していく、と言う交換条件付きで。 「さっき一気に飲んでたけど大丈夫?頭痛くなったりはしてない?」 「うん、大丈夫です」 「なら良いけど、倒れちゃったりしたら心配だから気を付けてね?」 「うん。ありがと拓也さん」 そう言って微笑んだ俺に優しい微笑みを返してくれる拓也さんに俺もついつい周りを気にせずデレデレしてしまった。 拓也さんのこの優しさにさっきまでとのギャップを大きく感じてしまうのは、ある意味皆が引き立て役になってくれているからでもある…なんて言ったら怒られるんだろうな。 今俺の反対側に座って少しむすっとしてしまっている佑規さんなんて、特に。 「佑規さん」 「…やっぱり紘夢くんは拓を最初に選ぶよね」 「いや、…だって、100%甘やかしてくれるって分かってるんですもん」 「…俺はおまけ?」 「違いますよ。そんな訳ないじゃないですか」 最初の席替えで俺がこの二人の間を選んだことにも、この二人を隣にしたことにも意味がある。 席を移動するならまずは拓也さんの隣だと決めていた。 その理由は今答えた通りで、そしてそれは佑規さんにも当てはまることだ。 「拓也さんといる時の佑規さんが一番俺に甘くなるって言うデータがあるんですよ」 だから俺が最初にこの席を選んだのは二人から癒して貰う為だと伝えると、両脇から同時に伸びてきた腕が俺の頭と頬を撫でた。 その手の優しさと向けられる視線の甘さだけで十分彼らの気持ちは伝わってきて、喜びで頬が緩み切ってしまう。 「いやいやとんでもない顔してんだけど。三人とも。え?ねえ、これが言ってたヤツなの?」 「言ってたヤツって?」 「雅也くんのお兄さんが一番甘いよって話。あと岡本くんが紘夢くんにだけまるで別人ってのも」 「ああ、うん。それは見ての通りだわ」 呆気に取られているような反応をしている誠さんに、彼の隣に座る修さんが両方事実だと伝えた後「紘夢がここまでデレるのもな」と嫌味っぽく付け足す。 それを聞いて、修さんの反対隣に座る湊人が「余計なこと言うなよ…」と文句を垂れた。 「事実じゃん」 「だから余計だって言ってるんでしょ。それ言うことに何かメリットなんかあると思ってんすか?」 「別に?」 「はあ、これだから。おい紘夢。何で俺をこの人の隣にしたんだよ」 この席順は明らかなる選択ミスだと指摘してきた湊人に対しても「そんなことないよ」と答えて笑みを向ける。 湊人は修さんの扱いが上手いから二人を隣にしたんだと伝えると湊人は「はあ?」と嫌そうな顔を見せ、修さんからは「おいおいおい」と不服そうな突っ込みが入った。 「何で俺が湊人に扱われる側になってんの?逆だろ逆」 「いやそれだけはない。矢野サンに扱われるとか…いやそれだけはない」 「二回言うなよ!」 早速息の合った掛け合いを見せてくれる二人に「ほら、仲良いじゃん」と言って笑うと両者から否定の言葉が飛んできた。 それを見た周りも「ああ、成る程ね」と言う納得した反応を見せていたから俺の考えは間違っていないと思う。 [*前へ][次へ#] [戻る] |