4 ここで一旦仕切り直し…と言って良いのか。 一先ず扉の前に立ったままだった修さんと柿崎さんにもちゃんと座席について貰い、誠さんの計らいで止めていたらしい注文も手早く済ませて、この面子での親睦会?が漸く幕を開けた。 俺は和也さんと修さんの間に挟まれ、真向かいには誠さんが座っている状況なんだけど、今更ながらとんでもない面子の中に放り込まれてしまったな…と若干怖気づいてしまっている。 その気持ちはさっきオーダーを受けに来た女性店員さんなら共感してくれる筈だ。 彼女の目にはこの座敷の中がさぞかし光り輝いて見えたことだろう。 その半数が俺の恋人だ、と言うことは非常に光栄なことなのだろうけど、そんなことを考える余裕なんてないくらいイケメンで埋め尽くされたこの空間に流石に俺も居た堪れなくなってきた。 「それで、結局紘夢くんは俺のことはどう思ってるのか訊かせて貰ってもいい?」 そんな状況での柿崎さんのこの質問だ。 そんなもの答えられる訳がないだろう、と言ってやりたくなったけど、俺の不用意な発言のせいで事態が一変…なんてことにでもなってしまったら困る。 そんな風に、この時の俺はまだ今日のこの会が開かれた理由を聞かされていなかったから、すっかりこの場は柿崎さんの為のものなんだと思い込んでしまっていた。 流れを変えてしまったら、と思っているのは俺だけじゃなかったから…なのかどうかは分からないけど、こう言う時に限って俺の恋人達は邪魔をしてこないんだよな。 湊人なんて「俺達の前で答えてみろよ」とでも言いたそうな笑みを浮かべてこっちを見ているから、そう言うところは本当に意地が悪いと思う。 そんなことは勿論言わないけど。 それから、柿崎さんの質問に対する返答をまた少し悩んだ末。 「何て言うか……会いたい、とかではなくて……でも、その…音信不通は…嫌…だなって…」 机に視線を落としたまま正直な思いを打ち明けると、その場の空気が止まってしまったのを肌で感じ取った。 やっぱりそこまで言ったらまずかった…と思いながら、恋人達の反応が怖くてそのまま顔を上げられずにいる俺の耳に、ぽつりと零された柿崎さんの呟きが届く。 「可愛過ぎて思わず好きって言っちゃうところだった」 「!?」 その内容に思わず反応してしまって顔を上げたその瞬間一瞬にして飛び交った野次。 「ぶん殴るぞ」 「帰れ」 「ふざけてるんですか」 「紘夢くん!」 一斉に飛ばされたその声を全て聞き取ることは出来なかった。 けど、その勢いと声の鋭さに驚きと恐怖を抱いて引き攣った声を上げると、俺の反応を見た向かいの数名――誠さんと雅也さん、そして白井さんがほぼ同時にぶっと吹き出す。 集中攻撃を受けた柿崎さんも「こーわ。手を出す気はないってば」と言って呆れたように笑っていたんだけど、俺からしたら笑いごとなんかではない。 と言うか今、どさくさに紛れて誰か俺の名前を叫ばなかったか…? それが唯一俺に向けられた怒りかと思って、恐る恐る「誰か俺の名前…呼んだ?」と誰にでもなく訊ねてみたら、端に座る蓮から「俺!なんか危ないからこっち来て!」と言う雑な救助発言が届けられた。 「いや、…うん」 正直言って、危ないのはどこにいても同じだと思う。 その危ないって表現も的確かどうかは不明だけど、俺にとっての安全な場所なんてこの場には存在していない。 そう思いつつも、ちらっと拓也さんの方へと視線を向けたら、目が合った彼が「うん?」と首を傾けながらにこりと微笑んでくれたから、蓮には悪いけど今直ぐ拓也さんの隣に移動したくなった。 だって、直前のやり取りなんてまるでなかったかのような優しい顔してんだもん。 そりゃあ、俺を匿ってくれとでも言いたくなるもんだろ。 なんてことを考えている隙に、また状況が進展してしまう。 「おい、品定めしてんなよ。あいつも紘夢の彼氏だぞ」 隣に座る修さんが柿崎さんに向けて放ったこの発言。 最初は”品定め”の意味が全然分からなかった。 でも何となくその場の空気からどうやら直前に柿崎さんが視線を向けていた相手が蓮だったと言うことが分かり、何とも言えない感情を抱いたまま口元を抑えた俺を見て柿崎さんがふふっと笑みを零す。 「何か俺もう、紘夢くん以外の子に全然興味が湧かないんだよねぇ。どうしたらいいと思う?」 「!!」 その投げ掛け自体は修さんに向けられたものだった。 けどそれはもう、間接的に想いを伝えられたようなものだと受け取ってしまっても仕方がないと思う。 どうしたら良いか分からずに視線を泳がせていると、隣から「セカンド童貞オメデトウ」と言う嫌味たっぷりな発言が聞こえてきたから咄嗟に修さんの腕を叩いてしまった。 「痛。え?何で俺殴られた?」 「っ、馬鹿なこと言うから…!」 「いや、馬鹿なこと言ったのは柿崎の方じゃん」 そう言う問題ではない。 そもそも修さんが変なフリをしていなければ柿崎さんだってさっきの発言をする必要はなかった筈だ。 このまま修さんを野放しにしていたらカオスなことになってしまう、と働いた勘に従って彼から発言権を奪ってしまおうと試みたんだけど、それも一歩遅かった。 「フられた後さっさと諦めないからそうなるんだよ」 またしても余計な挑発をした修さんに対し、柿崎さんが「あーそんなこと言うんだ?」と返してその挑発に乗ってしまう。 「じゃああえて言わせて貰うけど、その程度の気持ちじゃなかったってことでしょ」 「だから馬鹿だっつってんだよ。何他人のもんに本気になってんだよ」 「「それはすいませんでしたね」」 何もそんな言い方はしなくても良いじゃないか、と言う突っ込みは俺の立場だから浮かんでしまったものなんだろうな。 それよりも今は、綺麗に声を揃えて引き攣った笑みを浮かべている端の二人の対応を真っ先に考えよう。 確かに今の台詞は後から俺の恋人になった湊人と蓮にも刺さってしまうものだったかも知れない。 それでもまだ二人は実際に俺の恋人になっているから…とフォローを入れることで今度は柿崎さんを傷付けてしまいそうだ。 おまけに誠さんにまで飛び火してしまったらそのまま大炎上しかねない。 ここは一先ず…と思考を巡らせながら残りの面子を確認していって、一周して結局隣に座る和也さんに頼ることにした。 皆に見えない位置で和也さんの太腿の辺りを軽く叩き、視線でSOSを送る。 敏い彼には俺の思いは直ぐに伝わったようだけど、どうやら今日受けた数々のサプライズに頭…って言うかメンタルがやられてしまっていたのは俺だけではなかったようだ。 「ごめん。修と柿崎がこんな風に”仲良く”してるところを見るのは俺も数年振りなんだ。もう少しこの懐かしさを味わわせて貰えないかな」 「駄目です」 俺がそうやって即答出来たのは、今の発言が完全に和也さんの悪質な嫌がらせでしかないと気付いたからだ。 何も聞かされないままに呼び出され、そこへ更に柿崎さんまでもが登場して。 少しでも仕返したい気持ちから修さんと柿崎さんをバトらせてあわよくば共倒れさせようと企んでいるのかも知れないけど、そこに俺が巻き込まれるのは不可避なんだよ。 和也さん、と呼び掛けると「分かった」と返ってきたからそれで俺も安心しかけたのに。 「可愛くお願いしてくれたら俺も紘夢くんの言うことを聞いてあげる」 そう言って微笑む和也さんを見て、ああこの人も相当鬱憤が溜まってるわ…と思いながらその場に項垂れた。 和也さんがこれなら今日はもう諦めるしかない。 彼以上に発言力のある人なんていないんだから。 [*前へ][次へ#] [戻る] |