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昨日の話なのに早速白井さんが柿崎さん本人に”俺の伝言”を伝えてくれていたことには感謝した。

でも、その答えを直接本人から聞くことが出来るのであれば、彼の反応を見られるのはチャンスだと思う。
それが柿崎さんの本心であるかどうか、彼の反応を自分の目で見て判断出来る。


『人生まだ捨てたもんじゃないって、今もそう思えてますか』


白井さんに伝えて貰った俺のその投げ掛けに、柿崎さんはこう答えた。


「つい最近、そう思えるようになった…かな。紘夢くんのお陰で」

「……」


その返答自体は安心出来るものだった。
でも”俺のお陰”と言う言葉が付けられていたせいで眉を寄せてしまう。

何故俺のお陰なのか。
つい最近そう思えるようになったのなら何かきっかけがあった筈だけど、俺と柿崎さんが接触するのは別れを告げたあの日以来今日が初めてのことだ。

もしかして、白井さんから俺の話を聞いたから…?

そうなんだとしたら、昨日白井さんが言っていた言葉も彼の勝手な思い込みとは言えないのかも知れない…だなんて思い始めてしまう。

白井さんが言うように、俺が本当に柿崎さんの心を動かすことが出来るのならば。
今ここで俺が行動に移すことで、柿崎さんの為に、そして他の人達の為にもなれるのかも知れない。


「柿崎さんは、この人達と…修さん達と一緒に仕事するの、好きでした?」

「っ……」


その返答次第で確信を得られると思った。
表情を強張らせてしまった柿崎さんを見て良いリアクションを得られたと思ったんだけど、その横で修さんも意表を突かれたような反応をしていたからそこは予想が外れた。

昨日の話があったからもしかしたらこの場は白井さんが柿崎さんの為に開いた場なのかなと思ったりもしたけれど、修さんのその反応を見る限りではそれも違ったようだ。
少なくとも修さんは白井さんのその思惑を理解してはいなかったんだろうと思う。

まあそうは言っても、俺が白井さんからその話を聞かされたのも昨日のことだしな。
修さん曰くそれぞれが何度も「どう言うことだ」と説明を求めていたらしいから、皆の間で全ての話が通じ合っている訳でもないのかも知れない。

静かに柿崎さんの返答を待っていたら、それに答える代わりに苦笑を漏らした彼がどう言う訳か「ちょっと泣きそうだから胸貸してくれない?」と言って修さんに泣きついた。


「えっ?」


それには俺も流石に驚きの声を上げてしまった。

そりゃあもうずっと驚きっ放しではあったんだけども。

げっ…と嫌そうな顔を見せつつも「貸す訳ねえだろ。いいからさっさと質問に答えろよ」と回答を促す修さんの態度を見せられたら尚更、俺が思う以上に関係の修復が進んでいそうな事実を実感して、驚きと同時に喜びも抱いてしまう。

修復…
え、もしかして誠さんが言ってた修復って、修さんと柿崎さんの関係のこと?

次々と浮かんでくる疑問、そして判明していく事実に俺の頭もそろそろ音を上げる頃だ。
全ての説明は後できちんと誠さんから受けるつもりで今は先ず柿崎さんの答えを聞かせて貰って、そこから先の展開は白井さんに委ねるべきなのかも知れない。

回答を待つ俺をその目で確認した柿崎さんが、観念したようにふっと力を抜きながら「好きだったよ」と答えたのを聞いて、口元が勝手に緩んだ。


「あの職場も、仕事も。ちゃんと、自分でいられる場所だったから」


その言葉に彼の心情が全て現れているんだと思う。

自分でいられる場所。
彼にとってはそれがどんなに大切な場所か。

詳しい事情を知らない俺にもその思いは十分に伝わってくる。


「戻れるなら、戻りたいですか」


今のは質問と言うよりただ確認を取っているように聞こえたかも知れない。
小さく笑って「まあ、そうだね」と答えてくれた柿崎さんに対して俺も段々と遠慮がなくなってきて、そこから更に「戻れない理由は何ですか?」と核心を突くような質問を投げ掛ける。

それにも柿崎さんは返答を躊躇う様子こそ見せなかったけど、その問いの答えはここでは説明し切れないと上手く濁されてしまった。
その代わりに「でもまあ、俺が諦めてるから…かな」と重要な発言をしてくれたから、まだ希望はあることを確信する。


「それって、戻るのが不可能ではない…ってことですよね?」

「不可能…ではない、かな。こっちはね」


そう言って頼りなく笑う柿崎さんからその隣へと視線を移し、複雑そうな顔をして会話を見守っている修さんに「チャンスだよ」と声を掛けた。

柿崎さんの”こっちはね”と言う発言は恐らく、柿崎さん自身にそのつもりがあっても職場が受け入れてくれるかどうか分からないと言う意味があったんだと思う。

だから一番肝心なところは修さんに振ったんだけど、修さんも照れてしまって直ぐには素直になれなかったようだ。
「何で俺?」と言いながら眉を寄せる彼に無言の笑みで対抗すると、しっかりとした溜息を吐いた彼が不器用過ぎる視線を柿崎さんに投げた。


「…お前のせいでなあ、和さんが過労死しそうになってんだよ」

「らしいね。誰か雇うと思ってたけど」

「そんな簡単な話じゃねえってことだろ。てかお前がまたやるって言う方が簡単なんだよ」

「それだって簡単ではないよ」

「でも不可能じゃないんだろ?だったら、さっさと戻って来いよ」

「………」


柿崎さんもまさか修さんからそこまでの言葉を貰えるとは思っていなかったんだろう。
薄らと微笑んだまま何も言わない彼を見て、きっと彼は今修さんの言葉に感動してしまっているんだろうなと思った。

だから俺も、胸を震わせていたのに。


「嬉しいけど、それは是非とも紘夢くんに言って貰いたかったなぁ」


漸く口を開いた彼が笑いながらそんなことを言うもんだから、俺もすっかり呆気に取られてしまった。

それには修さんも「はあ!?」とキレた反応を見せていたんだけど、今のが柿崎さんの照れ隠しだったと言うことに気付いていないのは恐らく修さんだけだ。
二人とも素直じゃないんだから…と呆れた眼差しを向けていたら、隣にいる和也さんが溜まった疲れを吐き出すような長い溜息を吐いた。


「紘夢くんがお前に帰って来いって言うのはおかしいだろ」


柿崎さんに向けられたその言葉には、和也さんも修さんと同じ気持ちだと言う意思が込められていたんだと思う。
遠回しにそれを伝えた彼のお陰で俺も再び嬉しくなって、込み上げる喜びを抑えるように拳をぐっと握り締める。


「まあ、それはそうなんだけど。でもそれを言うなら修くんに言われたところで、でもあるよね。判断するのは会社なんだから」

「あーそれは大丈夫っすよ」


柿崎さんの懸念をすかさず一蹴した白井さんが「椎名さんも健太さんが戻って来れるならすげー助かるって言ってた」と伝えてにやりと口元を歪ませた。

まさか椎名さんにも既に確認済だったとは。
白井さんのその行動力に脱帽すると共に、俺が知らない彼の姿を不意に見せられたような気持ちになって、不安にも似た感情をほんの少しだけ抱いてしまった。


「流石。本当に得意なんだね?根回し」


柿崎さんのその発言を聞いたら余計にその感情が膨らんでしまったように感じたけれど、白井さんの柿崎さんに対する思いに嘘はなかった筈だ。
白井さんが皆の為を思っていたことも事実なのだろうから、例え俺の知らない彼の顔があったとしてもそれは俺が不安に思うようなことではないのかも知れない。


「俺は勝手に種蒔いてただけっすよ。その種を実らせたのは、俺じゃなくて紘夢」

「っ……」


そんなことはないと否定したかったけど、予想以上に優しい眼差しを向けてくる白井さんに何も言い返すことが出来なかった。

そんな目を向けられてしまったら、やっぱり白井さんは優しい人だとしか思えなくなる。
でもそれは間違ったことではないし、俺が彼のことをそんな風に思うことに問題なんてないんだと思う。

俺の知らない白井さんが存在していたとしても、俺が全てを知りたいと思うのは恋人である彼らに対してだけだから。




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