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白井は柿崎に関してはそこまで紘夢を絡めて見ようとはしていなかった。
柿崎と紘夢に交流があったことは勿論把握しているが、紘夢本人とのやり取りからそこまでの関係ではないのだと思っていたのだ。

バーで柿崎に対して過去の恋人について訊ねたのも純粋にギムレットのカクテル言葉に反応したまでである。
その相手が紘夢だったのではないか、などとは全く考えてもいなかった。

今の発言もそうだ。
本来ならバーを訪れた時に柿崎に話そうと思っていた話題が誠達との遭遇によって流れてしまっていた。
それを今のタイミングで思い出したから瞬発的に伝えてしまった。
白井にとってはただそれだけのことだった。


「…健太さんもしかして、紘夢のことマジで好きだったんすか…?」


ストレート過ぎるその問い掛けに、誠はまたもや笑みを零してしまった。
そう言うところが雅也と似ているんだ、と思いながら、誠には決して真似の出来ないその直球加減に感心すらしてしまう。

一方柿崎はそれどころではなかった。

今更自分の態度を取り繕ったところで、目の前に座る二人組も恐らくフォローになど回ってくれやしない筈だ。
それならばこのままそれ自体は事実として白井に伝えてしまい、せめて紘夢の過去についてはどうにか伏せておこう、と必死になって思考を巡らせていた。

柿崎のその頑張りも結果的には誠によって遮られることになってしまうのだが、だからと言ってその配慮が無駄になった訳ではない。


「それこそ、何の意味もない確認だよ」


バーでの誠の台詞をなぞった柿崎のその返答は、遠回しに白井の質問に対する肯定になっている。
そうやってストレートには答えはしなかった柿崎だったが、その意図は周りの三人ともが読み取れたことだ。

それを聞いて誠はもう一度静かに笑みを零すと、柿崎に向かって「俺達で”意味があるもの”にしちゃえば良いと思いません?」と提案を持ち掛けた。


「…どう言うこと?」


訝しげに投げ掛けた柿崎に誠が含みのある笑みを返す。

その投げ掛けに対する返答は勿論、それに加えて今まで兄達や紘夢との間にあったやり取りの重要部分を今から誠は掻い摘んで全員に説明しようと思っている。

ただ、自身の考えをきちんと説明する為には、どうしても”あの件”を白井に話しておく必要がある。
そうしてしまうことにバーではまだ迷いが生じていた誠だったが、今はもうそれには”意味があることだ”と思えている為に躊躇いはもうなかった。


「一回ちゃんとそれぞれが持ってる情報を共有したいんですけど、それは全部紘夢くんを守る為のことだって言ったらお二人も協力してくれますか?」

「情報の共有?俺は別に、自分だけが知ってる紘夢の情報とかはないと思いますけど」

「うん。それならそれで良いよ。多分司くんの場合は情報を一方的に受け取る側になるだろうからね」


その情報を受け止める覚悟があるかないか。
それが協力するか否かとイコールで結ばれると説明した誠にすかさず柿崎が待ったをかける。


「それは本当に紘夢くんの為?単なる都合の良い発言、ではないの?」

「んー。確かに紘夢くんに許可を取ってないって観点から言えば都合の良い発言になるのかも知れませんね」

「じゃあ、」

「でも、俺が紘夢くんの味方だって発言は100%真実ですよ。例え多少の傷を負わせることになったとしても、それが本当に紘夢くんの為になると思ったことなら俺はやります」


俺が守ってあげるって、紘夢くん本人に約束しちゃってるから。

それも事実だと伝えた誠に、柿崎は何も言い返すことが出来なかった。

誠の発言を疑っている訳ではない。
ただ純粋に、誠と自分の立場の違いを再確認して気持ちを沈めてしまっただけだ。

そのまま視線を落としてしまった柿崎に、誠がそっと投げ掛ける。


「柿崎さんだって紘夢くんのこと、守ってあげたいと思ってますよね?」

「……それ、色々知った上で訊いてるなら、もうただの意地悪だよ」

「いやいや、意地悪じゃないですよ。柿崎さんがそう思ってるなら、俺と一緒に紘夢くんのこと守ってあげましょ?って、提案したいだけですから」

「だから俺は――」

「大丈夫です。”あんな約束”は破棄になるように俺が上手く取り計らってあげますよ」


ね、と微笑む誠の表情には厭らしさがない。
それは何の悪い冗談だと問えないくらい、その行動に対する悪意と言うものを一切持ち合わせていないような表情だ。

紘夢はそんなことを望んでなどいないだろうと思うが、それは置いておくにしても誠の真意も柿崎にはまだ読み取ることが出来ない。


「約束って?何の話っすか」

「それを知りたいなら、さっきの質問にはYesで答えて貰うことになるね」

「協力するかどうかって話?そんなの聞いてからじゃないと判断出来ないでしょ。それが本当に紘夢の為になるかどうかは、聞いた後に俺が自分で判断する」


それじゃ駄目なのかと問う白井に、それまで黙っていた雅也がここで口を開いた。


「俺達の足並みが揃ってなかったら何やったって紘夢の為になんかなんねえってことだろ」


少しずつしか進んでいかない話に雅也もいい加減痺れを切らしてしまった。
それぞれの思惑が分からないことはないが、このままでは埒が明かない。


「白井さんの言いたいことは分かるけど、組む気がないなら情報を共有する必要はない。俺達が組むことに意味がある、ってこの人は言いたいんだよ。回りくどい言い方しかしねえこの人もこの人だけどな」


煩わしそうな態度の雅也に”この人”呼ばわりされた誠が機嫌良さそうに表情を緩めた。
誠にとって雅也の思い切りの良さは必要な手助けだ。

要はそう言うことだ、と言う表情を向かいの二人に向けた誠だったが、反応を待たれている側の二人は雅也に対してまた違った感想を抱いていた。

この男は本当にあの浅尾拓也の弟なのか、と。
それぞれ口には出さなかったが、その血の繋がりを疑ってしまうくらいに見た目も性格もかけ離れていると感じてしまっていた。

それは矢野兄弟に関しても同じことが言える。


「ちょっと一回整理したい。結局誠さんは修さんって言うより紘夢の味方で、それは紘夢のことが好きだから?ってことで合ってる?」

「微妙に違うけど、まあそう言うことでもあるね」

「紘夢を奪う気は?」

「ないよ。そんなことしたら紘夢くんが悲しんじゃうもん。それに、紘夢くんが修より俺を選ぶことはないって分かってる」

「…じゃあ、誠さんが言う紘夢を守るってのは、結局は修さん達の関係を守るってことになるんすよね?」

「結局はそう。でもその動機の主軸が修じゃなくて紘夢くんになってるってことだね。俺はあの子の笑顔と幸せを守ってあげたいから、そこの関係が上手くいくように手助けしようとしてる」

「それに俺達が必要、ってこと?」


白井の問い掛けに誠が頷きを一つ返す。
その後に”何故必要なのか”その理由を問われることも誠は分かっていたが、それよりも先に柿崎が誠に訊ねた。


「紘夢くんの味方って言うのは確かに100%そうだって言い切れるのかも知れないけど、その動機の方は100%紘夢くんの為…ではないよね?」


鋭い柿崎の質問に、誠は含みのある笑みと共に頷きを返した。


「勿論、俺が紘夢くんに関わっていたいから、でもありますよ。だって、彼氏にはなれないって分かり切ってても、だからって俺の気持ち全部が”報われない”訳じゃないでしょ?」




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