11 × 例え湊人が俺の全てを知っていたとしても、幾度となく行為に至っていたとしても。 だからって緊張しない訳ではないし、惰性で抱かれているつもりもない。 「っ…湊人…ベッド…行こ…」 このまま玄関で…なんて嫌だと思った。 一旦キスを止めて自ら誘うような言葉を口にしたけれど、きっと湊人の目に映る俺の顔は赤く染まってしまっているだろう。 「このまま?シャワー浴びなくていい?」 「あ…そっか……じゃあ、一緒が…いい…」 そんなことを言えるようになったのも、大抵の行為を受け入れられるようになったのも事実だ。 でも、今湊人が目で見て確認出来ているように、全く羞恥心を抱かなくなった訳ではない。 緊張もするし、ドキドキもするし、恥ずかしい気持ちもある。 ただそれよりも、好きだと言う気持ちや皆を求める気持ちが大きくなっただけなんだ。 「良いけど、ここラブホだって分かってんの?」 「え…?」 意味が理解出来ない俺に「まあ、見れば分かるだろうけど」と言って靴を脱いだ湊人がそのまま俺の腕を掴んで部屋の中に進もうとするから、俺も慌てて靴を脱いだ。 ラブホだと言うことは流石にもう分かってることなんだけど…と思いながら部屋の中に足を踏み入れて漸くその意味が少し理解出来たような気がする。 「う、わあ…」 思わず漏れた感嘆の声は、その内装の豪華さに対するものだ。 初めて入ったんだから知らなくて当然なんだけど、俺が勝手にイメージしていたものと違ってまるでリゾートホテルのよう…って言うか。 大きなベッドは勿論、二人で座っても余裕そうな立派なソファの他にマッサージチェアまであるし、照明や壁紙も何から何までお洒落かつ豪華な印象を受ける。 ある意味で非現実的な空間ではあるけど、これなら変に意識しなくて済むかも知れない。 若干わくわくしながら部屋の中を見渡している俺を見て「何感動してんだよ」と渇いた笑いを零した湊人が俺の腕を引いて部屋の奥へと向かい、どこかへと繋がるドアを開ける。 その先にあったのは、まあ簡単に言えばバスルームだった。 ガラスのドアの向こうに見えるバスタブは確かに大きいし丸いし、浴室自体も広い。 でも別に、ここもそこまでラブホ感はないって言うか。 「え、折角だからお湯溜める?」 このままシャワーだけで済ますのは勿体ない気がしてそう提案してみると、湊人が「折角ってマジで思ってんのかよ…」と不満を漏らすようにぼやいてから浴室の中へと入っていった。 お湯はちゃんと溜めてくれるらしい。 お湯が溜まるまでの間は向こうで待っているんだろうと勝手に思って元の場所に引き返そうとしたら、玄関と同じように後ろから俺を拘束してきた湊人が耳元で「やっぱ全然緊張してないよな」と呟いた。 「っ、いや、ごめん…何か思ってたより凄くて、……ごめん」 「…まあある意味予想通り。嫌がられてないだけまだマシだと思っとく」 後ろでお湯を張る音がしているからか、いつもより力なく聞こえる湊人の声に少し申し訳なさを抱いた。 確かに中に入ってからはリラックスしてしまっていたかも知れない。 でもそれは多分、今だけの話だ。 「…お湯…溜まってないけど……シャワー、浴びる…?」 ”そう言う空気”になれば俺自身も”そう”なる。 身体に巻き付いている腕に触れながらそっと投げ掛けると、後ろで「浴びる」と返事をした湊人の手がTシャツの裾から中に侵入してきた。 汗ばむ肌を撫でるその手によって俺の劣情は一気に煽られ、落ち着いていた心臓も脈打つ速度を上げ始める。 「汗で…ベタベタ、だから…」 「舐めたい」 「っ、だめ…汚い…」 「俺の汗も汚い?」 「ッ……それは、ずるい…そんなこと…」 思う訳ない、と直接言わなくても伝わった気持ちに対して、湊人は「俺もだよ」と言って首筋に舌を這わせてきた。 「あっ…や、だ…っ」 「恥ずかしいなら恥ずかしいって言って。その方が興奮する」 「ッ、変…態…」 「今更。てか、こんなとこ連れ込んで汗舐めたいとか言ってる奴、変態じゃないなら何なんだよ」 「っ……」 そう、だけど……そうじゃ、なくて… 何か言い返そうと思ったけれど諦めて、その代わりに「まあそれは、俺も…」と返すと首を舐める舌の動きが大胆になった。 そんなことをされて感じてしまっているんだから、俺だって湊人に負けていない。 「ん…っ……あ…っ」 まるで味を確かめるかのように舐められていた首に今度は柔く吸い付くような感触がして、そこで俺はあの四人に付けられたキスマークのことを思い出した。 湊人にもその件を報告するついでに好きなだけ付けて良いよと言うつもりだったけど、その話題はもう少し後に回した方が良いかも知れない。 今ここで他の人の名前を出すのも、他の人がそうしたから湊人もして良いよと言う俺の対応も、湊人はきっと不服に感じてしまうだろうから。 「そっち、向きたい…っ」 僅かに振り返りながらそう訴えるとぐるりと身体を反転させられた。 思いの外落ち着いた目をしている湊人を見て、俺の方が余裕ないのか…と少し恥ずかしくなる。 「…服、脱いでいい…?」 「ふ。その方が舐めやすいもんな」 「違っ…」 「じゃあ、PBのグッズだから汚したくない?」 「えっ…?」 一瞬何の話だ?と思ってしまうくらい、そんなことは今の俺の頭にはなかったようだ。 そう言えばそうだったと思った後に「そうじゃなくて、直接触って欲しくて…」と伝えると目の前の表情に笑みが浮かぶ。 「な、に」 「ん?PBに奪われてたお前の意識、ちゃんと取り戻せてるなと思って」 「っ…そんなの…」 そりゃそうだろとも思ったし、比べるものでもないとも思った。 でも、湊人にとってはそうじゃないらしい。 俺がいつどこで何をしていたとしても、湊人の目に映る俺は俺でしかなくて、どんな俺も可能な限り知りたいと思うみたいだ。 「あんなキラキラしてるお前の顔、初めて見た。嬉しそうな顔も、興奮してる顔も、感動して泣きそうになってる顔も。全部、今日のお前はPBが――」 「湊人がいたからでもある、から」 湊人が何を言おうとしているのかが分かったから先回りしてそう答えた。 俺だって比べるものではないとは思っているけど、二つを全く切り離して考えている訳でもない。 湊人や恋人達の存在があるからこそ、PBの歌や彼らのメッセージが胸に響いた部分もあった。 一人で参戦するよりもずっと楽しめたし感動出来たことは間違いない。 「PBのボーカルがメンバーとか仲間とか、周りにいる大切な人のことを話してた時さ。俺の頭には湊人とか皆の顔が浮かんでたよ」 「……」 「俺ももっと皆のこと大切にしなきゃなって思ったし、もっと強くなって皆を幸せにしてあげたいなとも思った」 今日のLIVEで俺はどちらのこともより好きになった。 そしてその好きの感情は、これからもどんどん大きくなっていくと確信している。 「また俺がPBのLIVEに行ける日がきたとして、その時俺の隣にいるのはこの先もずっと湊人なんだろ?」 「…そうだな」 「じゃあ、そこで俺がどんな反応をしたとしても全部湊人の前ってことだから――」 「分かった」 もういい、と言って正面から俺を抱き締めた湊人が、それから耳元で「ごめん…」と囁く。 そこまで言わせるつもりはなかった、と言う思いは伝わってきたから、それに対しては俺もあえて何も言わなかった。 「…湊人と一緒にLIVEに行けて、本当に嬉しかったよ」 「…うん。俺も」 「お礼とか感想とか、湊人に言いたいこといっぱいあったけど…でもそれ、今じゃない…よな?」 「…うん」 後でいい、と言った湊人を抱き締め返して「じゃあ、全部後で」と答えた。 そうやってずるずると後ろへ延ばしていった時間は、結局それから約3時間後、俺達の腹が空腹を訴える頃になって漸く訪れることになる。 [*前へ][次へ#] [戻る] |