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今の”分かった”はてっきり湊人の要求を呑むと言うことだと思ったんだけど、どうもそうじゃなかったらしい。


「もし俺が紘夢を好きになったとしても、それに対する嘘だけは吐けるようになるわ」

「…はぁ?」

「そうなっても言わなきゃ良いんだろ?あと俺、嘘吐くの苦手って言っただけで下手とは言ってねえから」


開き直ったような表情で「必要な嘘は吐ける」と言われた湊人は”迷惑”の文字をその顔面に貼り付けながら、深く長い溜息を吐いていた。

湊人が言っていることは俺も理解出来る。
それには佑規さんが誠さんに対して言ったことと共通する部分もあるだろうし、より一層俺を軸に考えてくれていることも分かる。

でも、雅也さんがそこまで食い下がる理由は何なんだろう。

彼自身、俺を好きになる可能性はどのくらいあると思っているのか。
そうなった時に気持ちを誤魔化してでも俺との関係を続けてくれようとする理由は何なのか。

俺には未だ発言権が与えられていないけれど、そろそろ許して貰って良いと思う。
「湊人」と呼び掛けると、その先を言わなくても奴は「分かってるよ。俺が訊く」と言って俺の代わりにその疑問を雅也さんにぶつけてくれた。


「そうなった時に一番辛いのは結局アンタだと思うけど、そこまでする理由は何?」

「んー。正直、好きになるかどうかも分かんねえし、なったとしてもそれがどんだけ辛いかはその時じゃないと分かんねえだろって思う」

「…俺は紘夢に四年片想いした上にアンタの兄貴達に先を越された立場だから、その辛さは十分知ってるって言っても?」

「ッ……」


湊人のその発言は俺にとっては十分過ぎるくらい説得力のあるものだったけれど、それでもやっぱり雅也さんは引く姿勢を見せなかった。

と言うのも、彼はあくまでも俺が望む関係を築いてくれるつもりでいるようで。


「俺には”弟”って言う消えねえストッパーが付いてるからな。お前とは違う」


弟として兄の恋人に手を出す訳にはいかない、と言う考えは雅也さんにとっては揺るぎないものらしい。
そして雅也さんと拓也さんの兄弟関係は、余程のことがない限りこの先もずっと解消されることはない。

だから仮に雅也さんが俺のことを好きになったとしても。
だからってどうこう出来るような話にはならない、と言うのは現段階でもう既にハッキリしていることなんだ、と言うことのようだ。


「…そうだな。でもそのストッパー、良いようにも使えるよな」


不満と言うよりも羨むような声でそう漏らした湊人に、雅也さんが「思ってた数倍は頭良い奴だったわ」と言って笑みを零す。

今の発言は多少の悪意はあったのかも知れないけれど、そこまで湊人を馬鹿にするような雰囲気もなかった。
だからか湊人がキレるようなこともなく、寧ろ今ので二人の間の遠慮が完全に消えてしまったようにも感じた。


「話聞く限りだとマジでヤバい奴だと思ってたけど、実際そうでもないし」

「いや、ヤバい奴で合ってるよ。出してないだけで、紘夢に対する執着心は俺が一番酷いし、感覚狂ってるって自覚もある」

「…へえ」


雅也さんは若干感心したような声で相槌を打った後、俺に対して「愛されてんな」と言って笑っていた。

その一言で片付けて貰えるならこちらとしても有り難いけれど、雅也さんはその辺の感覚は俺達とは違うと思っていた。
もしかして早くも俺達の空気に毒されつつあるとか…?なんて、俺が考えるようなことじゃないか。


「ま、俺はそう言う考えだけど、もう一人の方は兄弟だろうと関係ないって感じだったからどうだろうな」

「…それ、矢野サンの弟のこと?」

「そう」

「あの人も紘夢のことは兄弟だと思うことにしたらしいよ?」

「え?あー、マジ?結局遊びだったってこと?」


遊びだった、訳ではない。
庇っているつもりもなくて、ただ、そんな風に思われたら誠さんが可哀想だと思った。

緩々と首を振ってそうじゃないんだと言うことを控え目に訴えると、雅也さんが「もう喋って良いだろ」と発言を促してくれた。
今のは禁止されていたから言葉にしなかった訳ではなかったけれど、確かにそろそろ発言権を与えて貰っても良い頃だろう。


「…湊人、いい?」


念の為確認を取ると「今のもう一回言って」と返されたからその要求を無視して雅也さんに目を向けた。

俺にしては珍しく奴の意図を瞬時に理解することが出来たようだ。
火傷する前に気付けて良かった。


「誠さんには、誠さんの目的がちゃんとあったよ。それは言わないって約束してるから、誰にも言えないんだけど」

「あの人の兄貴にも?」

「…うん。言ってない」

「ふうん。じゃあ俺が訊いても仕方ないな。全く見当付かねえけど、あの人が考えてることなんか聞いても理解出来ねえか」

「……かも知れない」


聞けば分かるかも知れないけど、雅也さんがそれを聞くことはないのだから考えるだけ無駄だ。
だからそう答えるしか出来なかった。


「紘夢って一人っ子だっけ?」

「うん」

「じゃあ義理だとしても初めて弟が出来たな」

「あー、いや。誠さんにはお兄ちゃんになって欲しいってお願いしたから…俺が弟…?」

「…おかしくね?」

「まあ、実際の立場から考えると変だけど…」


でも誠さんは年上だし、彼を弟だと思って接することは不可能だから…と説明すると、雅也さんが「じゃあ俺は?」と訊いてきた。


「雅也さんも…どっちかって言うとお兄ちゃんかなって…」

「そしたら兄貴二人になって弟が出来ないけど良いのか?」

「え、…ああ、うん。そこまでの願望はない、かな」

「ふうん?まあでもタメだし、変な感じはするよな。ざっくり家族ってことで良いんじゃね?」

「ッ……!」


俺達にとっての”家族”と言う言葉はそう簡単に口に出来るものではない。
そんな俺の認識を簡単に覆すかのように、彼の口からさらっと吐き出されたその言葉に激しく胸を打たれた。

雅也さんの方からそう言ってくれているのに俺が反対する理由なんてない。


「ありがとう…俺……」


あ、ヤバい…と思って言葉を中断させたけど、俺の表情を見て彼も察したらしい。
ふっと穏やかに微笑みながら「感受性豊かだよな」と言われ、益々色んな感情が込み上げてきてしまう。

雅也さんと最初に会った時のことを思い返したら、今の状況が俺にとってどれだけ有難いことか。

俺達の関係を認めて貰えるだけで、それだけで貴重なことなのに。
最初は俺に対して嫌悪感すら抱いていた筈の彼の口から”家族”なんて言葉が出てくるなんて。

感極まって言葉を発することが出来ず、じっと雅也さんの顔を見つめていたら横から湊人の腕が伸びてきた。
そのまま顔を奴の胸に押し付けられ、それから「人前で泣くなって何回言ったら分かるんだよ」と言う不機嫌な声が耳に届く。

まだギリギリ泣いてはいなかったんだけど、湊人のお陰で少し涙が引っ込んだようだ。


「そう言えば岡本って人もそんな感じだったわ」

「…何の話?」

「紘夢の泣き顔見せて堪るか、みたいな感じ」

「何それマジで何の話」


二回目の質問は俺に向けられていた。
顔が見えないのを良いことに無言を貫いていると、俺の代わりに雅也さんが間違った説明をしてしまう。


「最初に紘夢と会って話した日に、色々あって俺が泣かせたんだよ。その時のあの人の反応が今と一緒だったから…って、それだけの話」


間違った…と言うか、今のは俺を気遣ってくれたからそんな説明になったんだろう。

俺があの時泣いてしまった理由が何だったのか。
あの時俺の身に起きたことは皆に黙っていて欲しいと、俺が彼に対して頼んでいたことを覚えていてくれたから本当のことを言わなかったんだと思う。


「…雅也さんに泣かされた訳じゃないから」


湊人の胸に顔を埋めたままぽつりと漏らすと、すかさず彼が「殆ど俺のせいみたいなもんだろ」とフォローを入れてくれた。
だから俺も「あの時のことは皆にも話したから、庇ってくれなくて良いよ」と伝えてからそっと顔を上げる。

それを聞いて雅也さんが少し気の抜けたような表情で「そうか…」と言ったのを見て、やっぱり本質は優しい人なんだなと確信した。


「俺が言わないで言ったこと、覚えててくれてありがとう」




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