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10分の制限が設けられていて良かったと心の底から安堵した。

脱力した表情を横に向けると、誠さんが拗ねたような口調で「ほんとに10分経ったー?」と、こちらを睨んでいる佑規さんに向かって投げ掛ける。
その間に直ぐ側まで歩み寄ってきた佑規さんが「どうでも良いのでさっさと離れてください」と言って俺の腕を掴んだ。


「あー待って。今兄弟の愛を育んでるだけだから。ね?紘夢くん」

「えっ、あー」

「紘夢くん」


放っておけ、と言っているのは佑規さんのその声と表情から十分に伝わってきた。

誠さんに「すいません」と断りを入れてから離れようとすると、今度は後ろから拘束するように俺の身体を抱え直した誠さんが「さっきの話は二人だけの秘密だよ」と囁き掛けてきたから、そのせいで俺の腕を掴んだ佑規さんの手の力がぐっと強まった。


「分かり、ました。言いませんから、離してください」

「んーあとちょっとだけ」

「いい加減にしてくれませんか」

「まあまあ、そんなに怖い顔しなくても。あんまり心が狭いと嫌われちゃうよ?」

「「っ……」」


それはどこかで聞いた台詞だ、と思ってしまったのは俺だけじゃなかったようだ。

確かにあの時も同じような状況だったな…と思い返して佑規さんに苦笑を向けると、その瞬間にぷつんと言う聞こえない筈の音が耳に届いたような気がした。
それが何の音か、なんてことは訊くまでもないだろう。


「っ、佑規さん、」

「大丈夫。俺のこと挑発してるだけだって分かってるから」


と言う台詞を聞いて安心し掛けたけど、その後に「ちゃんとムカついてるけど」と付け足されたのが聞こえてそうですよねってなった。

この辺で終わりにしておかなければ佑規さんの苛立ちが本格化しそうだ。
そう思ったタイミングで誠さんが拘束を解いてくれたから、すかさず俺の身体は佑規さんの腕の中へと連れ戻されたんだけど。


「さっき俺も好き放題言われちゃったからねー。ちょっとは仕返ししてやりたかったんだけど、効果はあったみたいで良かったよ」


そう言ってにこりと微笑んだ誠さんを見ながら、心の中で「マジでもう止めてあげて…」と嘆きを落とす。

誠さんが”修さんの弟”と言う立場でなければ俺はとっくに佑規さんに連行されてしまっていただろう。
そしてもうそのタイムリミットは直ぐそこまで迫ってきている。


「誠さんっ」

「うん?」

「あまり、佑規さんを苛めないで、あげてください…」


言ってしまった後にもうちょっとマシな言い方があったかなと思ったけど、それ以外の適切な表現は残念ながら思い浮かばなかった。

誠さんは「苛めてたかなー?」と言って笑うだけだったけど、佑規さんには効果はあったようだ。
俺の耳元で「ありがとう」と囁いて静かに笑った佑規さんが、誠さんに「もうこのまま解散で良いですよね」と確認を取る。


「どうせ二件目って言っても行ってくれないんでしょ?」

「そうですね。そのつもりはないです」

「だよね。じゃあまあ、そう言うことになるかな。寂しいけど、邪魔者はこの辺で退散してあげる」


それを聞いて俺も佑規さんも気を緩めたのに、その後誠さんが俺に向かって「今度は二人で会おうね?」と言ってきたから「えっ」と声が出た。


「何言ってるんですか?それは出来ないって約束はちゃんと呑んで貰ってますよね?」

「その約束は俺が紘夢くんのことを狙ってたからでしょ?今はもう俺と紘夢くんの関係はちゃんとした”義理の兄弟”になってるから問題ないよね?」

「はい?」

「まあ”身内”には手は出さないから安心してよ」

「いや、そんな都合の良い話は信用出来ません」

「んー、そう言われてもなあ。紘夢くんから言ってくれたのにね?俺のことお兄ちゃんだと思っていい?って」

「ッ……」


確かに言った…から、当然否定は出来なかった。
それでも、言い方はちょっと違ったけれど。


「すいません佑規さん…でも、誠さんも俺達の邪魔はしないって言ってくれたので…」

「邪魔はしないって言うのは、実質紘夢くんのことは”諦めた”ってことだと思って良いんですよね?」


どう言う流れでそうなったのかは後で説明すると伝えようとした俺を軽く制した佑規さんが、誠さんに向かってそう投げ掛けた。


「まー、そうなるんじゃない?兄弟として仲良くさせて貰う過程で紘夢くんが俺のことを好きにならない、って保証は俺には出来ないけどね?」


そう言って悪戯っぽく笑う誠さんに、佑規さんが「あり得ません」と即答する。
俺も心の中で控え目に同意しつつも、あとはもう佑規さんに任せようと思って静観していたら誠さんの目が俺に向いた。


「大きなお世話かも知れないけど、岡本くんに…いや、修を含めた君達彼氏に一つだけアドバイスさせて」

「…何ですか」

「カリギュラ効果、って言葉は知ってる?」

「…禁止されればされる程、興味を抱いてしまう…ってヤツですか」

「そうそう。可愛い可愛い恋人を守りたい気持ちは分かるけど、やり過ぎないようにね」


それは佑規さんに対する言葉のようだったけれど、誠さんの目はずっと俺に向けられているから俺自身に対する言葉でもあるのかも知れないと思って、気持ちが少しざわついた。

少し間を置いてから「…分かってます」と答えた佑規さんに、誠さんが「あとごめん、もう一つだけ」と言って今度は佑規さんの方へと視線を向ける。


「外からの攻撃には耐えられても、内側から崩壊する可能性だってあるよね。人数が多いし、性格もバラバラみたいだし?」

「そこに関しては――」

「内側からは見えないものは絶対にあるよ」

「ッ……」


その言葉こそ、今の俺達にとっては容赦のないものだった。

けれど、先程彼と二人で話していた時と同じで、誠さんの言葉に悪意は込められていないのが分かる。
寧ろ今のは、彼なりに俺達の背中を押してくれた力強い助言だったようだ。

この後「だから…」と言って俺の手を取った彼が俺達に向けて言った言葉が、その証拠だ。


「紘夢くん達の世界が狭くなり過ぎないように、それから、外からも中からも崩れることがないように、俺が守ってあげるからね」


可愛いお姫様、と囁いて手の甲にキスをしてきた誠さんに鳥肌こそ立ててしまったけれど、その言葉自体は凄く胸に響いたし、嬉しかった。

その後「ありがとうございます」と伝えた感謝の言葉が少し震えてしまったのは、ただ感動したからではない。


「そこまで言って貰えるなんて、全然思ってなくて…嬉しい気持ちは勿論あるんですけど、今まで俺…誠さんに失礼なことしてたなって…」

「ん?何かされたっけ?」

「いや…寧ろ、何も出来てないです……ちゃんとした挨拶すら、出来てなかったですし…」

「それは俺が最初から意地悪してたからだね。謝るのは俺の方だよ。変にちょっかい出してごめんね」

「いやっ…それは…」


誠さんに謝って貰うようなことなんて何もされていない。
そう思ってしまう俺はお人好しなのかも知れないけど、でも、誠さんがしていたことは結局は修さんの為になっていたんだと思えば納得出来ることだ。

その背景もちゃんと教えて貰えたし、結果的には今みたいな有難い言葉も掛けて貰えたんだから、今の俺には彼を咎める気持ちなんてない。




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あきゅろす。
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