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やっぱり試されていたのか…と思った後、そう言えば修さんも湊人に対して同じようなことをしていたなと思い出して密かに笑ってしまった。

流石兄弟だ。


「試してたって言い方されるとなぁ」

「っ、すいません…」

「でも確かに、紘夢くんは今まで見てきたどのタイプとも違うね。今までは修も本気じゃなかったけど、修に本気になってた相手もいなかったから」

「…そう…なんですか…?」

「じゃなきゃ俺のとこに流れてこないでしょ」

「………」


確かに、と言いそうになったけどギリギリで呑み込んだ。

でも、今までの相手は全員女性だったんだろうから、俺とは違っても不思議ではない。
付き合うにあたって考えなければいけない問題が違うから。


「誠さんは…修さんのことを…」

「真面目に好きとかそう言うんじゃないから安心して」

「っ……」

「執着はしてたけど、その対象は修自身じゃなくて”修の物限定”だったから」


それはもう、分かってる。
けど、その微妙な違いはやっぱり教えて貰わない限りは分かりそうにない。


「どうして、ですか…?」

「…最初は多分ね、修になりたかっただけなんだよ」


幼少期の頃の話だからきっかけはちゃんと覚えていないと言って聞かされた誠さんの過去は、途中まではやっぱり柿崎さんと同じようなものだった。

明るい人気者で、万人から好かれるタイプの兄。
そんな兄に憧れを抱き、気付けばその姿が自分の理想となっていた。

少しでも理想に近付く為、兄が好む物や兄が所有する物を自分も手にしたいと思うようになり、直接兄に強請るようになった。

それが始まりだったけれど、もしも修さんが何か一つでも誠さんの要求を拒んでいたらきっとこんなことにはなっていなかっただろうと、誠さんは自嘲しながらそう言っていた。

どんな物でも簡単に差し出す兄に最初こそ喜んでいた彼も、その行為を繰り返していく内に段々と別の感情が芽生えるようになる。
その感情を嫉妬だと、誠さんははっきりと自覚していたようだ。


「修に近付こうとすればする程、修が持ってない感情がどんどん自分の中に生まれてきてさぁ。近付くどころか、どんどん遠ざかって行っちゃって」


兄が自分の要求を断らないのは、彼が優しい人間だからじゃない。

物に対する執着心がないだけだと気付いた誠さんは、願わずとも与えられる境遇に生まれた兄のことを次第に妬むようになったそうだ。


「でもね。嫉妬はしても、修のことはずっといいお兄ちゃんだと思ってたんだよね。だから俺も、修を陥れるような真似をしたことはないし、修のことが嫌いだと思ったこともない」


でも、どんなに願おうと自分自身が兄になれることはないんだと気付いた時。
その時はもう既に、誠さんの”その行為”に対する依存度はかなりのものになってしまっていた。


「修のものを奪わなきゃ禁断症状が出るーって訳でもなかったし、極端な話、頂戴って言ったらくれるから貰ってた、くらいの感覚ではあったんだよ。でもなんか、止めらんなくなってたんだよね」


その理由を誠さんなりに考えると”修のものは魅力的に見えるから”となるようだ。

修さんがもっているものに外れはないだろうと言う考えが潜在意識としてあった為、良いものを貰えるなら貰っておこう、と言う感覚で無意識的に欲しがってしまっていたのかも知れない。


「まあ傍から見たらそれも異常なんだろうけど、兄弟間では特に問題なくいってたからそれで良かったんだよ。お互いに社会に出てからはそう言うのもなくなってたし」


それは修さんも言っていたことだ。
大人になってからは誠さんから何かを要求されるようなことはなくなっていたから、だからつい気が緩んで俺のことを紹介してしまったんだ、と。

俺の存在が誠さんのその欲求を再燃させてしまったのか…と思っていたけれど、そう言う訳ではなかったことがこの後の誠さんの発言で判明する。


「なくなってたって言うか、今ももうないんだけど」

「…え?」

「言ったでしょ。俺が紘夢くんに手を出そうとしてるのは、修のものだからじゃなくて”修が本気だから”だって」

「……すいません…それがどう言う意味なのか、俺には…」


その説明では理解出来ないと伝えた俺に、誠さんは「まあそれもきっかけの話だけどね」と言ってふっと笑みを零した後。
俺の腕を掴んできたかと思うと、そのままぐいっと引っ張ってその腕の中に俺の身体を閉じ込めてしまった。


「ッ、誠さんッ!?」

「大丈夫大丈夫。これ以上は何もしないから」

「いやっ、そうじゃっ…」


もう既にこの状況が問題なんだと訴えたかったけれど、見下ろしてくる彼の視線が一瞬修さんと重なって見えてしまって反応が遅れた。


「さっき岡本くんに言われた台詞、口惜しいけど結構応えたんだよね」

「っ…え…?」

「紘夢くんに本気になっても報われない、ってヤツ」

「ッ………」


それは今後そうなった場合の話をしていただけで…と思った後に、先程の誠さんの言葉を思い出した。

驚きで目を瞠った俺に、誠さんが柔らかい眼差しを向けてくる。


「修と俺は好みが違うって言ったの覚えてる?」

「っ……はい…」

「紘夢くんは修が好んできたタイプじゃないって言ったのは?」

「………」


思わず黙ってしまうと、表情を歪めた俺を見て誠さんが「意地悪?」と言って悪戯っぽく笑う。


「でも、だから本気になれたのかも知れないね。修も」

「………」

「ふふ。そんな顔しないで…って、させたのは俺だよね。だって紘夢くん可愛いからさぁ」

「っ………」

「俺が先に見つけてたらどうなってたんだろうね。それとも、修の恋人だったから出会えたのかな」


「やっぱりムカつくなぁ…うちの兄貴」とぼやく彼の姿が、今度は柿崎さんに重なって見えて。
あの時抱いた痛みが胸に蘇り、誠さんの顔を見るのが辛くなってしまう。


「まあでも、やっと本気になれる相手を見つけた修の為に邪魔はしないであげるから。その代わり、紘夢くんが修の恋人である限り俺との縁も切ることは出来ないよ」

「……そうですね」


俺が誠さんとの縁を切りたいと思う理由なんてないから何も問題はない。
彼の俺に対する感情がどんなものであっても、彼が修さんの弟だと言う事実は一生変わることはないのだから。


「誠さん」

「うん?」

「…俺は一人っ子なので、兄弟がいないんですけど」

「うん」

「誠さんのことを…お兄ちゃんだと思って接するのは…迷惑ですか…?」


そう訊ねると、誠さんの表情が甘く緩んだ。
俺の腰を抱き寄せながら嬉しそうに「弟じゃなくて?」と訊き返され、それの返答よりもこの状況に対して意識が向いてしまう。

より密着してしまった身体に流石に焦ってその胸を押し返そうとしたけれど、反対に拘束する力が強まってしまった。


「あの、こう言うのはちょっと…っ」

「駄目なの?」

「っ……だって…」

「言っとくけど俺ブラコンだよ?」

「えっ?…それは…知ってます、けど…」

「でしょ?お兄ちゃんじゃなくて弟ってなったら、そんなの溺愛するに決まってるじゃん。ねえ?」

「いやっ…だからって…」

「大丈夫だって。このくらいは兄弟間のスキンシップとして全然あることだから」


それはそうなのかも知れないけど、俺と誠さんは実際の兄弟ではないし…

それに…とごちゃごちゃ考えていたら、横から「油断も隙もないところまで、ムカつくくらいそっくりですね」と言う呆れかえったような冷たい声が届けられた。




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あきゅろす。
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