3 佑規さんの素っ気ない態度も最初だけだったようで、誠さんの話が上手いからか次第に会話も広がっていった。 それでも弾んでいるとまでは言えないけれど、佑規さんの口数が増えていることには違いない。 彼もアルコールを摂取して多少なりと警戒心が薄れたのかも知れない。 その変化は誠さんも感じ取っていたようで、段々と打ち解けてきたこのタイミングで彼が佑規さんに対して「ぶっちゃけ修達のことはどう思ってるの?」と踏み込んだ質問をした。 「どう、って言うのは」 「邪魔だと思ってないのかなって」 その質問のせいで再び佑規さんが纏う空気が温度を下げてしまうことになったんだけど、誠さんもそれを分かった上でその答えを知りたがっている様子だった。 「それが何の為の質問なのか教えて貰えるなら答えます」 「深い意味はないよ。普通に気になるところじゃない?」 誠さんの返答を聞いて確かにそうかも知れないと思う反面、またしても俺は”普通”と言う表現に引っ掛かってしまって。 でもそれは佑規さんも同じだったようだ。 「…その感覚で俺達の関係を見ている人には、俺の考えは理解出来ないと思います」 静かに答えられた佑規さんの言葉に対して、すかさず誠さんが「理解して欲しいとも思ってないんじゃない?」と返した。 佑規さんの回答がどう言う内容のものかを俺は理解しているつもりだ。 それは俺が彼から直接聞かされたものだと思うし、確かに彼の言う通りで他の恋人の存在を”邪魔だ”と感じるのが”普通だ”と思っている人には、佑規さんの考えは理解出来ないだろう。 でも今の誠さんの返答を聞く限り、彼は佑規さんの胸の内にある蟠りのようなものに気付いていそうな感じがする。 佑規さんも少し考えるような素振りを見せた後、誠さんに対して「だとしたら、何ですか」と探るような目を向けていた。 「ごめんね?怒らせるつもりはなかったんだけど、でも、岡本くんは修とは違うなぁと思って」 「…俺と修さんの共通点は職場と紘夢くんに対する気持ちだけですからね」 「だよね。まあだから気になったって言うか。どうやって我慢してるのかなと思って」 その独占欲、と言って試すような視線を向けた誠さんを見て俺の心臓が嫌な音を立てた後。 佑規さんの口からふっと笑みが零れ、視線の先が誠さんから俺に移される。 「面白いくらい柿崎さんだね、この人」 「…えっ?」 それだけ言って再び誠さんに目を向けた佑規さんの表情には、それまでにはあまり感じられなかった余裕がハッキリと浮かんでいた。 まるで物事が一つ解決した後であるかのような清々しさすら感じられるその表情を、俺はただ惚けた顔で見つめることしか出来なかった。 「その名前、よく上がるね。そんなに似てるの?」 「拗らせた感情のせいで折角の頭脳を無駄にしてしまっているところとかは、特に」 「ッ……」 誠さん相手にそんな台詞を堂々と言ってのけるなんて、佑規さんは一体何を考えているのか。 表情を引き攣らせた俺とは対照的に、誠さんの口元にはしっかりとした笑みが浮かべられていた。 「今のは褒められたんだと思って良いのかな?」 「それはお好きにどうぞ。ただ、貴方がこのまま柿崎さんと同じルートを辿ることに関してはお勧め出来ません」 「その忠告はもう手遅れだよ」 「いえ、今ならまだ間に合います。貴方が大切なのは修さんであって、紘夢くんではないので」 「そうですよね?」と投げ掛けた佑規さんに、誠さんが「みんな同じこと言うね」と言って笑いを返す。 まるでそう思う俺達がおかしいと言いたげな笑顔に見えるけれど、佑規さんのお陰でやっぱりそうだよなと俺も確信することが出来た。 「修は俺の兄弟だよ?俺にとって大切な存在なのは当然でしょ?」 「そうですね。俺は別にそこを掘り下げたい訳でもないですし、そこに何か特別な感情があろうとなかろうとそんなことはどうでも良いんですよ」 ただ…と言い掛けた佑規さんを制止した誠さんが、場所が悪いから続きは外で話した方が良いと言うのでそれには俺達も同意し、そこで一旦店を出ることになった。 その前に一度お手洗いに行くと言って一人席を外した誠さんが、実はそのタイミングで全員分の支払いを済ませてしまっていたことに俺は後になって気付くことになる。 そしてそのことに佑規さんは気付いていたけれど、彼の面子を守る為にあえて止めなかったと言うことも知って、そう言うところには気付けない自分の鈍感さを悔やんだ。 俺の場合は経験のなさが故のことなのかも知れないけれど、とりあえず誠さんにはしっかりとお礼と謝罪を伝えておいた。 そんなやり取りもあって、場の空気が少し変わってしまったのでどうなるかと思ったけれど、そこは佑規さんの容赦のなさが発揮されて話は再び本題へと戻される。 「これ以上紘夢くんに要らないちょっかいを出すのは止めてください」 あまりにも単刀直入な切り出し方だったけれど、誠さん相手には寧ろこのくらいストレートに立ち向かう方が良いのかも知れないと頭の片隅で思った。 ただそれが出来るのは今まで一人で彼相手に立ち向かってくれていた佑規さんだから、ではある。 「要らないちょっかい、ねえ。今日みたいに一緒に食事をするだけでもそう言われちゃうのかな」 「それだけの関係を望んでいるにしては、今日は紘夢くんじゃなくて俺に意識が向けられているように感じましたけど」 「それは岡本くんが俺のことを警戒してるみたいだったから、まずは君と打ち解けないと紘夢くんも楽しめないだろうと思って」 誠さんのその考えは実際の結果から見ても正しかったと言えるだろう。 でも佑規さんは「それが無駄だって言ってるんですよ」と返して、それからそっと俺の肩を抱き寄せてきた。 「っ、佑規さ…」 「そうやって残りの三人も見定めようとしているのかも知れませんけど、貴方に何を言われても俺達の関係が崩れることはありません。俺達の関係は我慢の上で成り立っている訳ではないので」 お互いの存在を認め合っていなければ続けられる関係ではないし、半端な気持ちで手を出してるだけならとっくに脱落者が出ている。 それでも減るどころか増えてしまったのが現状で、その理由は単に俺に対する気持ちを譲れなかったから、だけではない。 「俺達六人は性格も好みもバラバラですよ。俺と修さんなんて対極にいるかも知れない。それでも、紘夢くんに対する気持ちは同じだって言いましたよね」 それは気持ちの大きさの問題じゃない。 ”どうすれば俺を幸せにすることが出来るか”、その考えが同じだからぶつからない。 「俺達はまだしも、貴方が紘夢くんを本気で傷付けるようなことがあれば、ましてや俺達から奪おうと考えているのなら、早々に諦めてください。それは修さんにとって、何の為にもならない」 「どうして修の為ってことになってるのかな。その前提がまず間違っているのに」 ここで漸く口を開いた誠さんに対し、佑規さんは心底面倒臭そうな顔をして「じゃあ何がどう貴方の為になるんですか」と訊き返した。 「最初は興味本位で近付いた結果、見事に落ちていって最終的に本気になってしまったのが柿崎健太と言う男です」 「そうなんだね」 「彼の場合は同性愛者でしたから、貴方よりはそうなる可能性は大いにあったのかも知れませんけど、貴方は違うでしょう」 「それは修も君も、他の皆だって同じじゃないの?」 「はい。だからまだ間に合うって言ってるんですよ。このままだと貴方がどんな道を辿るのか、それが俺達には分かってしまう。だからここで引き返した方が良いって言ってるんです」 [*前へ][次へ#] [戻る] |