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四人と会った日から三日が経った木曜の夜。

修さんの弟である誠さんと会う日は最初の連絡では水曜日となっていたけれど、その後のやり取りで木曜に変更することになった。
俺の身体の状態を考慮するとこちらとしてもその方が都合が良いし、佑規さんも予定を合わせられるとのことだったので予定はすんなりと変更された。

その”身体の状態”って言うのは、腰とかお尻の痛みの方じゃなくて、身体中至る所に付けられていたキスマークのことだ。

過去数回の経験から三、四日程度経てば痕は薄くなるだろうと判断していたから、予想では今日は非常にギリギリのラインだった。

まあ結果は予想通り、見える場所に付けられた痕は今はもう殆ど消えてしまっている。
首元に僅かに残る赤みも襟付きの服を着れば何とか誤魔化せそうだったから、夏場ではあるけれど今日はシャツの第一ボタンまで留めた格好で食事会に臨むことにした。

仮にボタンを外してしまったとしてもハッキリとは認識出来ないくらいにはなっている…んじゃないかとは思う。
念の為、仕事終わりの佑規さんと合流した後に首だけ確認して貰ったら「まあ、大丈夫だと思うよ」と言って貰えたから一先ず安心は得られた。


「佑規さんは、大丈夫でした…?」


俺が彼の首に付けてしまった痕は今見る限りだと消えているようだけれど、昨日と一昨日がどうだったのかは訊いていないから分からない。

そもそも佑規さんがどうやって対処していたのかも知らないから、そこも含めてやんわりと伺ってみると彼が「俺は、まあ…」と言って僅かに表情を曇らせた。


「……何か言われました…?」

「いや、何も言われないようにさせられた」

「え…?」

「引っ掻き傷が出来たってことにして、昨日までは絆創膏を貼ってた」


そう言った後に自ら「いや、”貼らされてた”」と訂正した彼の不服そうな横顔を見て、俺が知らない場所でどんなやり取りが交わされていたのかある程度の事情を察した。

頭に思い浮かんだ二人に対して密かに感謝をしてそっと胸を撫で下ろしつつ、それでも佑規さんの態度にはついつい笑みを零してしまう。


「次はちゃんと見えない場所に付けて、俺だけに見せ付けて貰おうかな」

「…紘夢くんも付けたいと思ってたの?」

「え?あー…」


そう言う訳でも、ないけれど…

別に積極的に付けたいとまでは思っていない。
独占欲や嫉妬心は人並みにはあるとは思うけど、佑規さん達が浮気をするんじゃないか…とかそう言う不安は今は全くと言っていい程抱いていないから。


「一応言っとくと、仕事中に着替えで脱ぐことはあるからね」

「えっ」


思わず足を止めると、俺の二歩先で歩みを止めた佑規さんがこちらを振り返り「俺は別に構わないけど」と言って微かな笑みを浮かべる。

いや、良くない。それは困る。
と言うか俺は、何故そんな当たり前のことに気付けなかったのか。

自分に対して呆れながら「俺が付けるのはもう止めておきます」と返すと、佑規さんの表情が少し硬くなった。


「…何で?」

「だって、佑規さんは良いと思ってても後々困るじゃないですか」

「困る?」

「色々追究されたりとか。そう言うの面倒臭いですよね?それにもし誰かに見られたら、佑規さんがどう思われるか…」

「………」


まあそれは、首なんて一番分かりやすい場所に付けた後に言う台詞じゃないかも知れない。
でも、見えない所なら一か所じゃなくても…とか考えてしまっていたから、それを聞いたらもうそんなことは出来なくなった。

今回の首の痕だって、きっと和也さん達は佑規さんの社会的な地位や職場での印象を気遣って注意してくれたんだろうし…と考えていたら、佑規さんが静かに笑い始めて。


「佑規さん…?」

「紘夢くんはやっぱり、自分のことよりも俺のことを考えてくれる子だよね」

「え…?」

「それも勿論、嬉しいけど。少しは嫉妬してくれるかな…とか、考えた自分が恥ずかしいよ」


一瞬、それは何に対して…と思ってしまったけど直ぐに理解して恥ずかしくなった。
先程の自分の発言がずれていたと言うことに気付いて。


「…すいません。職場って言われたから、男の人しかいないって…頭が勝手に…」

「謝らなくていいよ。それが普通だから」

「……」


普通、か。

この人達と出会ってから俺の考え方も変わってしまっているから、何をもって普通と判断するのか、その基準は正直今の俺にはよく分からない。
分からないって言うか、佑規さんの言う普通を今の俺自身に当てはめたくないと思ってしまう。

俺が浮かない顔をしていたからか、そんな俺を見て佑規さんが「そんなに難しく考えなくていいよ」と言って笑う。


「紘夢くんが同性から好かれやすいってだけで、実際俺達はそうじゃないしね。嫉妬の対象が違うのは当然だと思うよ」


嫉妬の対象…まあ、そうかも知れない。

その後「そもそも嫉妬すること自体少ないのかも知れないけど」と言われたからそれにはすかさず「しますよ」と返した。
そう言う場面に遭遇する機会が少ないだけで、実際に目にしてしまったら俺だって流石に平然とした態度ではいられないと思う。


「確かに男性よりは女性に対して嫉妬することの方が多いとは思いますけど、それだけじゃないですよ。俺の嫉妬の対象は、相手が誰かによって変わるから」

「どう言う意味?」


珍しく何も理解出来ていなさそうな声で訊ねてきた彼に「佑規さんだけ特殊かも知れません」と言って笑うと、彼の首の角度が益々傾けられた。


「裸を見られるとか、格好良いって騒がれるとか。そう言うことよりも、俺しか知らない佑規さんを周りに知られることの方が嫌なんですよ。って、前にも言ったと思うんですけど」


俺の前だと佑規さんはまるで別人になってしまう。
普段は無愛想に見えるらしい彼も、俺の前ではあらゆる感情を剥き出しにしてくれるし、何よりも俺を大切にしてくれる。

でもそれは二人きりの時だけ、ではない。

言い方は悪いけど、椎名さんはそれを利用しようとしている。
俺が側にいることで佑規さんの雰囲気が柔らかくなり、それによって職場での人間関係を円滑にすることが出来るだろう、と。

それが佑規さんの為になると言うことは、俺も分かってはいるけれど。


「佑規さんがモテまくるのは別に良いんですよ。それ自体には嫉妬はしません。だってその人達は、本当の佑規さんを知らないから」

「………」

「佑規さんが本当は嫉妬深くて、一途を極めて盲目で、だから俺にだけは滅茶苦茶優しくて、でも意地悪するのが好きで…ってことを周りに知られたら、どうなるか」


そんなの目に見えてるじゃないですか、と言った俺の声は自分でも弱々しく聞こえて、隣を歩く佑規さんの足を止めてしまう。
今度は俺が二歩先で止まって振り返ると、澄んだ目をして柔らかく微笑む佑規さんが俺の視界を埋めた。


「それが”本当の俺”って思えるのは、紘夢くんだけなんだよ」

「…え…?」

「俺がここまで嫉妬深くなるのも、盲目に愛してしまうのも、他の何よりも最優先してしまうのも、可愛い反応が見たくて意地悪したくなるのも、紘夢くんだからって知ってるでしょ」


どちらかと言うと周りに対して無関心な佑規さんの方が本当の姿で、俺が見ている佑規さんは俺の前限定でのものだ。
だから例えその姿を他の人に見られて俺が憂うような反響があったとしても佑規さんがそんな風になるのは俺に対してだけだから、知られたところで何の意味もないんだ、と言われた。


「俺がこんな愛し方をしてしまう相手は、この世に紘夢くんしか存在しないから」


そう言って嬉しそうに笑う佑規さんを見てしまったら、ここが街中だろうと構わず叫んでやりたくなった。

思わず発狂してしまいそうなくらい、嬉しかったってことだ。




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あきゅろす。
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