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定刻になり始まったバイトだったけれど、参加者は予想を裏切って俺以外の全員が女性だった。
何かの間違いかと思ったら逆に男性がこのバイトをすることの方が稀ならしい。
そう清水さんに教えて貰った。
そう言うことなら和也さんだって知っていただろうに何で教えてくれなかったんだ。
次に連絡する時に絶対に問い質してやる。
心の中で不満を漏らしていたら「あの」と近くで作業をしていた女性二人組が話し掛けてきた。
地面に座り込んでグッズの仕分けをしていた手を止め、顔を上げる。
「植田さんと知り合いなんですか?」
「え?ああ、さっきの?」
「はい。仲良さそうだったので」
「あー、まあ」
仲は良い。とても。
それよりも彼女達が彼の名前を知っていることが気になる。
「やっぱり有名なんですか?あの人」
「え?えーっと、有名っていうか、まあ、有名?めちゃくちゃイケメンじゃないですか」
「あー、はい。それは男の俺から見ても」
「ですよね。私達去年から長期でこのバイトに雇って貰ってるんですけど、働いてる内に顔を覚えて貰って話すようになったんですよね」
「話すって言っても一言二言だけどね。忙し過ぎて私達なんかと話してる暇ないもんね、あの人」
和也さん=忙しいとの認識はバイトにまで及んでいるらしい。
まあ彼のことだから本人の与り知らない所で情報が共有されてしまっているんだろう。
有名人も楽ではないな。
「植田さんのプライベートってどんな感じなんですか?」
「え?あー、それは俺の口からは、何とも…」
「じゃあ彼女いるとか、そう言う話は知ってますか?」
彼のプライベートは結構把握しているし彼女もいない。
だけどそれは俺がペラペラと話すようなことではない。
そして質問の内容以前に、女性二人にぐいぐい来られること自体に対応出来ない。
「すいません、俺はそう言う話は」
「お友達じゃないんですか?」
「友達って言うか……まあ、そうなんですけど…」
多分今の俺の顔には「困っています」と全面に書いてあるだろう。
それでも彼女達も引こうとしてくれない。
適当な言い訳を取り繕えば済む話なのに馬鹿だから真面目に答えようとしてしまって自らの首を絞めてしまう。
このまま素っ気ない対応をし続けたらその内飽きてくれるだろうか、なんて考えていた所に思わぬ救世主が現れた。
「紘夢?」
少し離れた位置から名前を呼ばれ、えっと思って顔を向けるとそこに立っていたのはなんと白井司さんだった。
「白井さんっ?」
「やっぱ紘夢じゃん。何してんのお前」
彼に会うのはいつ振りだろうか。
冷ややかな口調は相変わらずだが、向けられる視線は以前よりは鋭さが消えているように見える。
何をしているかは見て貰ったら分かるとは思うが、そこは大人しく「バイトなんです今日」と伝えると呆れた表情で「見たら分かるけど」と返された。
「何女子といちゃついてんだよ」
「えっ!?違いますよっ!ちょっと話してただけで…」
「司さんもこの人のお友達なんですか?」
俺の声を遮って身を乗り出した女子達が白井さんにキラキラとした目を向ける。
どうやら彼とも面識があるらしい。
彼に関しては名前呼びなのでもしかしたら和也さん以上に親しい関係なのかも知れない。
「俺も、って?」
「植田さんともお友達だって言ってました」
「和さん?佑規じゃなくて?」
「「え!?岡本さん!?」」
「………あはは」
いや、こんなの笑うしかないだろ。
次々と暴かれていく俺の交友関係に彼女達の驚きがどんどんと増していく。
白井さんの登場で助かったと思ったのに、寧ろ追い込まれていっているような気がするのは気のせいだろうか。
「ついでに言うと修さんと拓も」
「「ええええ!?」」
この人、わざとやってるよな?
絶対わざとバラしてんだろ?なあ。
彼に注いでいた視線に「余計なことを言わないでくれ」との念を込める。
それをどう受け取ったのか、にやりと笑った彼がつかつかと俺の元までやって来て隣にしゃがみこんだ。
「ちなみに俺は友達ではない。”まだ”」
なあ?と振られても曖昧に頷くことしか出来ない。
まだと言う箇所を強調したのには意味があったのか、まあない訳ないよな。
嫌な予感がして引きつった笑みを浮かべると彼がさっとスマホを取り出した。
「連絡先聞いてなかったよな」
「っ、え、い、今ですか?俺バイト中なんですけど…」
「清水さーん。ちょっと連絡先交換する時間ちょうだーい」
「えー?あー、どうぞー?」
「あざーす。ってことだから」
ってことだから、じゃねえ!
清水さんもどうぞーじゃねえ!監督責任あるんじゃないの!?
これで連絡先交換を断る理由がなくなってしまった。
目の前の女性達も「この人何でスマホ出さないの?」と言わんばかりの目で俺を見ている。
今回ばかりは俺の代わりに彼と交換して貰って全然構わない寧ろ代わっていただきたいって感じだ。
どうしよう、彼らに確認をとる前に勝手に交換してしまったら絶対に怒られる。
何か上手く切り抜けられる方法はないか…と足りない頭をフル回転させて考えてみた結果。
「白井さん、ちょっとあっちで」
ある程度の事情を話して白井さんを説得するしかないと思ったので一先ず彼女達の側から離れることにした。
怪訝そうな表情を見せる彼に瞳で懇願しながら、何とか少し離れた位置まで彼を連れて行くことに成功する。
「何だよ。お前そんなに俺と連絡先交換したくないのかよ」
「そうじゃなくて…実は…」
見るからに不機嫌な態度の彼に何故俺がここまで渋っているのかその理由を簡潔に説明する。
俺が単純に嫌がっている訳ではなく断りもなしに誰かと連絡先を交換しないとの約束を修さん達と交わしていることを伝えると、彼は感情の読み取れない声で「ふうん」と一言漏らした。
「じゃあ今から修さんに許可取ればいいってこと?」
「え…、まあ、……あ。あの人って今日出勤なんですか?」
「は?知らねえの?付き合ってる上に隣に住んでんのに?」
「あっちょっと!」
いくら距離をとっているからとは言えそんな普通の声量で話されたら周りに聞こえてしまう。
慌てて「静かに」と言うジェスチャーをして訴えると何を思ったのか彼がぐんと距離を詰めてきた。
その必要以上の近さに思わず後退りしてしまう。
「お前が離れたら意味ないだろ」
「ち、近過ぎるかなと…っ」
「てかお前らマジで付き合ってんの?」
「っ…それは、はい」
「ふうん。ま、いいけど。修さんは今日休みだよ」
その話題から既に興味をなくしたらしい彼がスマホを弄りながらそう教えてくれた。
と、言うことは拓也さんが午後から出勤なんだろうか。
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