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「おはようじゃ、ないですよ……なんてことするんですか…」

「まあ、修だから良いかと思って」

「だからこそでしょ…っ」


知らない人の方が緊張せずに済んだわ。
変なことをされなかったのがせめてもの救いだけども。


「あいつが邪魔するのが悪い」

「まあそれは確かに…休みの日なのに仕事の電話で起こされるのは可哀想だなと思いましたけど…」

「だろ。しかも紘夢くんがいるのに」

「それに関しては、…」


関係ないだろう、と言い掛けてやめた。
もしかしたらこれは昨夜自分から言い出した”特別扱い”の内に入るかも知れないと思ってしまったから。

修さんはただの犠牲者でしかないからその埋め合わせこそ今度俺がしようと思う。


「…そう、ですね。俺の一日は和也さんにあげたし、貴方の一日も俺のもの、ですもんね」


回された腕に手を添えながらぽつりと答えると、頭上から大きな溜息が降ってきた。


「素直過ぎる紘夢くんは最早恐怖だな」

「……俺ってそんなに天邪鬼でした…?」

「天邪鬼と言うより、意固地だった。特に俺には」

「っ……ですよね」


すいません、と謝ると徐に俺の方に体重を預けてきた彼がきつく身体を抱き締めてきた。
それが何だか甘えているように思えて少し頬が緩む。


「別に意固地な紘夢くんも可愛いから好きだけど。どうして急に素直になったのかは気になる。修に吹き込まれた?」

「いや、思いっきり貴方がきっかけです」

「俺?」


その声は素直に驚いているようだった。
ついでにどんな顔をしているのかも気になってそっと振り返る。
俺の予想以上に彼が意表を突かれたと言う顔をしていたので思わず笑みが溢れた。


「どうしようもなく好きだと思わされてしまったので、隠すのが嫌になりました」


要点を端折り過ぎた言い方ではあったけど言いたいことは伝わったらしい。
次第に愛おしそうに細められていく瞳に見つめられ、心に温かい空気が流れ込んでくる。


「あと、背伸びするのに疲れたって言うか。和也さんの前だと大人っぽく振る舞わなきゃって勝手に思っちゃってて。貴方に相応しい存在になれるようにって、まあ言ったら強がってただけなんですけどね」

「…でもそうさせたのは、俺のせいなんだろうね」

「いやいや。勝手にって言ったじゃないですか。貴方が俺の遠慮をなくして欲しいって思ってるのを俺は知ってたんですから。でしょう?」


多分彼に対して緊張感のようなものを抱いてしまっていたのは条件反射みたいなものだと思う。
第一印象がそうだった上に彼との年齢差や価値観の違い、懐具合や対応力などその他諸々が上乗せされてしまって俺の中に”彼と接する時の自分像”が勝手に作成されてしまっただけなんだ。


「じゃあもう遠慮なく甘えてくれるんだね」

「…出来るだけ。でも俺元から甘えるの下手なんで、そこだけは勘弁してください」

「良いよ、何でも。そう思ってくれただけで嬉しい」


おいで、と広げられた腕に擦り寄って、そのしっかりとした胸板に抱き着く。
ただ言われた通りにするだけで、少し素直になるだけでこんなにも幸せな気持ちになれるのなら俺は今までとんでもない数の時間を無駄にしていたことになる。


「好きです」

「可愛い」

「…俺もって言ってくれないんですか」

「可愛過ぎる」

「ねえ、」

「あまり紘夢くんに甘えて貰えなかったおかげで今から対応力を身につけるところだから、もう少し経験を積ませて欲しい」


……なんだそれ。
甘えられる方も難しいとかあるのか?


「俺がいっぱい甘えたら慣れるってことですか?」

「慣れはしないかも知れないけど対応力は身につく筈」

「そんなの元々備わってるでしょ」

「そうでもないらしい」

「…もしかしてそれもいつもの意地悪ですか?だとしたら全然効いてませんからね」

「どこから湧いてきたの?その可愛さ。まだ隠してたのか」


何だか会話が噛み合っていないような気がするのは気の所為だろうか。
そして何だか俺よりも彼の方が受け答えが素直じゃないような気もする。
とは言え照れているような感じでもないからよく分からない。


「さっきから何言ってるのか分かんないですけど、素直=可愛いに繋がるってことは分かりました」

「いや、紘夢くん=可愛い、だから。そこは何があっても間違えないで欲しい」


すかさず否定されたので「え、」と顔を上げると思いの外穏やかな視線とぶつかった。
それから優しい手付きで頭を撫でられ、するすると降りてきた掌が俺の頬を包み込む。


「意固地な紘夢くんも好きだって言っただろ?俺は紘夢くんそのものを愛しているから。今から君がどんな風に変わっていったとしても俺の気持ちはこの先も変わらない。ずっと前から、変わらない」

「ッ………本当、に…?」

「本当に。どんな紘夢くんを見せられても愛せる自信しかないからもっと甘えて欲しいって言ってただけだよ」


ただ単に俺に甘えて欲しかった訳ではなく、無理して大人振ったりせずに自然体でいて欲しくてそう言っていただけらしい。
俺としても彼の前だけ取り繕っていたつもりもないんだけれど、でもまあ、結果的にはそうなってしまっていたのかも知れない。


「俺が大人振ってたの、気付いてたんですね…」

「勿論。言っとくけど、佑規だけだと思うなよ。俺だってずっと、紘夢くんのことしか見てない」


そこで何故他の誰でもなく佑規さんの名前を出したのか。
それはつまり、俺以外に興味を持たない彼にも負けないくらいの気持ちだと言ってくれているんだろう。

この人はこうやって時々、他の恋人達を引き合いに出すことがある。
嫉妬なんてしなさそうに見えるのに案外そうでもないらしい。
そんなの可愛い以外のどの表現が当て嵌まると言うのか、分かるなら教えて欲しい。


「和也さんこそ、どんどん湧いてきますよね。可愛さが」


決して意地悪のつもりで言った訳ではない。
思ったままを伝えただけだったけど、案の定不満そうに眉を寄せた彼。
それでも何も言い返してはこないから、俺はそういう所を見習うべきなんだと思う。




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