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と言うかそんなことまで話して湊人はどうしたいのか。
その思惑は分からないけど、分かった所で今の俺は空気と化してしまっているのでもう反応もしなかった。

ただ、その発言を聞いて漸く蓮が俺を視界に入れる気になったらしい。
ぱっと目が合って、分かりやすく歪んだ奴の表情に溜息が漏れる。


「別に。蓮のせいだとかそんなこと思ってないから。そんな顔すんなよ」

「………ごめん」


やっと返事が返ってきたと思ったら、だよ。
ごめんって何だ。全然噛み合ってないじゃないか。


「良いんだよもう。あれは俺に対する罰だったんだから。そんなことで謝られるくらいならなあ、今俺のこと無視しまくってたことの方が謝って欲しいっつーの」


空気扱いしやがって、と文句を垂れたらまた同じようにごめんと返ってきた。

それが実際のところは何に対する謝罪なのか。
俺の要求通りのものではなかったとしてももう良いやと思った。
掘り下げて拗れるくらいなら俺だって無視してやる。

湊人に対しては一言言ってやりたい気持ちはあったけどぐっと胸に抑え込んだ。
俺は一刻も早くこの話題を打ち切らせる必要がある。

スマホを取り出して時間を確認するともう直ぐ日付を越えようとしていた。
その動作をあえて皆に見せた後に「俺が聞いておくべき話ってまだ何かありますか?」と問い掛ける。

その回答は揃ってNOだった。


それから俺達は直ぐに店を出て、駅でそれぞれ解散となった。

俺達七人が屋外でこうして揃う状況はこれが初めてだ。
終電間際の駅には思いの外多くの人がいて、周囲の視線が集まっているのを肌で感じ取る。

この感覚は久々な気がする。
俺が周りの目を気にしなくなったのもあるかも知れないけど、相変わらず俺の恋人達は主に女性の視線を釘付けにしてしまうようだ。


「本当なら紘夢と一緒に帰れてたのにぃ」

「すみません。でも今日は大目に見ていただけると有り難いです」

「そのいかにも特別な日ですって感じの言い方がさぁ」

「いいからもう早く帰れって。終電逃しても良いんですか」


ここにきて駄々を捏ねるような発言をする修さんを軽く睨むと「何で紘夢まで冷たくすんだよ…!」と怒られた。
そうじゃないと否定してからもう一度周囲を確認すると、立ち止まったことでさっきよりも視線がこちらに集中しているのを感じ取る。


「皆が見てるからだよ。また俺の前でナンパされるつもりですか?」


睨んだまま不機嫌な声でそう言ってやったら、そこで初めて気付いたかのように修さんが周りに目を向けた。
確かに自分達に集まっている視線を感じ取った彼が、今度は俺に向かって甘やかに微笑む。


「俺の機嫌の取り方まで上達してんのな、お前。流石俺の嫁だわ」

「はあ?」

「そうですよ。奥さんにヤキモチ焼かせる訳にはいきませんからね。俺達は早く退散しましょう。三橋くん、俺達の大事な奥さんをよろしくね?」

「はい、任せてください。旦那代表として頑張りますね」

「………」


修さんと拓也さんの下らないノリにすんなりと乗っかる蓮は本当に出来た奴だと思う。
他の三人はそのやり取りを呆れたように見ていて、やっぱり一番しっくりするグループ分けはこの分け方なんじゃないか、なんてことを思って苦笑が漏れた。

それぞれに別れの挨拶をしてからその姿を見送り、同じようにその場を去ろうとした湊人の手をそっと掴んで止める。
「何?」と視線で訴えてくる奴に一言「ありがとう」と伝えると、奴の視線が隣の蓮に移り、それから溜息を吐かれた。


「お前のそれは俺に対する意地悪以外の何ものでもないからな?」

「いや、今のありがとうは全部ひっくるめてだから」


湊人が諸々に嫉妬していたことも、状況を呑み込んでくれていたことも。
蓮のことを輪に入れてくれようとしていたことも、全部気付いている。

本当はその一つ一つに対してお礼を言いたいところだけどそれはまた二人の時にさせて貰うと伝えると、蓮が「それは俺に対する意地悪、かな?」と言って悪戯っぽく笑った。


「お前はこの後も独り占め出来るんだから良いだろ」

「冗談だよ。でも、俺も頑張らないといけないなって思い知らされたから」

「何を?」

「松尾達の横に並ぶ為の努力?」


そう言って微かに笑った蓮に湊人が小さな声で「…ふうん」と返す。


「そこはまだまだ遠いけどね。でも、時間は掛かっても追い付いてみせるから」

「いや、どうせ追い付けないから諦めろ」


蓮の言葉に対してそう答えた湊人だったけど、その表情はとても穏やかだった。
一度俺に目を向けた湊人が、再びその視線を蓮に戻してから言葉の先を続ける。


「浅尾サンも言ってただろ。そんなこと考える必要ないって」

「それは、……俺以外の皆の話だよ」

「あの人が言ってたのは、紘夢から見た俺達の立ち位置が同じってことだろ。だったらお前も同じだよ」

「……そうなのかな…」


自信なさげに呟いた蓮に湊人が「ま、俺の考えはちょっと違うけどな」と返す。


「お前は俺にはなれないし、俺もお前にはなれない。お互いに追い付くことは出来ないんだから、そんなことする必要がない」

「っ……」

「紘夢から見たら俺達は同じ場所に立ってるかも知れないけど、やっぱり俺達自身は違う場所にいると思ってる。でもそれは別に、悪いことじゃないだろ」


湊人は湊人で、蓮は蓮で。勿論あの人達も、あの人達で。
それぞれが俺と過ごす時間はそれぞれの記憶にしか残らない。
例えその事実を後から共有したとしても、それぞれの代わりになれる訳じゃない。

それをマイナスに捉えるかプラスに捉えるかは自分次第だ。
拓也さんの言うように、それが自信に繋がることだってあるだろう。
自分は自分だと思うことで、誰もが俺にとっての唯一の存在になれるのだから。

それが湊人の考えだった。


「だからお前は無理に俺達に合わせる必要はないし、お前がやりたいようにやれば良い。当然、最低限のルールは守って貰う必要はあるけど」

「最低限のルールって…?」

「それはここで言えるようなことじゃないから後で送っといてやるよ。これ以上長話してたら終電逃すし」


そう言って話を終わらせようとした湊人に、蓮が「松尾も俺んち泊まる…?」と意外な提案をした。
それには当然俺も湊人も驚き、そんな俺達の反応を見た蓮が「二人が良いならだけど…」と付け加える。


「はあ?良い訳ないだろ。言っとくけど俺はお前に同情される程可哀想な奴じゃないからな」

「ッ…同情では…」

「うるさいな。邪魔する気なんかないって言ってんだよ」


俺が逆の立場だったら、絶対に邪魔されたくない。

呆れた口調でそう言ってのけた湊人に、少し遅れて蓮が苦笑を漏らした。


「松尾は他人の気持ちを考えられないとか…酷いこと言ってごめん」

「は?俺がそんなこと気にするような人間じゃないって知ってんだろ。キモいから謝るな」

「っ……じゃあ、…ありがとう」

「…おい紘夢、こいつ黙らせろ」


まるで手に負えない、と言った表情で素っ気ない台詞を吐いた湊人に対して、俺は微笑みを誤魔化すことが出来なかった。

蓮が湊人に対して抱いている感情はよく分かるし、それを湊人に伝えたいと思っていることも分かった。
そしてそれは湊人も同じらしい。

湊人の配慮に対して「了解」と答えてから、そっと蓮の背中を叩く。
「俺達も帰れなくなるぞ」と声を掛けると、ハッとしたように俺を見た蓮が控え目にこくりと頷いた。

それを確認してから、湊人に口元だけの笑みを向ける。


「呼び止めてごめん。気を付けて帰れよ」

「お前もな」

「うん。ありがとう」


また連絡すると言った俺に、湊人はお休みとだけ返してそのまま俺達に背を向けて歩き出した。

その背中に向かって何か声を掛けようとした蓮の腕を掴んで止める。
「俺達はあっち」と言って掴んだ腕をそのまま引っ張ると、漸く蓮が諦めたような笑いを一つ零した。




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