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やっぱりこの話はもう止めようかと思ったけれど、本来俺達が話し合うべきだったことも少なからずそのことに関係している。
そしてそれをこの場にいる全員が理解していた。


「…じゃあ、とりあえず誠さん達に対して俺がこれからどうしたら良いかだけ教えてください。それだけ聞いたら今日はもう帰ります」

「「え…」」

「皆が俺にとって必要じゃないと判断した情報を、俺も無理に知ろうとはしません。俺に必要な情報だけください」


皆がそうしたいのなら俺はもうそれで構わない。
皆の心配や不安を煽ってまで知りたい情報なんてないし、俺は俺のすべきことをするだけだ。
その方が俺にとっての負担も軽くなる気がする。


「そう言うことなら、俺もその話を聞いたら紘夢くんと一緒に帰ります」

「いや、蓮は残った方が良い。一番情報共有すべきなのは蓮だろうから」

「一人で俺の家に帰るつもりなの?」


寂しそうな顔で訊ねてきた蓮にすかさず周りから鋭い突っ込みが入った。
どう言うことだ、と説明を求める彼らに蓮がありのままを伝える。


「紘夢くんは今晩俺の家に泊まることになってます」

「「はあ?」」

「まだ俺達の初デートは終わってませんから。ね?」

「っ……まあ、泊まるって言い出したのは俺なんで」

「「…………」」


ありのままを答えると、皆一様に不満をその顔に浮かべつつもそのまま押し黙ってしまった。

本当は駄目だとか嫌だとか言いたいけれど言えるような権限もないし…とでも思っているんじゃないだろうか。
とりあえず険悪なムードにはならなくて良かった。


「…別にお前らだけ帰る必要はねえよ。俺達はもうある程度の話は済ませてるし」

「…今日もあまり遅くまで残って話す時間はないからな。明日のことを考えたら早目に解散した方が良いだろうな」

「…そうか…明日から最終調整入るんですよね。確実に忙しくなりますね」

「…フェスも三日後ですもんね。とりあえずそれが終わるまでは頑張らないと…ですよね」

「…フェス終わった後生きてるかな、俺ら。体感だけど、今年は特にキツくね?なんかご褒美でもあるなら頑張れるのになぁ」

「「…………」」


皆揃ってテーブルを見つめながらそんなことを言うもんだから、蓮とこっそり顔を見合わせて苦笑を漏らした。

確かに険悪にはなっていないけれど、これはどう見ても不満を解消しきれていない。
それだけは俺にも分かる。


「ご褒美って、何が良いんですか」


修さんの言葉を拾ってそう訊ねると、一先ず大人組の四人が僅かに目を輝かせた。

それが仕事の頑張りへの対価なら湊人は該当しない。
それに対して不満を抱いているだろう奴に「湊人も考えて良いよ」と伝えると奴も同じように目を輝かせていた。

「紘夢くんも大変だね」と言って苦笑する蓮に対して非難の言葉が掛けられることはなかった。
恐らく皆、ご褒美の内容を考えることで頭が一杯なんだろう。

確かに大変かも知れない。
でも、俺はそんな彼らが好きなのだから困るようなことでもない。


「今回は普段の頑張りとは訳が違うからな。それなら滅多にないご褒美がよくね?」

「その言い方されたら俺が参加し辛いんですけど」

「湊人くんは今までの功績を称えて、ってことにしたら良いよ。君の過去の努力も中々なものだったんだから」

「確かにそうですね。それならそれぞれが紘夢くんに頼めば良いんじゃないですか?全員同じにする必要もないですよね」

「えー俺こう言うのってなかなか良い案が思いつかない人間なんですよねえ…。佑規さん達の意見を参考にさせてくださいよ」

「そこは相変わらずなんだ。別に拓が一番紘夢くんにして欲しいことを頼めば良いだけだと思うけど」

「俺が一番紘夢くんにして欲しいこと…」


佑規さんに言われて拓也さんが頭を悩ませ始める。

俺も拓也さんに関しては是非とも他の人の意見なんて参考にして貰いたくない、と思っている。
どうせ他の人が考えることなんて俺の予想を遥かに越えてくるものばかりなんだろうから。

拓也さんの回答を待つこと数十秒。
ハッと思いついた様子でこちらを見た彼が、その表情をきらりと輝かせる。


「次の月曜日、俺と一緒に指輪を買いに行ってくれない?」

「え…」


それこそまさに予想外の提案だった。
他の三人もまさか拓也さんがそれをご褒美として言い出すとは思わなかったらしい。
先を越されたと言う反応を見せた彼らが待ったをかける。


「待てよ。紘夢と一緒に買いに行くのは別にいい。けど、月曜にそれはずるい」

「ずるいって言われても。先に言ったもん勝ち、的な?」

「いや、そもそもそれはご褒美ではないじゃん。俺達が紘夢くんに指輪を贈ることは決定事項だったんだから」

「だからそれを、他の日じゃなくて月曜日にするって言うのが、俺にとってのご褒美になる訳じゃないですか」

「やっと大仕事が終わって一息つけるって日にお前だけ紘夢くんに会えるなんてあんまりだろ」


と言う具合に、彼らの言い分から次の月曜はどうやら全員が休みなんだと言うことが分かった。
成る程それなら他の人達が言っていることも理解出来る。


「だったら四人一緒に買いに行けば良いんじゃないですか?それなら平等でしょ」


当然関係のない湊人はそんなことが簡単に言えてしまうだろう。
奴は既に俺に指輪を贈っている訳だし。

でも流石にそれは皆も納得しない気がする。
案の定、それは違うと言い出した彼らに俺もどうしてあげることも出来ず困惑してしまう。


「そんな大事なもんを何でこいつらと一緒に買いに行かなきゃなんねえんだよ。結婚指輪だぞ」

「結婚指輪って。せめて婚約指輪でしょ」

「結婚指輪だよ。紘夢くんがそう言ったんだから」


ねえ?と拓也さんに振られたので一先ず頷きを返しておいた。
結局それも言っちゃったなあと思いながらも、仕方がないので湊人達に昨夜のことを話す。


「ごめん、誠さんと雅也さんに言っちゃった。俺は皆と結婚するつもりだって」

「「…は?(え?)」」

「皆から指輪を貰ったら、そう言うことになるのかなって。だから、そしたら二人は義理の弟になるから、それ以上の関係にはなれないって…言った」


勝手だった?と訊ねた声には少しの照れが混ざっている。
俺が自らそんな発言をしたことに驚きを隠せない様子だった蓮以外の三人は暫く動きを止めた後、溜め込んでいた息を一斉に吐き出した。


「…お前は何でそうやって……あり得ねえ……いや、マジであり得ねえわ…」

「修さんと拓はともかく…雅也くん達にまで先を越されたってことだよね…」

「あり得ないな。今すぐ撤回させたい。いや、なかったことにすべきだろ、そんなの」


なかったことにしろと言うのは俺のその発言自体を、ではなく、雅也さん達の前でその発言をしてしまった事実を、ってことなんだろう。
まあ、ある程度は予想通りの反応だ。

修さんと拓也さんは出来るだけ反応しないようにしているみたいだけれど、二人とも僅かに口元が緩んでしまっている。
項垂れている三人にそれがバレるのも時間の問題だよな、と思っていたら突然蓮が「なかったことに出来ると思いますよ」とか言い出した。

奴に皆の視線が集まる。


「俺も指輪の件は紘夢くんに教えて貰いました。でも俺は松尾に便乗したって形にはしたくなかったので、一回その話を聞かなかったことにして貰って、」

「ま、待った!それ、今…?」

「え?…うん、今以外になくない?」

「そう、…かな…」


もう殆ど言ってしまった段階で止めても遅かったのかも知れないけど、それは凹んでいる三人に追い討ちをかけることになるのではないだろうか。
そんな心配を他所に、湊人が蓮に続きを促す。


「俺が何って?」

「だから、一回指輪の話は何も聞かなかったことにして、俺が自主的に贈ったってことにさせて貰ったんだよ」

「…は?」

「つまり俺はもう紘夢くんに指輪を渡しちゃってるってこと、なんですけど」


そうやって勝手になかったことにしてしまえば良いんじゃないか、と続けられた言葉は他の人の耳には届いていなかった。

皆もまさか蓮から追い打ちをかけられるとは思わなかっただろう。
やっぱり無理にでも止めておけば良かったのかも知れない。




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