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結局部屋から一歩も出ることなくダラダラと幸せな時間を過ごした日の翌日。

今日は急遽決まったバイトの日である。
和也さんに連れられ俺が向かったのは今月末に開催される大型フェスの会場である、この辺では一番大きなアリーナだ。

今日からバイトを入れての設営期間に入るらしいのだが、俺が手伝うのはそっちではなく物販の準備だと聞かされた。
前回のことがあったから配慮してくれたのかと思ったけど単純に物販準備の人出の方が足りていないらしい。
てっきり体力仕事だと思っていたのでちょっと得した気分になったのはここだけの話だ。
とは言えどんな内容か見当はついていないので思っているよりも大変な作業かも知れない。


「そう言えば、今日は皆さん出勤なんですか?」

「確か…佑規は遅番で午後から出てくる筈。修と拓は休みだったか、どっちかが遅番で出勤だったかも知れない」

「そうなんですね」


どうやら今日は全員出勤の日ではなさそうだ。
出勤だとしても遅番のようなので、それなら他の人に会えるタイミングはないかも知れない。
その方が仕事に集中出来るからまあ良かったのかもな、と考えながら歩く俺を横目に、和也さんが「残念だった?」と少し意地悪な声で問い掛けてきた。


「いいえって言ったら嘘になりますけど。その分仕事に集中しようって思ってました」

「へえ。その真面目さには感心するよ」

「いや、当たり前のことでしょ。ちゃんと働かないなら今日来た意味ないですし」


人手が足りていないからと言う理由の応援なのにその俺がサボったんじゃ話にならない。
そもそもバイトでサボろうと言う気になったことがない。
お金を貰うんだからそのくらい当然のことじゃないんだろうか。


「その真面目さだけで言ったらそのままうちで働いて欲しいんだけどな」


ぽつりと零されたそれは本音なのか。
その言葉にドキッとして彼を見ると、前を向いたまま歩く彼が続け様に「まあそうもいかないか」と言って静かに息を漏らした。

そこにどんな意味が込められていたのか俺には予想することしか出来ない。
俺と同じ職場で働きたくはないのか、俺が断わると思っているのか。
そもそもただ言ってみただけで意味などないのか。

分からないけれど、それを確認しようと言う気にはならなった。
確認したら何かが動き出してしまいそうな気がして知らない振りをしてしまった。

何も言わない俺に彼も反応を求めなかったし、そのタイミングで丁度彼のスマホに着信が入った。
ごめんと俺に一言断りを入れてから彼が通話を開始させる。


「お疲れ様です。はい。はい。あ、聞きましたか。はい、そうです。もう直ぐ着くので連れて行こうと思ってますけど、清水さんの所で良いですよね?」


口調や内容から仕事の電話だと察した。
ちらりと聞こえた名前には聞き覚えはなかったけど何となく俺ことを言っているのかなと思って会話の行方を耳で追ってしまう。


「物販って東側でしたよね?俺も挨拶しときます。ああ、大丈夫です。はい。じゃあそっち回った後に行きますね。はい、また後で」


そこで通話を終了させスマホをポケットにしまった彼が漸く俺に視線を向けた。


「今から物販バイトの集合場所に連れて行くけど、作業内容は担当の清水って言う男の人に聞いて貰える?」

「あ、はい。了解です」

「一昨日の内に話は通してあるから」

「そうなんですね。じゃあ、俺一人で集合場所まで行きますよ?」


どうも和也さんの集合場所は違うみたいだから場所さえ教えて貰えたら一人で行ける…と思ったんだけど。
俺の申し出に分かりやすく不満を表情に浮かべた彼。


「紘夢くんと別れたら多分もう今日は会えるタイミングがない」

「え……ああ。そう、ですよね」

「送って行きたいけど終わるまで待ってて貰う訳にもいかないだろ。だから俺が連れて行く」


だからと言う接続詞は正しくないんじゃないだろうか。
と言うより、その前にあった筈の文章が幾つか端折られてしまったんだと思う。

ただ彼の言いたいことは十分に伝わったので大人しく「はい。お願いします」と答えてきゅっと唇を噛んだ。
溢れそうな笑みを噛み殺せたかどうかは定かではない。

その後、集合場所に着くと既にバイトと思われる人達が数名集まっていた。
現段階では女性の姿しか見当たらないが、まあその内増えるんだろう。
その中で唯一の男性の存在、恐らく彼が清水さんだと思うが、和也さんに連れられてその人の元へ向かう途中に周りのバイトの子達から向けられる視線の意味に俺は気付いていた。

そうだよな、こんな規格外イケメンが登場したら騒がずにはいられないよな。
分かる、分かるよ、と心の中で頷きながら和也さんの背中を鼻が高い思いで見つめる。


「清水さん、おはようございます」

「え、植田くん?おはようございます。どうしたの?あ、もしかしてその子が一昨日言ってた子?」

「はい。作業内容までは説明出来てないので諸々お願いしても良いですか?」

「勿論。了解しました。あ、さっき椎名さんに会ったからこの件は話しといたよ」

「ありがとうございます。俺もさっき電話貰ったんで大丈夫です」


さっきの電話の相手、椎名さんだったんだ…

と言うことは椎名さんは今日俺がいることを知っているのか。
見つかったら何か言われるんだろうか。
出来ることなら遭遇することなく今日を終えたいんだけど…って、そんな逃げるような真似する必要もないか。
もしその話題になったらまた断われば良いだけの話だ。


「紘夢くん」

「っ、はい?」

「俺は行くから。頑張ってね」


そう言って俺の頭へと伸びてきた手が一瞬宙で止まり、すとんと肩に落ちた。
頭を撫でられると思って吃驚してしまったので声が出せず、こくんと頷くことしか出来なかった俺に彼は口元で笑うと「じゃあ」と言ってその場から去って行った。

俺の勘違いか、いや、彼が思い留まってくれただけだろう。
その配慮を無駄にしたくないのに、肩から伝わった彼の熱が俺の頬を赤く染めるので、暫く周囲に目を向けることが出来なかった。

そんな俺達を清水さんが目を丸くして見ていたことは勿論知らない。




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あきゅろす。
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