15 役作りで悩んだ時や行き詰まった時は遠慮なく相談し合える関係になりたいと言ってくれた誠くんの厚意に俺は早速甘えたくなった。 次回の撮影のキスシーンを練習出来たら…と思うけど、やっぱり誠くんは嫌がるんだろうか。 そこはプロだから仕事だと割り切れるんじゃないか、とも思うけど、正直よく分からない。 逆の立場で考えてみても、誠くんは既に何度もキスシーンを経験しているだろうから俺の方は今更って言うか… いや、でも、ちょっと嫌かもな… キス自体は仕事だから仕方ないとしても、そのせいで相手の女優さんが誠くんのことを好きになったら…って考えると嫌かも知れない。 「葉太さん?」 「っ……あの、さ。誠くんは、演技は演技だって割り切れると思うんだけど、もし俺が、演技で誰かとキスしたりしたら…どう思う?」 結局訊いてしまった。 しかも随分と狡い訊き方をしてしまった。 そんなの初めから「演技って割り切れるよね?」と言っているようなもんだし、キスだってもしもの話じゃなくて確定していることだ。 訊いた後に罪悪感を抱いてどうしようかなと悩んでいたら、誠くんが苦笑しながら「それって本田さんとの話ですか…?」と訊いてきたから目が点になった。 え?何で知ってるの?と声に出す前にその疑問に彼が答えてくれる。 「本田さんから直接聞きました。葉太さんとのキスシーンが決まったから、先に謝っとくって言われて」 「っ……そう…だったんだ…」 本田さんが謝る必要があるのかどうかは疑問だけど、そうしたってことは彼女も誠くんが嫉妬するかも知れないと思ったってことだろう。 誠くんはそれに対してどんな反応を返したんだろうか。 それも俺が訊く前に彼自身が先に答えてくれた。 「正直言うと複雑ですけど、でもまだ彼女だったから良かったかなって思ってます」 「…何で?」 「知ってる仲だから、ですかね。彼女なら余計な心配もする必要がないって分かるので」 「………」 余計な心配って言うのは俺がさっき誠くんと誰かのキスシーンを想像して抱いた時の心配と同じようなものだろう。 そんなに本田さんのこと信頼してるんだ…と思ったら胸の辺りがもやもやして落ち着かなくなった。 二人の関係に俺が何かを思うのは間違っているのに、どうしても要らない感情を抱いてしまう。 本田さんは何も悪くない。 寧ろ俺は彼女に感謝しかしてなかった筈だ。 誠くんだって何も悪いことなんてしていないのに、何で俺はこんな… 「…葉太さん?」 呼び掛けに応えて視線を向けると誠くんが心配そうな目で俺を見ていた。 こんな感情、どうやって昇華させたら良いのか分からなくて、助けを求めるように彼の名前を呼び返す。 それだけで何となくなのか、彼も俺のモヤモヤを悟ってくれたらしい。 席を立って俺の側までやってきた誠くんが俺の両頬にそっと手を添えて、揺れている俺の瞳を覗き込んできた。 「どうしてそんな顔してるんですか」 「………言っても、困らせるだけだから…」 「大丈夫です。困りません」 「……まだ何も言ってないよ…」 「はい。でも、俺は困りません」 だから話して欲しいと言う彼の優しさに、結局俺は縋ってしまった。 「…誠くんと本田さんが…凄く信頼し合ってるんだなって思ったら……羨ましくて…」 「羨ましいって、どっちに対してですか」 「っ………」 少し躊躇ってから「本田さん…」と正直に伝えると誠くんの表情が分かりやすく緩んだ。 そのまま身を屈めてちゅっと軽く口付けてきた彼に「え…」と情けない声が漏れる。 「葉太さんが嫉妬してくれるとか、マジで嬉しいです」 「ッ……嬉しい、の…?」 「嬉しいに決まってるじゃないですか。葉太さんが俺に言ってくれたことは逆も同じですよ。俺だって貴方に嫉妬されると嬉しいし、その気持ちは隠さずに話して欲しいと思ってます」 絶対に嫌いになることはないから、と言われて何だか気が抜けてしまった。 確かにそれは俺自身が言ったことだ。 今の誠くんの感情だって、俺が分からない筈がない。 「…でも俺の場合は…誠くんも本田さんも、何もしてないのに…勝手に嫉妬してるだけで…」 「理由なんて何でも良いですよ。例えそれが理不尽な理由だったとしても、葉太さんに嫉妬して貰えるなら何だって嬉しいです」 「っ…でも俺…本当はこんな風に思いたくない…思いたくないけど…どうしたら良いか…分かんなくて…っ」 困惑する気持ちを訴えたらやっぱり誠くんは心底嬉しそうな表情で笑って、堪え切れない感情をぶつけるように俺の頭を掻き抱いた。 「どこまで俺に可愛いって思わせたら気が済むんですか」 「ッ……可愛いことなんか、言ってない…俺は真面目に…」 「そんなの全部俺にぶつけてくれたら良いだけの話じゃないですか。それ以外の解決方法なんかないですよ」 「………でも…」 「次”でも”って言ったらその度に服脱がせます」 「えっ!?」 何でそうなるの!?と彼を見上げたらまたキスをされた。 今度は触れ合っただけで終わらず、そのまま啄むような口付けを始めた彼の腕を掴んで制止する。 「ちょっと、待って…っ…首、痛い…」 俺だけ椅子に座った状態で上を向かされているから普通に首が痛い。 それを訴えると「じゃああっちで」と言って俺の身体を椅子から抱き起こした彼が、俺の腕を引いてソファへと移動した。 そこに腰を下ろした彼の膝の上を跨ぐように座らされ、抵抗する間もなくまたキスをされる。 「んっ…誠くん…だめ…っ」 「どうして」 「ご飯っ、残ってるから…っ」 「また後じゃ駄目ですか。今は葉太さんとキスしたいです」 「っ、でも…っ」 「あ、今”でも”って言いましたね?」 そう言ってニヤリと笑った彼がすかさず俺の服の裾を掴んだ。 そのまま持ち上げた服を脱がせようとしてくるから俺も慌てて彼の腕を掴む。 「でもって言ったら脱がせるって言ったじゃないですか」 「良いなんて言ってないじゃんっ」 「嫌じゃない癖に」 「なっ!…そっ…その言い方は、狡いよ…」 嫌かと訊かれてうんと答えるようなことなんてないんだから。 きゅっと唇を噛んだら頭を引き寄せられ唇をぺろっと舐められた。 「んぅっ…」と声を漏らすと、彼がすっと目を細めて微笑む。 その妖艶な表情にクラっとして困惑の目を向ける俺に、何か思い付いたような反応を見せた彼が少し弾んだ声で提案してくる。 「キスシーンの練習、しましょうか」 「…えっ?」 「そのシーンを頭に思い浮かべて、俺が本田さんの役だと思って練習してみてください」 「そっ…え、それ、良いの…?」 思わぬ提案に乗り気の姿勢を見せると誠くんは「勿論」と言ってにこりと微笑んだ。 その後「俺が合格出すまで終わりませんからね」と言われ、あれ?何か可笑しい?と思ったのに馬鹿な俺はそのまま頷いてしまった。 誠くんの罠にまんまと引っ掛かった俺はそれから何度も何度も誠くんにキスをすることになる。 触れ方は勿論、顔の角度とか細かい所までちゃんと指導をしてくれるから大人しく言うことを聞いていたのに、暫くして彼が合格を出す気がないことに気付いた。 ただ、気付いたのが遅かったから引くに引けないところまできてしまっていて。 「ん、…流石に舌まで絡める必要はないですよ」 「ちが……も、演技じゃ、ない…っ」 「え?いや、まだ合格出してませんから」 「ッ、やだ…ちゃんと、キスしてっ…誠くんと、キスしたい…っ」 演技に集中出来なくなって普通のキスを強請ると、待ってましたと言わんばかりの意地悪な表情で微笑んだ彼が「じゃあ、頑張ったご褒美です」と言って蕩けるようなキスをしてくれた。 結局その後もキスだけでは終わらず。 誠くんが言っていた要望通り、俺達は一日中食事さえまともに摂らずにキスとセックスを繰り返して過ごすことになった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |