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誠くんは俺とマネージャーのやり取りも見ていたらしい。

びしょ濡れの俺に傘を差し出してくれたマネージャーが、俺に対して心配したと怒ってくれたことも。
濡れたズボンの裾を捲った後、マネージャーが俺の濡れた髪を掻き混ぜるようにして水気を払って笑い掛けてくれたことも。
その後二人で肩を並べて歩いて消えて行ったことも、全部。


「親しげな様子の二人を見た時、無性に苛ついたんです。その苛つきの理由がその時は分かりませんでした」

「………」

「それから貴方のことを調べて、彼が貴方のマネージャーだと分かった時、心底安心しました」

「………」

「それが…その気持ちが、恋だと言うことに気付いたのは、その頃だったと思います」


もし俺があの日のオーディションに合格していたら後々誠くんと共演することになっていた。
彼もそれを願ってくれていたようだけど、残念ながら俺は落選してしまったからそれは叶わなかった。

その時から彼のマネージャーの関さんは俺の存在は勿論、誠くんの俺に対する気持ちも知っていたらしい。

超が付く程の人気俳優である栗原誠が、同性の無名俳優に恋をした。
それはどう考えたって表立って応援出来るような恋じゃない。
マネージャーの立場からすると余計にそう思っただろう。

だから関さんも遠回しにその気持ちを昇華させるように言ってきたようだ。
誠くん自身も頭では分かっていたけど、でも、どうしても感情を抑えられなかったらしい。
その場では理解した態度をとりつつ、心の中ではずっと俺に対する想いを膨らませ続けていたと彼は言った。


「まともな恋愛なんて経験してませんけど、それでも、こんなにも誰かを好きだと思ったのは初めてだったんです」

「っ……」

「貴方に認識すらされていないのに、何かをする前に諦めるだなんて…そんなこと出来ませんでした。誰にも認めて貰えなくても、どんなに否定されても、貴方に気持ちを伝えるまでは諦めたくなかった」

「………」

「だから俺は、その日から約一年間、誰の前でも貴方に対する感情を表に出しませんでした。貴方にだけ伝われば良いと思って、その機会だけを狙って、ずっと、自分の中だけに留めていたんです」


彼の口からここで初めて明かされる話は、そのどれもが俺にとっては衝撃でしかなくて。
驚きと、信じられない気持ちと、言葉で言い表すことの出来ない感情で胸がいっぱいになって、彼に対して言葉を返すことが出来なかった。

そんな俺を見て誠くんがどう思ったのかは分からない。
でも彼は彼で、俺にどんな反応をされても真実を伝えると決めていたようだ。


「ただ一人、例外がいて。俺の心の中にいる存在に気付いて、背中を押してくれた人がいて。それが、本田麻里子さんでした」

「ッ……」

「彼女とは俺が学生の頃からの付き合いで、お互いに少し踏み込んだ話をする仲ではあったんですけど、流石に葉太さんのことは彼女にも話そうとは思っていませんでした」


でも、どう言う訳か誠くんの心の中に誰かがいると言うことは彼女にバレてしまっていて。
それが誰なのかは誠くんもずっと隠していたけれど、彼女が俺と共演することが分かった時。
一か八か、賭けに出てみたらしい。


「葉太さんに興味があるから、どうにかして紹介して貰えないかって彼女に頼んでみたんです」


それに対して彼女がどう出るかで誠くんは行動を変えるつもりだった。
変に勘繰られなければそのまま俺を紹介して貰うだけの話で済むし、バレたらその時は正直に話して、その上で協力を仰ごうと思っていたらしい。

結果的に本田さんは誠くんの俺に対する気持ちに勘付いてしまい、誠くんは正直に話さざるを得なくなったようだけど、そのお陰で俺と関係を持つことが出来た。


「彼女から届いた連絡を見た時が今までの人生で一番驚いた瞬間だったと思います。まさか葉太さんと、直接ホテルで会う約束まで取り付けてくれたなんて…」


そこまでのことをしてくれるとは誠くんも思っていなかったらしい。

じゃあ、あの時間にあの場所を指定したのは本田さんの咄嗟の思い付きだったと言うことになる。
実際にホテルの予約を取ったのは誠くんだったようだけど、あの状況でよく瞬時にそんな考えが思い付いたんだ、と本田さんに感心してしまう。

俺は必ず行っていたとして、もし誠くんが都合が悪くて来られなかったらどうしていたんだろう。
それ以前に、そもそも俺がNGを連発していなかったらそんな話自体は初めからなかったと言うことになる。
何らかの形で本田さんを介して誠くんとは知り合っていたのかも知れないけど、その時の出会い方は全く違っていた筈だ。

そう考えると、やっぱり俺は…


「本田さんには、何てお礼を言ったら良いか分からないね」


漸く口を開いた俺が発した言葉を聞いて、誠くんは少し泣きそうな顔をしながら俺と視線を合わせてきた。

全てを話せて少し肩の荷が下りたのもあるかも知れない。
でも多分彼は、その話を聞いた俺がどんな反応をするか怯えていただろうから。
今の俺の言葉を聞いて、それが無駄だったと気付くことが出来たんだと思う。


「…貴方がホテルからいなくなった後、初めて失恋のショックを経験して…仕事でも迷惑掛けるくらい…荒れて…」

「もう良いよ誠くん」


そこから先はもう聞かなくても良いと思った。
俺達が擦れ違っていた間に誠くんがどんな思いをしていたかなんて、それまでの話を聞いたら想像がつく。


「俺は別に何があったかを知りたい訳じゃない。誠くんが俺のことをどう思ってくれているか、それが知りたいだけだから」


誠くんがしてきたことを告白して欲しかったんじゃない。
そう伝えると、漸く彼の表情が柔らかくなった。
すっと姿勢を正すように座り直した彼が穏やかな表情のまま俺を見つめて、俺が待っていた言葉を紡ぐ。


「ずっと、葉太さんのことが好きでした。あの日からずっと。今も、これからも。誰よりも、何よりも、葉太さんのことが好きです」


出会った時からそうだった。
誠くんの言葉はまるで何かの台詞みたいに流れるように綺麗で、格好良くて、でもちょっとだけ恥ずかしくて。

彼の人生の半分は自分ではない何かを演じることに注がれていたのだから、それはもう彼自身に染み付いてしまっていることなのかも知れない。
そうじゃなかったとしても、感情の込め方が人一倍上手いんだと思う。
だから、彼の気持ちは俺の胸に大きく響いてしまうんだろう。


「言いたいことは、俺にも沢山あるけど…」


そう言いながら誠くんの手にそっと自分の手を重ねた。
俺の行動に少し戸惑ったように瞳を揺らした彼は、きっと皆が知ってる栗原誠じゃない。

誠くんが俺に向けてくれる言葉が何かの台詞ではなく、俺に見せる反応が演技なんかじゃなく。
全部誠くん自身が生んだものだと思うと、俺にはそれが堪らなく嬉しかった。


「俺にとってのあの日は、ホテルで誠くんに出会った日だけど。俺も、あの日からずっと、誠くんのことが好きでした」


重ねた手をきゅっと握りながら想いを伝えると、誠くんの表情が一瞬驚きで強張った。
それから多分、俺が言った”好き”の意味を考えて、頭の中をぐるぐるさせていたんだと思う。

先週の月曜日に上條さんから言われた言葉を思い出していたのかも知れない。
俺は初めから誠くんに惹かれていて、その気持ちの正体に気付いていなかっただけだと言うことを。
その時の俺がどんな反応をしていたか、そして今の俺がどんな顔をして誠くんを見つめているか。

俺が真っ直ぐな伝え方しか出来ないと言うことも、誠くんはもう知っている。




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