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「もしかして今も体調悪いですか?」

「いや、……あー、どうだろ。いつも通り、ではないかも」

「えっ!えっ、帰っ…じゃなくてっ、だったら今直ぐ寝てください!」


ベッド貸しますから!と言って慌ててベッドから降りようとしたら玲司さんの腕に止められた。
そのまま俺に抱き着いてきた彼が「大丈夫だから」と言って首元に頬を寄せてくる。
どう見ても甘えられているとしか思えないその行動に俺はもうどうしたら良いか分からなくなっていた。

どう大丈夫なのかも分からないし、俺の方は全然大丈夫じゃない。


「…玲司さん…ちょっとまだ、状況が…」

「何て言ったら良いのかな。とりあえず昼間は熱中症気味になって頭が回んなくなってただけだから」

「えっ…!?熱中症…!?」

「軽い、な。倒れる程じゃなかったから心配とかは要らないんだけど」


いや、倒れなければ良いって話じゃないだろう。
実際に頭が回らなくなってた訳だし。
それにさっきステージに座り込んだって言ってたから、症状としては十分深刻だと思う。


「そんなの心配するなって方が無理ですよ…っ」


少し強引に彼の身体を引き剥がして「やっぱり寝てください」と訴える俺に彼が「だから大丈夫なんだって」と言って困ったように眉を寄せる。


「でも本調子ではないんですよね?」

「それは、」

「無理しちゃ駄目です。もし玲司さんに何かあったら…」


本気で心配になって、もしも彼の身体に何かあったらと考えたら、物凄く怖くなった。
そんなの考えたくない…と震える声で伝えた俺に、彼も苦しそうな表情を見せる。


「俺は、どんな状況でも最高のパフォーマンスが出来なきゃいけない」

「っ……」

「この時季のフェスが死ぬ程暑いことなんか皆知ってる。それでも、俺らよりもっと激しいライブしてる奴らだっているし、皆同じ状況で、それぞれの全力を出してやってる」


それは…そうなのかも知れないけれど。
だからって防ぎようのないことなんじゃないだろうか?
どんなに気を付けていたって、その状況でライブをしていたらそれは誰にでも起こりうることなんじゃないのか。

そう思ったけど、何も知らない俺が口出し出来るような話じゃないと思って我慢した。
ぐっと唇を噛むと、玲司さんの瞳が悲しげに揺れる。


「身体作りを怠ってたことは完全に俺の落ち度だし、例え倒れたとしても、それが全力を出した結果だったら俺は納得出来てたと思う。でも今日はそうじゃなかった」

「っ……」

「その曲が終わった後も、歌うこと自体は出来たけど、気持ちがぐらついたまま中途半端なパフォーマンスしか出来なかった。そのせいでファンをがっかりさせた」

「………」


がっかりしたかどうかはそれぞれの捉え方次第だ。
俺だったら実際にそのライブに参戦していたとしてもがっかりなんてしなかったと思う。
どうしたんだろうって心配はしても、期待外れだったとは思ってなかった筈だ。

ただそれは俺個人やファンの立場の意見で、玲司さんからしたらそうは思えないんだろう。
自分の立場に置き換えて考えてみたら確かに俺もそんな自分を不甲斐ないと思ってしまうかも知れない。

いや、俺はまだ良い。
俺は舞台俳優ではないから、何度失敗をしても最高のパフォーマンスが出来るまで何回でもチャレンジが出来る。
けれど彼は生の、一発本番のライブで結果を叩き出さなければいけない。
やり直しがきかない状況で、その一度に全てを賭けて、持っている力を出し切らないといけない。

俺が今までPBのライブを通して見てきた玲司さんは、俺の目には最高のパフォーマンスをしていたように見えていたけれど。
その裏で、彼自身やメンバーの人達は俺らには見えない葛藤を繰り返していたのかも知れないと思うと、俺は今まで以上に彼らのことを尊敬した。
そんな過酷な状況で常に最高を叩き出そうと努力している彼らが、俺にはやっぱり眩しいくらいに輝いているように思える。


「玲司さんの気持ちは、俺には分かってあげられないことなのかも知れません。だけど、俺達ファンは――」

「それが嫌なんだよ」


俺の言葉を遮った彼の声は、鋭く尖っていた。
聞いたことのないその声に驚きとショックを受け、はっと息を呑んだ俺の頬に、彼の手が添えられる。


「俺は今の話をメンバーにもバンド仲間にも、誰にもしてない。あいつらに弱音を吐きたくないのもあるけど、そうじゃなくて、俺はこの話を誰よりもお前に…葉太に聞いて欲しかった」

「ッ…!」

「お前は俺らのファンだから絶対俺のことを悪く言わないのは分かってた。だから迷ったけど、でも、……お前しかいなかったんだよ」

「………」

「ちゃんと反省して、次に繋げなきゃって、分かってるけど……今だけは…今だけで良いから、葉太に甘やかされたかった」


込み上げる幾つもの思いをその表情に浮かべた彼が、苦悩と葛藤の中に、捨て切れない甘えを乗せた声でそう囁いた。

彼が何を言いたいのか。俺にどうして欲しいのか。
言葉には表されていない彼の本心に、俺は気付くことが出来た。

そして俺はその思いに、彼の想いに、確かに応えることが出来る。


「玲司さん」


彼の名を呼んで、頬に添えられた手を握る。
その手をぐっと引いて、近付いた彼との距離をなくすように、そっと唇を奪った。

ぐっと開かれた彼の瞳に、微笑む俺の表情が映る。
それは誰がどう見ても、恋をしている人間の表情でしかなかった。


「俺は、玲司さんのことが好きです。PBのボーカルの瀬戸玲司じゃなくて、貴方自身が、好きです」


溢れる想いを包み隠さず声に乗せ真っ直ぐ気持ちを伝えた俺に、彼はその目を丸くさせて「…マジ…?」と気の抜けた声で訊ねた。
その反応も愛おしくて、この感情は一度溢れさせたら止まらないと知っていたけれど多分もう手遅れだ。


「今の話を俺に聞かせてくれたことも、玲司さんが他の誰かじゃなくて俺を選んでくれたことも、滅茶苦茶嬉しいです」

「…それは…」

「ファンとして、じゃないですよ」


先読みして否定すると、玲司さんの表情に期待の色が浮かび始めた。

期待なんかじゃなくて、確信して欲しい。
俺の気持ちが本物だって、ちゃんと分かって貰いたい。


「ただのファンでしかなかったら、キスも、それ以上のことも出来てなかったと思います。自分の中の瀬戸玲司像を、壊したくなかった筈なので」

「……でも、この前シた時はそんなこと…」

「あの時は他の人達のことも考えていたので、自分の気持ちに気付けなかったんだと思います」

 
玲司さんに告白をされた時の俺は、篤志さんと諒太さんと笹野先生からも同じように告白をされた状態だった。
恋愛とは何か、好きと言う感情がどんなものなのかをまだ理解出来ていなかったのもあるだろうけど。
その時の俺は皆を横に並べて見ていたから、一人一人の気持ちにちゃんと向き合い切れていなかったんだと思う。


「この前集まって話をした時に皆のことが好きだって言ったじゃないですか。あの時の気持ちが、今はハッキリとしたものになったって言うか」

「……じゃあ、今言ってくれた好きって言うのは、やっぱ皆もそうってこと…?」

「…それに関しては、ちゃんとした説明が必要になってくるんですけど…それは、玲司さんのことが好きって言った後にする話じゃないかも知れません」


それでも訊いてくれますか、と問うと、玲司さんは真剣な表情で「当たり前だろ」と答えてくれた。
それを当たり前だと言ってくれることは救いでしかなく、俺もただ一方的に伝えたいと思うことを止めてそうなるに至った経緯を落ち着いて話すことにした。




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あきゅろす。
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