7 それから武内さんによって下着とズボンを履かせて貰い、身なりを整えたところで話が仕事の話題に戻った。 「そう言えば、この前のドラマの再出演が決まったんだって?」 「あっ、そうなんです…!俺も話を聞いた時は吃驚したんですけど、監督が脚本家の方に相談してくださって、わざわざ脚本を書き直してくださるみたいで」 「それは結構凄いことだよ。そこまでさせるくらい響く演技だったってことだろうから」 …それは、どうなんだろう。 確かに良い評価は貰えたとは思う。 でも、あの短いシーンの撮影だけで俺の為にそこまでして貰って良いものなのか。 勿論、マネージャーからその話を聞いた時は驚きと喜びで胸が一杯になって、一日中演技の練習に取り組むくらいやる気にはなっていたけど。 俺はまたその期待に応えられるだけの演技を披露しないといけないと思ったらプレッシャーはある。 武内さんはそんな俺の考えを全て見透かしたかのように、優しく微笑みながら頭をぽんぽんと撫でてくれた。 「自信は持つものじゃなくて湧いてくるものだからね。今は多少のプレッシャーを感じていたとしても、これから河原くんがどう努力をするかで気持ちは変わっていくだろうから。焦らずに、やるべきことをやれば良いと思うよ」 「ッ………」 「その期待にも、”応えてやろう”じゃなくて”超えてやろう”と思えるようになれば言うことはないね。河原くんも、そこを目指して頑張ってきたんでしょ?」 これまでの過去の経験は、既に俺の自信へと繋がっている筈だ。 武内さんに掛けられたその言葉が、俺の役者としての魂を奮い立たせてくれた。 「ありがとうございます。いや、そんな言葉じゃ足りないくらいなんですけど、今貰えた言葉のお陰で滅茶苦茶やる気と勇気を貰えました」 「それは良かった。”俳優の河原葉太”には僕も期待してるから。事務所は違うけど、僕に出来ることがあったら何でもしてあげたいと思ってるよ」 それも本気なんだろう。 凄く有難いことではあるけど、仕事に関しては武内さんの手を借りるのは流石に申し訳ないと言うか、直接彼を頼るのは違う気もする。 「次のシーンもラブシーンなの?」 「あ、それは違うみたいです。まだ本は貰ってないですけど、本田さんの役の女性と別れるシーンを追加するみたいで…ってこれ、言っちゃ駄目なヤツですよね」 普通に答えてしまった後でそれはあまりよろしくないことだと気付いた。 武内さんに謝るのも変な話かも知れないけど「すいません」と言うと彼からも謝罪の言葉を掛けられる。 「いや、ごめん。訊いたのは僕だから今のは僕が悪い」 「ああいや、それは…」 「まあ本田が出てるから特に問題はないけどね。前回の撮影だって本当は見に行くつもりだったんだよ」 「えっ?あ、そう言えば、スタジオに来られてましたもんね…?あれってそう言うことだったんですか?」 「そう。ギリギリ間に合わなくて残念ながら見ることは出来なかったけど、誠の拉致には間に合ったからそっちは良かった」 拉致……俺はあの後拉致される予定だったのか… そう言えば誠くんがあの後どうするつもりだったのか聞いていなかった。 何の話をしようとしていたのかは…何となく分かるけど。 でも、もし武内さんに見つかっていなかったらこんなことにはなっていなかったかも知れないんだよな。 全員で集まって話し合う、なんて状況は生まれていなかったかも知れない。 いや、生まれる筈がなかっただろう。 俺が招集でもかけない限り集まるようなことにはならなかっただろうし、俺が自らそんなことをしていたとも思えない。 だとしたら武内さんのお陰で… 「誠のこと考えてるでしょ?」 「えっ…?あっ、いやっ」 「僕が出した名前だから今のも僕が悪いけど。でも、そんなにも堂々と――」 「違いますっ!」 不快そうに眉を顰める武内さんの言葉を遮って否定した。 確かに初めは誠くんのことも考えてしまっていたけど、それがきっかけで気付けたことがある。 「あの日武内さんが俺達を見つけてくれなかったら、俺達の関係は今とは違っていたんだろうなって、考えてました」 「……それは、どうだろうね」 「少なくとも今のこの状況はなかったと思います。あの日は色々と偶然が重なり過ぎて怖いくらいでしたけど、その始まりを作ったのが武内さんだったって思ったら、しっくりくるなって思って」 「…どうして?」 「だって、俺との出会いは運命だって言ってくれたじゃないですか」 そう言うと、武内さんの表情に驚きの色が浮かんだ。 武内さんが本気で口にした言葉だと思ったら俺にはそれが事実のように思えてしまう。 そしてそれは、彼が持つ不思議な、そして確かな力でもあるような気がするんだ。 「こうなるべくしてなった、ってこと?」 「そうじゃないかなって。武内さんの望む形では、なかったみたいですけど」 「…そうだとしたら、僕は自分の運命に誠や瀬戸くんまで巻き込んだってことになるよ」 「いや、多分そっちは…」 俺の運命だと思います、と言って苦笑すると、武内さんが呆気にとられたような表情を見せた。 それから直ぐ、俺と同じように苦笑を浮かべて「狡いなあ」と漸くその言葉を口にする。 「俺もそう思います。でも、そう思わせてくれませんか…?武内さんと俺の出会いは、俺達二人だけの運命なんだって」 「……へえ。意外と狡猾な子なの?」 「こうかつ………狡いって、ことですか?」 その言葉の解釈に自信がなくて訊ねると彼の口から苦笑が漏れた。 「君はそう言う子だった」と言って呆れたように笑われ、俺も少し恥ずかしくなる。 「俺、勉強も必要ですかね…」 「しないよりはした方が良いとは思う。個人的には、河原くんは少し馬鹿なくらいが可愛くて丁度良いと思ってるけど」 「それ、上條さんにも……」 と、馬鹿な俺はうっかりその名前を出してしまって、慌てて口を塞いだけどもう遅かった。 にこり、と張り付けられた笑みが業務上のそれに変わってしまっていることに気付いて思わず後退りしてしまう。 「今のはわざと?」 「ッ、すいませんっ、今のは完全に失言でした…っ」 「そうだよね?僕にとっては誠よりも彼の方が不満の対象になるってことに、気付いてない訳ないよね?」 「えっ?そっ…そう、なんですか…?」 気付くも何も、そんなこと考えたことすらない。 この前集まって話をしていた時は最後の方で変な空気になっていた気がしなくもないけど。 武内さんと上條さんって…俺から見たら少し似ている部分がある気がするんだけどな… 「上條さんのこと…苦手なんですか…?」 「苦手、…まあ、そうだね。扱い辛い。心理戦を挑んでも彼には手を焼いてしまいそうな気がする」 「………上條さんと戦うことなんてあります…?」 「ないとは言えないでしょ。僕たちがライバル関係にあることは変わりないんだから。蹴落とそうとまでは考えてないけど、減る分には有難いと思うのが普通じゃない?」 …そうなのか。 その辺はそれぞれ考え方が違うみたいだ。 まあそりゃそうか。 上條さんもそんな感じだったし、全員が全員篤志さんみたいな考えを持ってくれる訳がないもんな。 「成る程。でもまあ、お二人が会うことはないと思いますしね」 「そうなのかな。絶対にない、とは言い切れないんじゃない?」 「え……止めてください。変なフラグ立てないでください。武内さんが言ったら本当にそうなりそうで怖いです」 「何が怖いの?」 「えっ。武内さんと上條さんですよね?無理ですそんなの。吐きます」 「どう言う意味」 どうもこうもない。そのままだ。 その二人の場合は夢の共演じゃない、悪夢の共演だ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |