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その言葉の意味は武内さんも理解してくれたようだった。
それは結局以前と何も変わっていないのではないかと言われたのでそれは違うと否定する。


「好きかも、じゃなくて、好きだなってちゃんと思ったんです」

「だから、……それは、どうしてなの」


どうして、と訊ねる武内さんはそれまでと違って穏やかな表情をしていた。
とくん、と心臓が脈打って、この部屋に二人きりになった時の感覚が俺の胸に蘇る。


「その理由は、全部話しても良いですか?」


手を握りながら訊ねた俺に彼が小さく頷く。

どうして好きだと思えたのか。
それは一言で終わらせられるような話ではない。


「武内さんは俺からしたら完璧過ぎる人で、俺の考えてることなんて全部分かっちゃうんだろうなって思ったら、最初は正直怖かったです」

「怖い…?」

「…何も言わなくても伝わっちゃうって、怖くないですか…?俺が分かりやすいのもあると思うけど、全部見透かされてるって思うと…」

「確かに河原くんの反応を見ればある程度の心情は読み取ることが出来るけど、でも、考えていることが全部分かる訳じゃないよ。それこそ言葉にして貰わないと、僕だって分からない」


そう訴える彼は真剣な表情をしていて、その中に少しの困惑も含まれているように見える。
俺にそう思われていることを不本意に感じているんだろうと思う。

武内さんの場合は俺とは逆で、言葉よりもその表情こそが彼の心情を読み取る上で重要かつ貴重な材料になる。
それを中々与えてくれないから、俺が一方的に暴かれてしまっているような感覚になって少し怖いと思ってしまっていた。

でもそれは最初の話であって。


「今はそんな風には思ってません。寧ろ逆です」

「逆?」

「はい。武内さんが完璧な人って言うのは今も思ってますけど、でも…それが崩れることもあるんだって、知っちゃったから」

「………」

「それで、それは多分…武内さんのことをよく知ってる人達でも、知らないことなんじゃないかなって…思って…」


俺だけ、ではないのかも知れないけど。
彼の表情を崩すことが出来る人は限られていると思う。

そうだね、と言って彼が息を吐くように微笑む。
その表情を、彼がこんな風に感情を出して笑うことが出来ると言うことを、他の人には知られたくないと思ってしまった。


「仕事に私情を挟むような人じゃないのに、俺がそうさせてしまってるんだって思ったら…胸がきゅって、苦しくなって……苦しいけど、それは嬉しいって感情で…」

「………」

「でも、電話だと顔が見えないから…それだと嫌だなって、思って……俺はちゃんと貴方の目を見ていないと…不安になる、って言うか…」

「………」

「さっきやっと二人になれて貴方の目を見た時、色んな感情が溢れて……それは全部…俺が貴方のことが好きじゃないと…説明出来ない感情で…」

「………」

「…すいません、何言ってるか分からないですよね。俺こう言うの、言葉にするのが苦手で――」

「もう良いよ」


それ以上言わないで、と思い詰めたような声を出しながら、俺の手を振り解いた武内さんが力のこもるその腕で俺の身体を抱き締めた。

顔が見えなくなってしまったけど、今なら分かる気がする。
何も言われなくても、武内さんがどんな感情を抱いてくれているのかが。

俺も彼の背中に腕を回して抱き着くと、俺を抱き締める腕に一層力が込められた。
それが嬉しくて、安心して、やっぱりそれが好きだと言う感情なんだと再認識させられる。


「まだ全部、言えてません…」

「良いって言ってるでしょ。もう伝わってるから」

「伝わってないです。だってまだ言ってないですもん」

「言わなくても分かるって言ってるんだよ」

「さっきと言ってること反対ですよ。これは言わないと分かって貰えません。いや、言っても分かって貰えないかも知れませんけど…」

「じゃあそれは言う意味がないんじゃないの?」

「っあります。あるんです。じゃないと俺…」


自分で言っておきながらその先を躊躇ってしまって言葉が途切れた。

今から俺は自分にとって都合の良いことを言おうとしている。
それを言えば許して貰えると心のどこかで思っているのかも知れない。
かも知れないじゃなくて、そうなんだと思う。

自分の卑怯な部分を改めて痛感したせいでやっぱり言うのは止めておこうかと思ったけど、でも、言わなきゃ何も始まらない。
俺がちゃんと口にしないと、俺の気持ちは全ては伝わらない。

前置きをすると余計に狡く思えるからそれは止めた。
だから、単刀直入に言わせて貰う。


「俺は武内さんが好きです。その好きの意味はさっき言った二人と同じだって言いましたけど、でも、それ以外は俺にとっては全く別物です。武内さんは武内さん、なんです」

「………」

「俺が貴方に会いたいと思ったのも、こうやって二人の時間を作りたいと思ったのも、それは貴方とだからです。貴方と会えなかったら別の人と会えば良い、とかそんなことは全く考えていません」


武内さんに会いたいと思った感情は事実で、もしこうして会えていなかったら俺は落胆してしまっていただろう。
そしてそれは次に彼に会える時まで消えない感情で、例えその間に別の誰かと会ってどんなに幸せな時間を過ごしたとしても、武内さんに対する気持ちが解消される訳ではない。


「河原葉太って言う人間は一人しか存在しないし、俺も何か変えてるつもりはないですけど、でもきっと、武内さんが見てる俺と他の人が見てる俺は違うんだと思います」

「………」

「それは武内さん側の見え方の話じゃなくて、俺自身がそうなっちゃってるってことで。好きの気持ちは一緒だけど、それぞれと向き合ってる時間はその人のことしか考えられなくて…誰とも比べられないんです」


都合が良いことを言って申し訳ないと謝ろうとしたけど、それも思い留まった。
その謝罪こそ何の意味も持たない。
しいて言うなら自分を正当化させようと言う気持ちの表れ、だろうか。
だとしたら尚更俺が口にすべき言葉じゃないと思った。

彼らの気持ちに応えると決めたのだから俺だっていつまでも無責任なことばかり言っていられない。
流されたとか、気付かなかったとか。
それは過去の話であって、今はもう気付いてしまったんだから、俺はその気持ちにちゃんと向き合わないといけない。

武内さんは社長に頭を下げてまで俺を守ろうとしてくれた。
俺はその気持ちにも応えられるような人間になりたい。
俳優としてもそうだけど、俺個人としてももっとちゃんと考えて行動出来る人間にならなければいけない。

また何も言わなくなってしまった彼の身体からそっと離れて、その顔を真っ直ぐに見つめる。
表情が消えていたから一瞬気持ちが揺らいでしまったけど、迷いは直ぐに振り払った。


「武内さんが、そんな俺でも好きだと言ってくれるなら、俺は覚悟を決めます。貴方との関係を周りに知られないように、中途半端な気持ちじゃなくて、ちゃんと自覚をもって行動するって約束します」


そうじゃないなら…と言い掛けたら彼の手で口元を覆われその先を無理矢理中断させられてしまった。
驚いて目を丸くする俺に彼が「実力行使は最終手段だから使いたくなかったけど、こうでもしないと黙らないから」と言って困ったように眉を垂らした。
その表情をぱちぱちと瞬きをしながら見つめることしか出来ない俺に、彼がそのままの状態で口を開く。


「覚悟とか、約束とか、その言葉はそんなに簡単に使って良いものじゃないよ」




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あきゅろす。
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