3 それでも、直前のマネージャーとのやり取りがあったせいだと思う。 俺が知らない武内さんの一面を見ることが出来ると思ったら、それは俺にとっては貴重な時間だった。 「仕事してる時の武内さんを見られる機会は滅多にないだろうから…勿体なかったなって、思ってます」 正直に理由を伝えると武内さんが少し困ったような表情を見せた。 そんなことを今更言ってみても仕方がないか、と思ったけれどそう言うことでもなかったようだ。 「河原くんがうちの所属だったら、幾らでも機会はあったのにね」 「っ……」 それこそマネージャーに言われていたことだったからドキッとしてしまった。 今の発言は恐らく冗談だろうけど、でも、もし本当にそうだった時のことを考えたら。 「俺がもしフロンスに所属していたら、武内さんとはこんな関係になれていなかったと思います」 「…確かに。それはそうかも。そうなってたら君のことを諦めないといけなかっただろうからね」 「…はい。俺も、武内さんはそうしてただろうなって思います」 だから、そうじゃなくて良かった。 彼の目を見てそう伝えると、頬に添えられている手が僅かに揺れた。 仕事の時の武内さんはどんな時だろうと完璧な態度をとることが出来るんだと思う。 その表情も簡単には崩れることはないんだろうし、隠すことに慣れている彼の本心を見抜くことは誰にとっても難しいことなのかも知れない。 でも、俺が彼とこうして目を合わせている時は、それが崩れる。 鈍感な俺でも、彼の心を読み取ることが出来る。 「武内さん」 「…うん?」 「俺のこと…好きですか…?」 そんなことを訊かれるとは思っていなかったのか、彼が驚いたように瞬きを数回繰り返す。 俺だってそれは訊く必要のないことだと分かっているけど、思い返したら彼の口から直接そうだと言われたことはなかった気がして。 欲しいとか、自分のものにしたいとか、そんな言い方しかされていなかったと思うんだ。 だから、って訳でもないんだけど。 何で俺がそんなことを言ったのか、多分武内さんは理解出来ていない。 それでも彼は、俺の求める言葉を、しっかりと感情を込めて伝えてくれた。 「好きだよ。こんなことをしてでも会おうとするくらい、僕は君のことが好きだよ」 その瞳だけじゃなくて、表情や声からも彼の気持ちが十分に伝わってきて、堪え切れずに口から熱い息が漏れた。 彼の手に自分の手をそっと重ね、感情のままに笑みを零す。 「俺も、こんなことしてでも会いたいと思うくらい、武内さんのことが好きです」 俺がそう答えた後、数秒の間に武内さんの表情がころころと変わり、最終的に表情が消えてしまった。 こんなに一気に色んな表情を見られるなんて多分恐ろしく貴重なことなんだろうな。 なんて、一瞬暢気なことを考えてしまったけれど、今の彼の表情は文字通り恐ろしい。 美形の無表情は相変わらず迫力がある。 「怒ってる、訳じゃないのは…分かるんですけど…」 「そうだね。怒る要素はなかった」 「…………冗談とかじゃないですよ?」 何故無表情なのかまでは理解することが出来なかったから、思い当たる考えを口にしたら彼の眉間に皺が寄った。 今度は怒らせてしまったみたいだけど不思議と無表情よりはマシに見える。 「あの、後で言うことじゃないかも知れませんけど、俺が好きなのは武内さんだけ…ではなくて…」 「それは知ってるよ。だから混乱してるんでしょ」 「えっ……混乱…してます…?」 「…そう見えてないなら良かったと思っておくよ。こんなに動揺したのは初めてだから感情の操り方が分からなくなってる」 「ええっ!?」 混乱どころか動揺までしているだなんて。 それが事実だとしたらそれだけで驚きなのに、全くそんな風に見えないから俺まで混乱してしまう。 「全然、そんな風には見えませんけど…」 「こんなことを口走ってる段階で正常ではないと思って貰ったら良いんじゃないかな」 「っ……」 これは確かに、動揺されていらっしゃるかも知れない… 難しいことを言う武内さんに苦笑を向けると突然両頬をむにっと挟まれた。 「んむっ」と間抜けな声が漏れ、その行動に驚く俺を彼が睨むような目で見てくる。 「僕が理解出来るように説明して」 「ッ……しっ、しましゅっ」 「ふざけてるの?」 「なっ…」 そんな理不尽な怒りをぶつけられてもっ…! 今のは完全に不可抗力だ。 いや、物理的にそうならざるを得なかっただけだ。 そして俺にそうさせたのは紛れもなく武内さん自身だ。 一先ず、俺の頬を押し潰す彼の手を強引に剥がして、これ以上弄ばれないようにと両方とも握り締めておいた。 すかざす指を絡めるように繋ぎ直されてしまったので驚いた後に表情を緩めたらまた睨まれてしまった。 何故睨まれるのかがさっきからずっとこれっぽっちも理解出来ない。 「俺と武内さんが両想いだってことは理解して貰えてますよね?」 「そうなった経緯を教えて貰わない限り理解は出来ない」 「…成る程。じゃあ、全部話すと長くなってしまうので、掻い摘んで説明しても良いですか?」 「その説明で僕が理解出来るとは思えないけど、良いよ。とりあえずそれで話してみて」 あれ?今ちょっと馬鹿にされた? とりあえずそれは気のせいだと思うことにして、こうなるに至った経緯を俺なりに要点をまとめて説明してみる。 「月曜日に俺の部屋で集まって話をした時から、俺はもう武内さん達に対する気持ちをある程度自覚していました」 「まあ、そんな話ではあったもんね。皆同じくらい好きだから決められない、みたいな感じだったんでしょ?」 「はい。でも俺、それがちゃんと恋愛としての好きって言う感情かどうかははっきりとは分かってなかったから、これからそれを確かめようと思ってたんです」 「そう。じゃあ、何がきっかけではっきりしたの?」 流石は武内さんだ、話が早い。 そこまでは難なく理解して貰えたようだけど、問題はここからだ。 「一言では説明出来ないんですけど、とりあえず詳しいことは伏せさせて貰って、」 「そこを伏せたら意味ないでしょ」 「っ、一回聞いてください」 それで駄目ならちゃんと話すと言った俺に、彼が渋々諦めたような顔をして「どうぞ」と言ってくれたのでとりあえずそのまま端的に話させて貰うことにした。 「月曜日に、俺は先ず上條さんに対する気持ちを確認しました」と報告の形で伝えると武内さんの表情が分かりやすく歪んだ。 今の彼にはもう隠そうと言う気がないのかも知れない。 分かりやすくなったのは有難いけどそれはそれで困ると言うか何と言うか。 「その次の日に、篤志さ…えっと、鈴鹿篤志さんに対する気持ちも、確認して…」 「それはその日に鈴鹿さんと会ったってこと?」 「っ…はい。そうです」 正直に答えると「…ふうん」とだけ返された。 もっと突っ込まれていたら困っていたけどこのまま続けて良さそうなのでその先を話す。 と言うか、今のでもう終わりだ。 「それから、今日…です」 「それは流石に端折り過ぎじゃない?まあ、ある程度の流れは分かったけど。流れが分かってもきっかけが何なのかまでは分からなかった」 「それは…」 こんな言い方をされてもあまり気分は良くないかも知れない、けど。 俺にはこの伝え方しか出来そうにない。 「上條さんと篤志さんに対して好きだと思った気持ちと、同じ気持ちを…武内さんに対しても…抱いたから…です」 [*前へ][次へ#] [戻る] |