1 七人のイケメン達とセフレ関係を結んだのが今週の月曜日。 その内の二人に正式な告白をしてしまい自ら関係を崩壊させたのが翌日の火曜日のこと。 水曜日は用事をしながら複数人とメッセージのやり取りをして一日を終わらせ、木曜日は朝一でマネージャーから朗報が入り、それが理由で終日演技の練習に励んだ。 そして金曜日の今日。 10時から所属事務所にて緊急会議の予定が入っている為、朝一番に俺は徒歩で事務所へと向かっていた。 緊急会議、なんて大層な言い方をしたけれど実際は会議でも何でもない。 口裏合わせ、と言った方が正直で良いかも知れない。 その内容は誠くんとの密会レッスンの件を口外しないように…いや、その事実を闇に葬ってしまおうと言うものだと俺は理解している。 参加者はその事実を知る俺とマネージャーと事務所の社長、そして誠くんの所属事務所の営業部長を務める武内雅巳さんだ。 その件に誠くんが関わっていることまではマネージャーと社長の二人は知らないけど、どんな経緯で俺が何の経験をしたかと言うことはその二人にも知られてしまっている。 その事実が公になってしまうと俺自身も多少の被害は被るだろうけど、俺なんかよりも誠くんの方が遥かにダメージを受けてしまう。 誠くんと同じ事務所所属の女優でそこに直接関与していた本田麻里子さんにも飛び火してしまったらもっと大変なことになるだろう。 有る事無い事書かれて騒がれるこのご時世で、それだけはあってはならないことだと言うのは新人の俺にもよくよく理解出来ることだった。 そんな機会を率先して設けてくれたのが他でもない、フロンスアーツ営業部長兼、俺のセフレ(一応)の武内さんである。 月曜に電話をした段階で彼とは意思の疎通が図れているので会議自体には何の不安もなく参加出来る…と思っているんだけど。 問題はその後なんだよなあ… 電話の際に自ら口にしてしまったのだ。 会議が終わった後に二人きりになれる時間を作りたい、と。 今思えば何て大胆なことを言ってしまったんだと少しばかり後悔しているが、後悔なんて比じゃないくらいに俺は今緊張と期待なんてものまでしてしまっている。 それは電話でその約束をした時のものとはまた別の意味も持っていて、そしてその理由を武内さんはまだ何も知らない。 俺が上條さんと篤志さんとのやり取りによって自分の気持ちをある程度自覚してしまっている、と言うことはその二人以外はまだ知らないのだ。 今日のそのある種の密会を武内さんがどう思っているかは分からないけど、俺には彼と会って気持ちを確かめると言う目的がある。 それがどうなるかが分からないから緊張も不安もあるし、ただ会えることに対して期待してしまう気持ちもある。 そんなことを考えている内に事務所に辿り着いた。 直ぐにマネージャーの元へ向かうと真っ先に、今日の会議のことではなく昨日電話で伝えられた朗報についての話を振られた。 「葉太ぁ!お前やりやがったなぁ!」 「っ……やりやがったって言い方だと、俺が悪いことをしたみたいに聞こえます、ね…」 「はあああ?お前もっと喜べよ!お前の実力が評価されたから貰えた仕事だぞ!?」 「ッ…それはだって…昨日の電話で散々喜んでたじゃないですか…」 「その熱量のまま来いって言ってんだろうが馬鹿!」 「痛っ…!」 興奮したマネージャーにバシッと頭を叩かれ、その理不尽さに唖然としてしまう。 何故俺が叩かれないといけないのか。 寧ろ撫で回して貰いたいくらいの状況なのに。 「酷いです前島さん…俺の頭が凹んでもっと不細工になったらどう責任とるつもりですか?」 「良いか葉太。お前は不細工じゃない。普通よりちょっと可愛い、がお前の正しい評価だ」 「あんまり嬉しくない……てか前島さんは俺のことそんな目で見てたんですね…」 「そんな目って何だよ?誰がお前、武内みたいな野郎と一緒にしてんじゃねえぞ」 「ッ、しー!しー!」 周りに人がいるにも関わらずそんなことを口走るマネージャーの口を押さえつつ、今の発言は納得がいかなくてついマネージャーを睨んでしまった。 武内みたいな、って言い方も許せないし、あの人はマネージャーが思ってるような人じゃない。 それは俺が知らないだけかも知れないけど、少なくとも誰彼構わず手を出すような人じゃないことは確かだ。 「前島さんはあの人のプライベートを知ってるんですか?」 「いいや?でも良くない噂は何度か耳に入ってる」 「何ですかそれ。どんな噂が知りませんけど、事実かどうかも分からない噂を信じるんですか?」 「何だよお前、何でお前が向こうの肩持つんだよ」 「それはだって…」 マネージャーよりは俺の方が彼のことを知っているからだ、とは言えない。 でももしその噂とやらが事実なんだとしても、武内さんが悪く言われていると思ったら黙ってなんかいられなかった。 「わざわざうちの事務所まで来てくれてお詫びまでしようって言い出すような人ですよ?悪い人に思えますか?」 「それは立場上の問題だろ。仕事が絡むとあの人だって真面目にやるよ。つーか、あの人はそう言う人間だ。それで今の地位に就いてんだから」 「そうかも知れませんけど、…でもそれ、本人の前で態度に出さないでくださいよ?」 「んなことお前に言われなくても分かってるっつーの。俺だってあそことは良いパイプ繋いどきたいんだよ。それを無下にするような真似はしない」 「…そうですか。なら良いですけど」 あまり突っ掛かっても武内さんとの仲を疑われたら困るから俺もそれ以上は何も言えなかった。 マネージャーからは「お前も一人前の口の利き方が出来るようになったな」と小言を言われてしまったけどそれには素直に謝っておいた。 確かに立場も弁えず過ぎた発言をしてしまっていたかも知れない。 それから、マネージャーは出来る仕事を終わらせてから会議に出るとのことで、俺は先に会議室に行って待つことになった。 社長も直前に来るらしく、完全に一人の状態で約束の時間まで過ごすことになったんだけど。 もう直ぐ武内さんが来ると思ったら…落ち着いていられない… 会議中は悟られないように真面目な態度を取り続けないといけないと分かっているけど、何かの拍子にボロが出てしまわないか心配になる。 私情が絡むと演技が出来なくなる俺のその欠点がどうにかならないものか。 武内さんにも迷惑を掛けることになると思えば何とか乗り切ることは出来るとは思うけど… とりあえず彼に言われた通り彼の目だけは見ないようにしよう。 正面に座ることはないと思うから無理に視線を逸らす必要はない筈。 あとは俺の発言を必要最低限に留めて、出来るだけ他の三人に進行を任せてしまえば最後まで乗り切ることが出来るだろう。 その後のことも一応考えてはいるけれどそっちは何とかなる気がする。 それこそ今回の議題を上手く利用して二人で話すことがあるとか何とか言えば怪しまれないと思うし、その辺は武内さんも話を合わせてくれるだろう。 良くないことをしようとしているので罪悪感はあるけれど、少し二人で話すくらいなら許して欲しい…とこの時の俺は思っていた。 それから数十分後、その時は訪れる。 [次へ#] [戻る] |