17 × 比べられないのだと言っても伝わらないのならどうすれば良いのか。 それは葉太が理解しようとして出来ることではないのだが、胸に渦巻くもどかしさを葉太もどうにかして解消させたかった。 「何で誠くんに対してそんな感じなのかよく分かりませんけど、それなら誠くんよりも先に武内さんと会う予定も入ってますからね?」 仲間入りの順番で言うなら武内の方が先だ、と暗に伝えられた二人は見当違いな葉太の発言に愕然としてしまった。 この状況でよくもまあ追い打ちをかけるようなことが言えたものだ、と相変わらず感心してしまうくらいに発言が的外れである。 「…じゃあどうして武内さんの名前よりも誠くんの名前を先に出したのか教えて貰いたいよ」 「それは、武内さんと会うのは仕事だからで…」 「事務所は違った筈じゃなかった?」 「そうですけど、そこは色々あるんですよ」 「色々、ね。まあ確かに僕達が突っ込める話じゃないんだろうから訊かないけど、仕事で会うなら個人的な話は出来ないんじゃないの?」 「…………」 そこで葉太は墓穴を掘ってしまったことに気付くのだが、先程も言ったように気付くべき点はそこではない。 急に黙った葉太を見て上條と篤志は幾つか憶測を立てていた。 この感じなら個人的な会話が出来る状況が生まれることは確定しているのだろう、と言う鋭い推理をしながら。 そんなことを幾ら考えてみたって得することなどない、といち早く気付けたのは篤志だった。 「いや、もう順番とかどうでも良いし、合鍵も渡したい人全員渡したら良いと思うし、葉太くんにとって全員違って全員同じ、で良いよもう」 大切なのはそこじゃない、と言った篤志が再び葉太の手を取る。 「葉太くんが本当に俺のことが好きかどうか。俺はそれさえ事実として消えないなら他はどうでも良い」 「っ、本当です。本当に、篤志さんのことが好きです」 その手を握り返しながら真剣に答えた葉太に、篤志がふっと微笑む。 それから「上條くんは?」と言って決して自分だけで終わらせようとはしない篤志の優しさに葉太は胸を震わせた。 葉太が反対側にいる上條へと向き直ると、篤志と違って難しい顔をした上條が静かに口を開く。 「僕は鈴鹿さんのような寛大な心は持っていないから、これからも嫉妬はするだろうし、余計なことも言ってしまうと思う。それでも葉太くんは――」 「好きです」 それは葉太には最後まで聞く必要のないことだった。 答えた後にもう片方の手で上條の手を握った葉太が、彼に向けて穏やかに微笑み掛ける。 「もし不安ならその度に確認してください。何度だって答えますから」 そう言った葉太の手を上條はそっと握り返しながら、もう一度その口で「僕のことが好き?」と訊ねた。 その理由が不安だから、ではないことは葉太にも分かる。 ぶわっと溢れた感情が葉太の表情をたらりと緩ませた。 「好きです。上條さんのことが凄く好きです」 「…ありがとう。でもその顔は良くない」 「…良くないって何ですか」 「悪いってことだよ。鈴鹿さんにも見て貰ったら分かる」 何だそれ、と思っている段階でもう既に葉太の表情は変わってしまっていた。 篤志の方を向いた葉太がどんな顔をしていたか忘れて再現が出来ないと正直に伝えると、それを聞いた篤志が可笑しそうに笑う。 「真面目な葉太くんも可愛いし、素直じゃない上條くんも俺から見たら可愛いわ」 「止めてください。そうおっしゃいますけど、鈴鹿さんと僕は然程年齢が変わらないのでは?失礼ですがおいくつですか?」 「35だよ。上條くんの方が歳下でしょ?」 「…そうですね。僕は今年31です」 「あ、俺の方が歳下だと思ってた反応だね?それ。今の間はそうでしょ?」 「いや、…同じくらいなのかと思ってました。失礼しました」 上條の反応を見た葉太はやっぱりそうだよなと数回頷き、何故か誇らしげな顔をして篤志を見た。 年齢に関しては篤志も言われ慣れているので上條に対しても特に気分を害するようなことはなかったが、葉太が嬉しそうな表情で見つめてくるので理由は分からないが篤志もつられて頬を緩ませる。 「そんなに可愛い顔して見つめてたらちゅーするよ?」 「っ、篤志さんが格好良いなと思って…っ」 「えー?何それ。何か格好良いこと言った?俺」 「篤志さんは常に格好良いです」 キラキラと目を輝かせる葉太にすっかり気分を良くした篤志がさらりと葉太の唇を奪う。 本当にされるとは思っていなかった葉太が驚いて咄嗟に口元を抑えようとしたが両手が塞がっていることに気付いた。 それと同時に上條に手を引かれて葉太が反射的に顔を向けると、もう少しで触れてしまいそうな程の距離まで顔を寄せた上條がぶすっとした声で「僕は?」と訊ねる。 「かっ…上條さんも…格好良い…ですよ…っ」 「顔だけ?」 「ちがっ……中身も、全部…」 「全部?」 「っ…あ、あの…近過ぎて、…ちょっと離れてくれま――」 言い切る前に上條が葉太の唇を塞いだ。 ふに、と触れた後に舌で唇を舐められ、葉太の口からあられもない声が上がる。 「んんっ……ッ、何して…っ」 「さっきは我慢してあげたけど、その必要もなさそうだったから止めた」 「っ……え…?」 「キスしたい、と思ったらしても良いだろ?ってことだよ。恋人なんだから」 「なっ!」 そう言って無駄に色気のある表情で笑う上條に葉太の心臓が跳ね上がる。 「だから恋人じゃ…っ」と否定しようとした葉太に上條が再びキスをし、それを見ていた篤志が怒るでもなく寧ろ嬉々として参戦する。 「そうだよねー。恋人なんだからいっぱいちゅーして良いよねー。はい葉太くんこっち向いてー」 「え、……んっ!?」 顔を向けた瞬間に唇を奪われた葉太が目を見開く。 それににこりと微笑みかけた篤志が甘やかすような口付けを顔中に落とし始めた。 「ひ、…っ…あ、篤志さんっ…」 「うん?葉太くんも好きでしょ。キスだけでとろとろになっちゃうもんね」 「ッ!やっ…」 篤志の表情がそれこそ溶けてしまっているのが分かり、直視出来なくなった葉太が上條の方へ顔を背けた。 すかさず葉太の顎を捉えた上條が流れるような動作で唇を奪い、至近距離でふっと笑う。 「こっち向いたらこうなるって分からなかった?」 「ッ〜〜」 「ふ。困ってる顔も可愛いよ」 「照れてるんじゃなくて?耳まで真っ赤になってるよ」 ここ、と篤志の声が耳元で聞こえた直後、熱を持った耳朶をあむっと食べられてしまった。 ビクッと身体を強張らせながら甲高い声を出す葉太にスイッチを入れられてしまった篤志が葉太の耳を重点的に嬲り始める。 「っあ…や、…だ、め…っうぅ」 「駄目って顔してないけど。もっとして欲しいって正直に言ってあげたら?」 「違っ…そんなことっ…」 「じゃあキスも止めようか?」 「っ……」 「止めたくないよねえ?意地悪ばっかしないでって言ってやりなよ」 「葉太くんが苛めて欲しいって顔してるからだよ。実際に興奮してるんだろ?」 前後から真逆の攻撃を受けて葉太もたじたじになってしまった。 このままじゃ死んでしまう…!と本気で思った時、葉太の元へ救世主からの連絡が届く。 音のしたスマホへ目を向けた葉太がここぞとばかりに「マネージャーかも知れないのでっ」と叫び、二人の間をすり抜けスマホに飛びつく。 助かったぁ…と安堵したのも、残念ながら束の間の出来事だった。 相手を確認した葉太がうっかり口からその名を零してしまう。 「あ…笹野…先生…」 その名を聞いた後ろの二人が鋭い反応を示したことに葉太はまだ気付いていない。 そしてその数秒後、返信をしても良いかと確認の為に振り返った葉太がはっと息を飲む。 「今更だけどモテモテだねぇ、葉太くん」 「でも、恋人を放置して別の男と連絡を取るのは重罪だよ。しっかり反省して貰わないと」 こっちにおいで、と手招く二人が葉太には死神のように見えていた。 この時葉太は瀕死を覚悟すると共に、次からは絶対に二人以上とは同時に会わないと言う誓いを立てていた。 それは全く無駄な誓いだったと言うことは、また後々語られることになるだろう。 [*前へ] [戻る] |