12 「篤志さんだけ、なんです……自分から…セックスしたいと思って…誘ったのは…」 僅かに羞恥の混ざる声を震わせ、熱のこもる瞳で見つめながら伝えられた言葉は、篤志の身体を異常な速度で加熱させた。 セックスなんてしなくても良いとまで思っていたのは強がりでも何でもなかった。 篤志は決して無理に我慢をしていた訳ではない。 けれど、こんなにも一心に気持ちを煽られてしまったら我慢とかそんなレベルの話じゃなくなってくる。 篤志の胸の奥に潜んでいる加虐心にも似た感情が、首を擡げてしまいそうになっていた。 「葉太くん、一回俺のこと殴って」 「ッ!?えッ!?」 「お願い。早くしないと襲っちゃうから」 「なっ、いっ嫌ですっ!何でそんなことっ」 「何でって。じゃあさ、葉太くんだって俺のがどうなってるか知ってるくせに、よくそんなこと言えたよね?ねえ。これ、どうなってるか分かってて言ってるんでしょ?」 言いながら篤志が緩々と腰を動かし始めた。 お陰で葉太の頭はすっかり混乱してしまっていた。 篤志の中で何がどうなってそんな発言に至ったのかがまだ理解出来ていないのに、押し付けられる昂りに身体の熱が煽られてしまい思考が正常に働かなくなる。 「一緒に握って扱くのがしたいんだっけ。アレめちゃくちゃ気持ち良かったもんね」 「篤志さっ……んっ…」 「でもさあ、出せば良いってもんでもないよねえ?次いつ会えるか分かんないのにさあ、それまでお預け食らうんだよ?俺だけ」 言った後に篤志は上條のことを頭に思い浮かべ、一昨日の彼もこんな気持ちだったのかと思ったら少し同情してしまった。 それでも今の篤志とは状況が違い過ぎる。 想いを確かめ合った直後なのに、一番感情がピークに達するその状況で身体を繋げることが出来ないのだ。 おまけにそのもどかしい苦痛を暫くの間味わわなければいけないのは篤志だけで、葉太には他に相手がいるときた。 葉太を責めたい訳ではなくとも、したくもない予想をして遣る瀬無い気持ちを抱いてしまうのは無理もない話である。 そんな篤志に対して、その言葉の意味を理解した葉太が「ごめん、なさい…」と謝罪の言葉を口にした。 それが篤志の心に火をつけてしまったようだ。 「ごめんなさい、か……悪いと思ってるなら、もっとちゃんと反省して貰おうかな」 「っ…え…」 「お尻は使わないけどそれ以外で、葉太くんの頭が可笑しくなっちゃうまでずーっと気持ちいいことだけしてあげる」 「ッ!!」 「でもその代わり、俺が満足するまでイかせてあげない」 「!?……そ……そんな…」 「俺の気持ちもちゃんと理解して貰うから」 この身体で、と囁いた篤志を葉太が茫然と見上げる。 それまで緩やかに微笑んでいた篤志の様子が一変し、隠し切れない激情を放ち始めた。 イかせないと言われたことには絶望めいた感情を抱く葉太だが、篤志のその一面を目の当たりにしたことに関しては寧ろ興奮を覚えてしまっていた。 溶けるように甘く優しく、余裕もあって穏やかな篤志が、今まさに牙を剥こうとしているかも知れない。 そう思うと葉太は、己の身体の奥底の方が疼き始めたのを自覚してしまい、ぐっと唇を噛んだ。 *** 「初めての時もこうやって、…ん…俺に指をしゃぶられて…気持ち良くなってたよね?」 「っう…うう…」 「その時は我慢出来なくてオナニーしちゃってたけど、今日は駄目だよ?どうしても触りたくなったら乳首にしてね」 葉太の指に舌を這わせながら篤志が意地悪を囁く。 篤志からしたら軽口を叩いた程度のことだったが、葉太がそれを本気にしてしまった。 と言うより、単純に我慢が出来なくなっていただけである。 空いていた方の左手をそろそろと自身の胸元へ持っていき、僅かに主張していた突起に指を触れさせた葉太を見て篤志も思わず笑ってしまう。 「ホントにそんなことしちゃうくらい我慢出来なくなってたんだ?それとも葉太くんって、本物の変態さん?」 「っ……言わない、で…ください…っ」 羞恥で瞳を潤ませながら訴える葉太に篤志も刺激され、普段なら言わないような台詞が口から飛び出る。 「だってそうでしょ。指舐められながら自分の乳首弄って感じちゃってる子なんて見たことないもん。そんなの葉太くんだけだよ」 「ッ………」 恥ずかしい台詞を言われて興奮する気持ちと、篤志の過去に対する嫉妬のような感情が葉太の胸で入り混じる。 そこに恋愛感情はなかったとは言え、今まで篤志がどれだけの男性を相手にしてきたのか。 どんな風に接して、どんな風に快感を得ていたのか。 その表情もその仕草も、同じものを他の人達にも見せていたのか。 初めの時はそんなことは考えもしなかったのに、今となってそれをぐるぐると考え始めた葉太は、先程とは全く違う種類の苦しさを抱いて胸が張り裂けそうになっていた。 「…そんなこと……言わないで、ください…」 その台詞は二度目だったけれど、羞恥しか含まれていなかったように聞こえたその声が今度は今にも泣きだしそうなくらい震えていることに気付いた篤志がふと動きを止めて葉太の顔を覗き込む。 「どうしたの」と投げ掛けた篤志の声は、自然と柔らかな音に戻っていた。 葉太もそれを感じ取ったようで、迷いから閉ざしていた口をゆっくりと開いてしまう。 「……篤志さんが…」 「うん?」 「…他の…男の人と……してたのを…」 「……、うん」 「…考えたく…ないです…」 「…………」 自分で言っておきながら葉太はどの口がそんな台詞を吐いているんだと自己批判していた。 言ってしまったのでもうなかったことには出来ないが、上條に対しても同じことをしてしまっていたことを思い出すと余計に己の浅ましさを痛感してしまう。 篤志が何も言わないのでそれが余計に葉太の不安を煽ったが、この時篤志は心の中で葉太とは全く別のことを考えていた。 葉太のそれが嫉妬だと言うことは確認するまでもない。 その事実は篤志にとっては感動する程に喜ばしいことだったが、葉太の嫉妬の対象が男性限定になっていることが篤志に得体の知れない高揚感を抱かせてしまった。 女性だったら良いのか。何故男性だと駄目なのか。 ちゃんと確認したいけれど、それもまた意地悪になってしまうと思ったら篤志にはそれを口にすることは出来なかった。 「ごめん。余計なこと言ったね。恥ずかしがってる葉太くん見たら興奮しちゃって。危うく変な扉開いちゃうところだった。慣れないことするのは止めるよ」 「っ……そっちは…別に……と言うか、俺こそすいません…そんなこと言って…」 「ふふ。俺は嬉しいよ?葉太くんに嫉妬して貰えるなんて光栄だもん」 「う……すいません…誰が言ってるんだよって、思いますよね…」 「ん?……あー。そっちは全然考えてなかった。でもそっか。それもあったね」 そう言って篤志が納得したような反応を見せるので葉太は余計なことを言ってしまった…と後悔していたが、篤志は寧ろ嬉しそうに笑っていた。 葉太が伺いの視線を向けると、篤志の口元が悪戯っぽく弧を描く。 「一つだけ意地悪言ってもいい?」 「えっ………何…ですか…?」 「今ので葉太くんも俺達の気持ちが分かったかなーって。俺だって流石に、他の人のこと考えてる葉太くんなんて見たくないから」 「ッ……」 篤志の発言が昨日皆で集まって話していた時の内容をなぞっていると言うことは葉太にも分かった。 話題にでも上らない限り、篤志といる時の自分は目の前にいる篤志のことしか考えられなくなる、と言おうとした葉太だったが篤志の話はまだ終わっていなかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |