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合鍵は次に会った時に渡すと言われ、瀬戸との通話も何とか無事に終了させることが出来た葉太だったが。
「俺まだ裸じゃんっ!」と、今になって漸く気付いた葉太が慌てて着替えを身に纏う。
未だ水気を含んでいた髪の毛も適当に乾かし時刻を確認したところで、ふとテーブルの上に置いてあった上條の部屋の鍵が目に入った。

瀬戸の合鍵の件があるからだろう。
今晩上條が鍵を取りに来ると言うそのシステムに煩わしさを抱いてしまうくらい、葉太は合鍵のメリットを既に体感していた。
確かに色々と楽だな、と思ってしまう。

とは言っても、葉太は受け取る側にはなれても預ける側にはなれそうにない。
葉太の所持するこの部屋の合鍵は一つしかないのだ。
それを誰かに渡すと言うのは恐らく不可能だろう。
そのせいで余計な争いが勃発してしまったら困るのは葉太である。

やはり瀬戸の言うように合鍵に関しては触れない方が良いのかも知れないと言う結論に至った葉太は、瀬戸と秘密を共有する覚悟を決めた。
秘密事は葉太も積極的に作りたいものではなかったが今回はやむを得ないだろう。

そんなことを考えていたので瀬戸と電話をする前に抱いていた不安のことなど葉太の頭からはすっかり消えてしまっていた。
気にするのを止めようと思えたのは瀬戸のお陰だが、今の葉太はそのこと自体を忘れているのだ。

それから数十分後。
インターホンが鳴ってモニターに篤志の姿が映し出された時、葉太は忘れていた感情を全て一気に思い出すことになる。

解錠してしまったのでもう数分もしない内に篤志は現れるだろう。
どうしよう、どうしよう…と意味もなく部屋の中をうろつく葉太だったが、とうとう玄関の前まで篤志がやって来てしまったので腹を括らざるを得なくなった。

頑張れ、俺…

緊張で震える手を動かしドアを開けると、その先でゆるりと微笑む篤志の表情が目に入る。
篤志だ、と思ったら葉太の身体から緊張が消えた。
気の抜けた表情で微笑んだ葉太が篤志の名を呼ぶと、葉太の身体を玄関へ押し込むような勢いで中に入ってきた篤志がそのまま葉太を抱き締めた。


「っ!?篤志さんっ?」

「ごめん、早速手出しちゃった。でも、抱き締めるくらいは許して」

「ッ………」


声は落ち着いているように聞こえるが、その行動と言葉から葉太も篤志の心情を読み取ることが出来た。

許すも何も、拒絶する理由など葉太にはない。
寧ろそんなことすらして貰えない方が困る、と思っていた。
篤志に対してもそんな風に思うと言うことは、つまりそう言うことなんだろうな…と葉太は自分の気持ちを確認する。


「篤志さん。ちょっと話したいことがあるんですけど…」

「うん?」

「一旦、向こうの部屋に行っても良いですか」

「ああ、うん、そうだね。ごめん」


そう言って葉太から離れた篤志が、自分が靴すら脱いでいなかったことに気付いて苦笑する。
昨日はここに無数の靴が並べられていたなあと思い返しながら、二日連続で葉太と会えていることに篤志は再度喜びを抱いていた。
それは部屋の中に入ってからも続いていたが、葉太が昨日と同じく床に座ろうとするので篤志はその腕を引いてベッドの縁にそっと腰を下ろさせた。


「痛いでしょ、お尻」

「ッ!……あの……」

「隠さなくて良いから。そのまま横になってても良いんだよ?」

「っ………」


何も言っていないのにどうしてそこまで分かるのか。
電話の時もそうだったが篤志の優しさは全て葉太の反応を見越した上でのものだった。
それはまるで甘えて良いと言われているかのようで、葉太も実際にそうしてしまいたくなる。


「確かに…横になってた方が、楽かも知れません…」

「じゃあ遠慮してないでそうしなよ。心配しなくても状況は把握出来てるから。俺がいるからって無理するのは駄目だよ?」

「っ……遠慮…しなくて良いですか…?」

「うん?うん。そう言ってるよ?」

「……じゃあ、篤志さんも…一緒が…」


良いです…の部分は殆ど消え入りそうな声だったが、篤志の耳にはちゃんと届いていた。
それには篤志も己の耳を疑ってしまったが、葉太の表情を見てはっと息を呑む。


「…、いやいやいや。違うよね。今のは添い寝してって意味だよね?」


それもそれでどうなんだ、と思う篤志だったが「あ…そう言えば良かったんですね…」と言う葉太の呟きを聞いて思わず自分の額を押さえた。
添い寝と言う言葉すら出てこないレベルの恋愛初心者にHPを削られまくっている自分とは一体…と嘆いてしまう。


「添い寝、して欲しいです」

「いや、あのさ。言っとくけど添い寝は限りなくアウトに近いからね?ベッドの上に一緒に寝るんだよ?分かってる?」


するけど、と最後に篤志が付け足すと、葉太が嬉しそうに表情を緩ませた。

いつもの篤志なら即行押し倒していたところだが、可愛過ぎて逆に無理、と言うある意味神秘的な体験をさせられて彼も相当困惑していた。
セフレ関係の相手にセックスはしないと堂々宣言し、自分以外の別の男に抱かれて疲弊した身体を直接的に労り、生殺しの状態を味わうと分かっていながら求められたことに応える。
これは本当に俺か?と篤志も自分の行動に疑いを持ってしまうレベルなのだが、篤志のような男にすらそうさせてしまう程の存在だと言うことを本人が自覚していないのが辛い。

一体どう言うつもりで添い寝など求めてきているのか。

その要求に応えた後になって、篤志は漸く抱くべき疑問を抱いていた。
それを訊ねるべく「葉太くん」と篤志がその名を呼ぶと、篤志の胸元に向けられていた視線と間近で絡まる。
これは非常に危険だと判断した篤志が葉太の顔をその胸元に押し付けるように抱き寄せて己の視界から無理矢理消した。
篤志の目的はそれだけだったのだが、突然そんなことをされた葉太の方は堪ったもんじゃない。


「あ、篤志さん…っ、これも…添い寝、なんですか…っ?」

「それは何の為の質問?誰がどう見ても添い寝だと思うけど葉太くんには何に見えてるの?」

「っ……えっと……」


誰がどう見ても添い寝、であるならば言う必要のないことかも知れない。
葉太もそう思ったが、訊かれたので一応答える。


「何に見えるとかでは、ないんですけど……こんなにドキドキするものとは…思わなくて…」

「…………、俺のこと試してる?」

「…試す…?」

「聞こえてない?俺の心臓の音。めちゃくちゃ煩いと思うんだけど」

「え…」


そう言われてから初めて意識した葉太が篤志の胸に耳を傾ける。
ドク、ドクっと聞こえてくる音は確かに力強くは聞こえるが、葉太は自身の心臓の音の方が余程煩いと思った。


「俺の心臓の方が煩いと思います…」

「……あー」


葉太が正直に打ち明けると頭上で篤志が唸った。
自然と顔を上げようとした葉太だったが、それを拒むようにより強い力で胸元に顔を押さえ込まれてしまった。
これ以上は勘弁して欲しい、と思っているのはお互いだと言うことに両者とも気付けていない。


「こっ、こんなの…っ…困ります…っ」

「いや、困ってるのは俺の方だって」

「なんで…っ」

「何で?何でって、それ本気で訊いてるの?」


その台詞に対しては葉太も「本気だ」と正直に答えていただろうが、篤志の声から柔らかさが消えているのを感じ取ってしまって答えることが出来なかった。

怒っているのか、と思ったけれど、怒っている相手に対してそれを訊くと余計に怒らせてしまうことくらいは葉太にも分かる。
けれど、怒っているのなら抱き締められたままのこの状態は何なのか。
足りない頭で考えてみた結果、篤志の表情を確認したくて「顔が見たいです」と葉太が申し出ると「見たら終わりだと思うけど良いの」と返ってきた。
その声に諦めのような感情が含まれているのを感じて、もう一度葉太が「見たい、です」と答えると、拘束する力が弱まった。




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