4 武内との通話を終えた後、まだ連絡を返せていない相手が五人もいることに葉太は気が遠くなりかけていた。 とりあえず電話だけは回避しようと決め、初めは連絡が届いた順に返信をしようと思った葉太だったが、今は篤志への連絡を優先させるべきだと気付いて止めた。 早速篤志宛にメッセージを送ろうと、一先ず彼から届いたメッセージを開いて確認する。 『邪魔しちゃったらごめん。さっきは連絡待ってるとか言ったけど、冗談だから本気にしないでね?気も遣わなくていいから。休めるならゆっくり休んで。じゃあ、おやすみ』 と言う内容のものが、恐らく昨日篤志が帰宅したくらいの時間に送られてきていた。 こんな文章を送られて連絡しない人間がいるのだろうか、と、経験がないながらもそんな考えに至った葉太が『おはようございます。今何してますか?』とだけ打って送信する。 少し待ってみたけれど返信はなさそうだったので、他の人達への返信をしながら待つことにした。 ただいまの時刻は8時半過ぎ。 三森と笹野は既に業務に取り掛かっている頃だろう。 向こうからの返信は暫くこないだろうがこちらから送るのは問題ないだろうと思った葉太は先に二人からの連絡を確認することにした。 内容に目を通すと、昨夜の突然の訪問に対する謝罪と近々また会いたいと言う旨の文章が両者とも一時間前くらいに送られてきていた。 葉太は「あの二人らしいなあ」と気持ちを和ませながら、二人宛に朝の挨拶と仕事に対するエールを綴った文章を送信する。 お昼休憩になったら返信が来るのかなぁ…などと考えている自分に気付いた葉太が今更恥ずかしくなり、スマホを握り締めたままベッドの上に倒れ込んだ。 まるで付き合いたてのカップルみたいじゃないか、と思って恥ずかしくなったようだが、それも完全なる間違いだとは言い切れない。 実質そのようなものである。 ただし相手が七人いると言うことだけ目を瞑れば。 電話やメッセージのやり取りだけでこんなにもドキドキしたり気持ちを弾ませたりしていたらこの先どうなってしまうのか。 世の中の付き合いたてカップルは皆こんな状況を味わっているのか。 こんなのよく耐えられるな、などとも考えてしまっている葉太だが、どうやら自分の置かれている状況が極めて特殊なケースだと言うことを忘れてしまっているらしい。 例え彼らとこの先普通の恋人同士のような経験をしたとしても葉太の味わうドキドキは一般のそれと同じとは言えないだろう。 そんな風に思っているくらいが葉太にとっても彼ら七人にとっても丁度良いことなのかも知れないが。 さて、残るは誠と瀬戸だけである。 先に届いていた方の誠のメッセージから目を通した葉太は、早速お誘いの内容が書かれていたことに対して少し驚いてしまった。 来週の水曜日に会いたい、と書かれていたのだ。 昨日の誠との会話を思い出し、葉太は直ぐにスケジュールを確認する。 絶対に予定を合わせると言ってしまっている為、もし予定が埋まっていたら頭を悩ませることになる。 少し気持ちを焦らせながら予定を見てみると運良くその前後にしか仕事は入っていなかったので、葉太は心から安堵の息を吐いた。 ここまで悉くタイミングを逃してきていた二人に漸く天が微笑んでくれたのかも知れない。 逸る気持ちを抑えつつ『おはよう。その日は予定が入っていないので会えます』と送った後に「ちょっと素っ気なかったかな…?」と気になった葉太だったが、それから数秒も経たない内に既読がついた。 そして直ぐに『おはようございます。よかった。めちゃくちゃ安心しました』と言う返信が届く。 葉太もそれに返信し返すと、そのまま暫くやり取りが続いた。 『今は何してるの?』 『これから番組の収録があるのでテレビ局に向かってるところです』 『そうなんだ。頑張ってね』 『ありがとうございます。葉太さんは?』 『自分の家にいるよ』 『じゃあ、ちょっとだけでいいので電話したいです』 突然の申し出に葉太は「えっ…」と声を出して驚く。 動揺して返信が出来ないでいるところに誠から『流石に迷惑ですか…?』と伺いの文章が届いたので葉太も思わず『迷惑じゃないよ』と返してしまった。 それから直ぐにかかってきた電話に、葉太は動揺しまくりの状態で応答することになる。 「もっ、もしもしっ」 『…すいません。かけちゃいました』 「っ……だい、じょうぶ…」 いや、大丈夫ではないか…と思いながらも何とかして気持ちを落ち着かせようとしている葉太の耳に、誠の静かな笑い声が届く。 「え…笑ってる…?」 『すいません。葉太さんが可愛くて、つい』 「かっ!?えっ!?誠くん今って…っ」 『ああ、大丈夫です。マネージャーの車なので』 「あ、そうなんだ……っそれ全然大丈夫じゃなくない!?」 危うく安心しかけたが、マネージャーには聞かれていると言うことじゃないかと気付いた葉太が焦った声でそう叫んだ。 それでもやはり誠はクスクスと笑っているばかりだ。 「俺の名前は知らないかもだけどっ、かっ可愛いとかそう言うのは流石に変に思われるんじゃ…っ」 『変って?』 「えっ?それはだからっ……お、男同士だし…冗談でも…普通は言わないんじゃ…」 『冗談じゃないですけど。本気で可愛いと思って言ってますよ、俺』 「えええ!?」 誠があまりにも堂々と答えるので流石の葉太もその神経を疑ってしまった。 昨日口外はしないと約束したばかりで、更に言えばその約束を破ったら一番被害を被るのは誠だと言うのに何故自らそんな発言が出来るのか。 唖然とする葉太だったが、電話の向こうから誠以外の男性の声で『可哀想だから早くネタばらししてあげなよ』と言う台詞が聞こえてきて余計に混乱してしまった。 どう言うことなのか状況が飲み込めない葉太の耳に、再び誠の笑い声が届く。 『意地悪してすみません。俺のマネージャーは貴方と俺の関係を知っているので安心してください』 「……ええ……えええ……」 安心と困惑が入り混じった声で「それは早く言ってよ…」と嘆いた葉太に誠が再度「すみません」と謝罪をしてから苦笑を漏らす。 「いや俺…本気で焦ってたから…」 『はい。ごめんなさい』 「……知ってるって…どこまで…?」 『えっと……昨日の件は、流石に』 言葉を濁しながら答えた誠に、葉太も一先ず安堵の息を吐く。 そこまで知られていたらどうしようかと思った。 相手は誠のマネージャーとは言え、誠と葉太がセフレの関係になったと聞かされたら流石に黙っていないだろう。 葉太からしたらそれ以前の件を容認してくれている段階で俄に信じがたいことでもある。 「てか、さ。誠くんのマネージャーってことは、武内さんのことは…」 『あー、そっちは、はい』 「っ、だよね。ごめん」 誠のマネージャーは武内の部下にあたる人間だろう。 それを考えると、誠と葉太の本当の関係がバレることよりも武内との関係を知られてしまうことの方が色々とまずい気がする。 『まあでも、それはあの人がどうにかすると思うので、葉太さんは何も心配しなくて大丈夫だと思いますよ』 不安を抱く葉太に誠はそう言ったが、その言葉は葉太を安心させる為に掛けられたものではない。 誠にとって武内のことは今はどうでも良かった。 『てか今は、俺以外の人のことを考えて欲しくないです』 それが誠の本心で、それを正直に打ち明けられた葉太は今度こそ堪ったもんじゃなかった。 幾らマネージャーが多少なりと二人の関係を知っているとは言え、他人の前でそんな発言が出来るなんて葉太からしたら卒倒するレベルで恥ずかしいことだ。 電話の向こうでその発言を聞かされたマネージャーも誠の口からそんな発言が飛び出すとは思ってもみなかったことで、葉太と同じく絶句してしまっていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |