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「ただ、葉太さんのことが好きだと思ってただけです」
「俺もー。てか、見た目も込みで好きになって貰った方が嬉しいに決まってるしね」
「外見に関して言えば俺がこの方達に並べるとは思っていませんけど、貴方を想う気持ちなら負けません」
「私にとっては河原さんの評価が全てだよ。他の人達の評価は気にも留めていない」
「ま、イケメンで損することってあんまないよなー」
「惚れられる要素は多いに越したことはないからね」
「それと全く同じことを僕も昨日彼に伝えましたよ」
昨日、と聞いて葉太の頭にその時の情景が蘇る。
葉太自身がすっかり上條の存在に侵食されつつあることを悟ってしまった周りが「やってられるか」と内心毒づいて思い思いに立ち上がり始めた。
葉太はそれをきょとんとした目で見ながら「帰るん、ですか?」と誰にでもなく投げ掛ける。
それに対して条件反射のような速度で「帰って欲しくない?」と訊き返した篤志に誠がすかさず横槍を入れる。
「カウンター食らうのは篤志さんだけじゃないんですからね?せめてここから先は無傷で帰らせてください」
「あはは。そうだね。ごめん」
つい、と苦笑する篤志に溜息を零す誠。
二人のやり取りを見ても全くピンときていない葉太は篤志に対して「泊まりたいんじゃなかったの…?」などと考えている。
泊まって欲しいと思っている訳でもないが。
「流石に全員揃って出る訳にはいかないから、誠は僕と一緒に帰ろうか」
「分かりました」
「瀬戸くんは一人で帰れる?」
「何すかそれ、子どもじゃないんですけど」
そんなつもりはなかった武内だったが、ぶすっとしてしまった瀬戸を見て苦笑を漏らす。
そうじゃないと弁解し始めたところへ笹野がするりと割り込んできた。
「とは言っても君もまだ若いからな。瀬戸さんは私が途中まで送るよ」
「うわ、先生に子ども扱いされんのが一番堪えるわ」
「君も何かあったら困る立場だろう。もしかしたら息子も君達の音楽を聴いているのかも知れないし、帰りに少し教えてくれないか?」
「え、俺らのバンドのこと?それは勿論」
何でも訊いてよ、と嬉しそうに表情を輝かせる瀬戸を見て笹野も穏やかに微笑む。
流石笹野、と彼に感心しているのは一人や二人じゃない。
「じゃあ俺は三森くんに送って貰おーっと」
「良いですよ。今日は鈴鹿さんも無臭ですから安心して乗せられます」
冗談交じりにそう答えた三森に篤志が嫌そうな顔を向ける。
三森が香水系の香りを苦手としていることは篤志もよく理解しているが、その言い方はどうなんだと思ったのだ。
「無臭って言い方止めてよ。いつもは俺が臭いみたいじゃん」
「あ、すみません。そんなつもりはないです。一般的には良い香り、なんだと思います」
「いや何かそれも……ん、まあ良いや。三森くんのそれは仕方ないもんね。乗せて貰えるだけ感謝するよ」
「いえ、とんでもない」
小さくお辞儀をした三森を見て相変わらず堅いなぁと苦笑する篤志だったが、心なしか以前より雰囲気が柔らかくなったようにも感じていた。
それもきっと葉太と出会ったお陰なんだろうと思うと、向けた視線の先でぱちぱちと瞬きを繰り返しているだけの彼が篤志には憎らしく見えた。
憎らしいくらい彼にのめり込んでしまっている自分も自分で本当にどうしようもない奴だなと思った篤志は、さらっと三森の肩を抱いて玄関へと向かおうとした。
「じゃあ俺らがお先〜」
「えっ、あっ、ホントにもう直ぐ帰るんですねっ?」
葉太にとっては急な展開だったので驚いてしまうのも無理もないが、無傷で退散しようとしていた篤志からしたら呼び止めないで欲しかったと思ってしまう。
三森の肩を抱いたまま立ち止まった彼が葉太に向けてふっと微笑む。
「今日は譲ってあげるから、明日、俺に会いたくなったら連絡して?」
「っ!」
待ってるね、と付け足して再度微笑んだ篤志が、横で不服そうな顔をしている三森に「文句は車で聞くからさっさと帰ろ〜」と言って彼の背を押す。
その後、挨拶くらいさせて欲しいと申し出た三森が葉太と一言二言交わし、おやすみなさいと言い合ってから二人は一番に姿を消した。
その後ろ姿を見届けながら、最後に残るのは嫌だ、と思った残りの四名が直ぐさま二番手を奪い合う。
「武内さん、俺も早く帰らないと。明日も朝早いので」
「そうだね。次は僕達が出よう」
「待って待って。狡いっすよ」
「狡いって言われても」
明日も朝から撮影の仕事が入っているのは事実だ。
誠がそう答えると、他でもない葉太が申し訳なさそうに眉を垂らして誠に謝罪をした。
「忙しいのにこんな時間までごめん…」
「えっ…あ、いや、」
「気付いてあげられたら良かった…ホントにごめんね?もし明日の仕事に支障が出たら、どう責任を取ったら良いか…」
申し訳なさが募りまくって泣きそうになっている葉太を見て誠は己を呵責した。
葉太にそんな顔をさせてしまうくらいなら上條の存在など無視してしまえば良かったと後悔する。
「葉太さん、俺は大丈夫ですから。その、慣れてる…って言うか、そんなに大変だとは思ってないので、はい、大丈夫です」
「…ほんと?」
伺いの視線を向けてくる葉太に誠は頷きを返し、とびきり優しい表情を意識して微笑み掛けた。
葉太はそれで一先ず安心したようだが、そんな発言をしてしまったら当然彼が黙っていない。
「じゃあ遅くなっても大丈夫ってことじゃん。俺はまあ良いとしても笹野先生はお医者さんだからさ、」
「私も支障をきたす程のことではない、が。上條先生がいる手前、やはり堂々と遅くまで居座ることも出来ないからね。この場は先に帰らせて貰うよ」
瀬戸から受け取ったキラーパスを見事に処理した笹野が、二人揃って眉を顰める誠と武内に向かって丁寧なお辞儀をする。
「では、お先に失礼させていただきます。瀬戸さんは私が責任を持ってお送りいたしますのでご安心ください」
「…初めから心配はしておりません。が、うちの瀬戸を宜しくお願いいたします」
同じく丁寧な対応で応戦したものの、武内の表情は見るからに引き攣っている。
それには笹野も気付いてはいたが、瀬戸がまた何か余計なことを言ってしまう前にと先読みした彼が「行こう」と言って瀬戸の肩を叩いた。
「じゃあな、葉太。またすぐ連絡するから良い子で待ってろよ」
「は、はい…っ」
「私も、また連絡するよ」
「分かり、ました。お二人とも、お休みなさい」
「「お休み」」
二人揃って微笑まれる威力は先程の篤志と三森の時同様、葉太にとってはかなり強烈なものだった。
そうして、瀬戸と笹野は無事に穏やかな心情を保ったまま部屋を後にすることが出来たのだが。
一旦静かになった部屋で武内が早くこの空間から消えたいと不満を漏らすと、上條が「それなら僕達が消えましょうか?」と言い出した。
「はい?」
「僕の部屋に葉太くんを連れて行く、と言う手もあります。この部屋の鍵はどうにかして貰うとして」
「いや、…」
そう言うことじゃないだろ、と思ったのは武内も誠も、そして葉太も同じだった。
そろそろ限界だと言わんばかりの態度を示しながら、武内がネクタイを緩めて襟元を寛げる。
それには葉太もドキっとしてしまった。
その仕草のみならず彼から静かに放たれる負のオーラが妖しい色気のように感じ取れてしまい、葉太はすっかり視線のやり場に困ってしまう。
「この際なのでハッキリ言わせて貰いますけど、僕は今貴方に激しく嫉妬しておりますので、それ以上刺激しないでいただけますか」
「それは勿論、理解しています。僕は何を言われても平気なので、文句でも何でも言っていただいて構いませんよ」
「だからそう言うのが、」
「葉太くんの前だからと言って、我慢される必要もないと思います。寧ろ彼は喜ぶんじゃないでしょうか」
「は…?」
何を言っているんだ?と言う顔をする武内に、上條が視線で促す。
葉太を見てみろ、と。
武内が向けた視線の先には、気まずそうに、けれど見るからに頬を赤く染めた葉太が少しはにかみながら視線を彷徨かせていた。
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