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葉太を巡る争いは一旦全員がセフレと言う関係で落ち着き、これ以上議論の余地はないかと思われたが、実はあの後にはまだ続きがあった。
セフレ協定を結ぶみたいで嫌だと言っていた上條だったが、彼にも少し気になることがある。
「葉太くんに一つ確認しておきたいことがあるんだけど」
「…何ですか?」
「僕達は君からの連絡を待つ立場なのか、それとも君に会いたいと思えば会いに来て良いのか」
どっちなのか、と訊かれた葉太は暫く考え込むように俯いてしまった。
その返答を待つことが出来なかった篤志が直ぐさま口を挟む。
「連絡待つのはしんどいけどさ、上條先生は葉太くんと同じマンションに住んでる訳じゃん。会いたい時にいつでも会えるってなったら、一人だけ毎日会えるよね?」
それって狡くない?と不満を漏らした篤志に周りが一様に同意の姿勢を見せる。
葉太自身もそれを聞いて確かに、と思ってしまった。
ただ、上條だけはそれの何が駄目だと言うんだ、と思っている。
「それぞれが与えられた境遇に関しては言いっこなしなのでは?」
「それにしても、あまりにも不平等過ぎると思います。ただでさえ俺は、葉太さんに会う機会を作り辛いのに…」
「君の場合は僕達の存在は関係なくそう言う状況になっていたんじゃないの?それを理解した上で葉太くんに告白をしたんだろう」
「そりゃあ俺と葉太さんだけの関係で済むなら、いくらでも我慢しますよ。でもそうじゃないし、俺と会えない間に葉太さんが貴方達に…って思うと…」
そこまで言って悔しそうに唇を噛んだ誠を見て、葉太は早くも決心が揺らぎそうになっていた。
誠にこんな顔をさせてまで自分は己の欲望を優先させるのか、本当にそれで良いのか、と自問してしまう。
「誠くん…」
「河原くん、騙されたら駄目だよ」
揺れる瞳で誠を見つめていた葉太に、その思考をぶった斬るような発言をした武内。
え…?と僅かに動揺する葉太を見ながら「皆さんも」と付け加えた武内が、その発言の理由を口にする。
「栗原誠はうちの事務所が誇る、確かな実力のある俳優です。その演技力にまんまと騙されないように」
「「え…」」
武内のその発言を受け皆が一斉に誠へ目を向けた。
疑うような視線を一心に浴びた誠が、うんざりした表情で大きな溜息を吐く。
「それ、俺が何を言っても言うつもりですか?それこそ狡いですよ。今のは演技じゃなくて紛れもない俺の本心です」
「どうかな。誠は器用だから。嘘を本当にすることは勿論、事実を嘘にすることも出来る。そしてそれを隠し通すことも」
「何が言いたいんですか?俺のこと蹴落とそうとしてるだけですよね?」
「だけってことはないけど、まあ、僕にとっては誠が一番邪魔だからね」
「誰も相手にならないって言ってませんでしたっけ。邪魔ってことは、俺の方が武内さん自身より優位に立ってると思ってるってことじゃないですか?」
「へえ、誠も言うようになったね」
そう言った武内の表情が葉太には少し悲しそうに見えてしまった。
何でだろう?と思ったけど、二人の関係性を考えてみたら何となくでも武内の心情が分かるような気がする。
「武内さんは誠くんが邪魔なんじゃなくて、誠くんと争いたくないだけ…なんじゃないですか…?」
長い付き合いだと言っていたから、子どもの頃から知る彼と恋愛のごたごたで争って関係を壊したくないんじゃないか、と葉太は思った。
葉太なりに武内の心情を汲み取ったつもりの発言だったが、今度は誠が先程の武内の発言をそっくりそのまま葉太と周りに向けて返す。
「葉太さんも、知らないんですか?この人、伊達に何年も営業部長やってないですよ」
「え…?」
「仕事を取る為なら平気で嘘が吐ける人だってことです。その辺は私生活でも大差ないんじゃないかと思いますよ」
先程の仕返しとばかりに嫌味っぽく言った誠に、武内も溜息を吐き返した。
「僕の私生活を見たこともないのによく言うよ。当然だけどオンオフはちゃんと切り替えてるから」
「貴方だって私生活なんてないようなもんじゃないですか?仕事に全てを捧げてきたんでしょうし」
「そんなことないけど。まあ、まだ子どもの誠にはそう見えるのかもね」
「………」
子ども、と言われた誠がむっとした表情で武内を見る。
それを見て笑った武内だったが、何やらバトルが始まりそうなその空気を見事に蹴散らしたのが瀬戸のこの一言だった。
「親子喧嘩してるわーと思ってたけど、普通に褒め合ってるだけだし、何だかんだ認め合っちゃってんじゃん」
熱いっすね、と言って微笑むように笑った瀬戸に、誠も武内も咄嗟に返す言葉が出てこなかった。
図星を突かれた、とも少し違うが、それは彼らが無意識に言葉を発してしまっていたからで、瀬戸の発言は的を射ている。
すっかり毒気を抜かれてしまった二人が再び重い溜息を吐き合っている間に、今度は三森が恐る恐る訊ねる。
「あの。結局のところ、公平性を期す必要はあるんでしょうか?会いたい時に会っても良いことになれば、俺はそれが週一になったとしてもとても有り難いのですが…」
「週一って、どこから出た数字?単純に一週間を七人で割ることが出来ないから不公平だって話してたんだよ?」
「だからです。不公平でも良いなら、河原さんの水曜日を俺のものにしたいってことです。うちは水曜定休でやっているので」
「「ッ……」」
それも狡いだろう、と思った者は半数以下だった。
それなら自分もと名乗りを上げる者の方が多いのは、彼らが一般人と芸能関係者で分かれているからである。
「じゃあうちは火曜定休だから葉太くんの火曜は俺のものにして良いってことだよね?」
「それならうちのクリニックは日木が休診日だから、二日も貰える計算になる」
「待ってください。僕も土日休みなので日曜が笹野さんと被ります」
「上條先生は曜日に関係なく河原さんに会うことが出来るんでしょう」
「そうですけど、貴方には葵くんがいらっしゃるじゃないですか。まさか放置されるおつもりですか?」
「まさか。葵も彼のことを気に掛けてくれているようなので、葵がいる時は家族ぐるみで彼と付き合っていくつもりです」
「え、葵くん公認なの?いやでも先生、家族ぐるみって言っても俺達セフレだよ?恋人ならそれで良いかもだけど」
篤志の発言を受けて一瞬、皆がそれぞれの考えを頭に思い浮かべる。
何だかこのまま話題が関係性に対する不満に戻りつつあるが、そうなる前に彼らが黙っていなかった。
「曜日で固定するって言っても、僕達のオフがそこに重なった時はどうするつもり?」
「そうですよ。だったら何曜日だろうと俺達を優先して貰わないと困ります。貴方達より会える頻度が少ないかも知れないんですから」
「俺は若干上條センセー寄りだったけど、曜日固定されんのはキツいなぁ。ごっそりオフの時もあれば自宅作業も結構多いから、葉太をうちに連れ込めるって思ってたのに」
「いや、全然、寧ろ僕より瀬戸くんの方が有利じゃないか。葉太くんを監禁出来るってことだろう。ふざけてる」
いや、待ってくれ。全員ふざけてるから。
心の中でツッコミを入れてから、ここで漸く葉太が口を開く。
「黙って聞いてましたけど、流石に言わせてください。俺のスケジュールはこの先も真っ白だと言われてるようにしか聞こえなかったんですけど、俺も俳優やってるんですよ?」
「「あ…」」
「あ、じゃないですよ。皆さん酷いです。そりゃあ今は中々仕事を貰えない立場ではありますけど、そんな俺にでもやることくらいありますよ」
まだまだ俳優一本では食っていけないので単発のバイト等もするつもりではあるし、仕事がなかったからと言って葉太はプライベートを全て彼らに捧げるとも言っていない。
セフレと言うことは、会えば行為に至ると言うことなのだから、そんな風に毎日毎日取っ替え引っ替え抱かれていたらお尻どころか全てが壊れてしまう。
そこまでは流石に言えなかったが、とりあえず葉太には彼らの発言が自分のことを丸無視されているように聞こえてしまったのだ。
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