1 日曜日の朝、諒太さんと別れた後のことだ。 俺のスマホは立て続けに送られてくる恋人達からの通知で悲鳴を上げていた。 『電話出来ます』と送って間もなく鳴り響く着信音。 その直後に届くお怒りの声。 『アレ何ですか?どう言うことですか?演技じゃないですよね?』 『アレは何?どう言うことか説明して貰える?と言うかアレ、演技じゃないよね?』 『アレ何なの?何で?え、まさかアレ、本気の告白とかじゃないよね?』 『アレ何?俳優ってあんなことまですんの?じゃあ俺ともやってよくない?』 あの動画の件について反応があったのは四人からで、大体皆が同じようなことを言っていた。 一人だけ毛色が違ったような気がするけど、その時は俺もすっかり動揺してしまっていたのでそこに突っ込むことは出来ていない。 悪いけど、四人に対して全く同じ説明をしていたから最後に彼と電話した時は少し疲れてしまっていたのもあると思う。 何故最初から俺だとバレているのかは、既にネット上で俺の名前が特定されているからである。 まあ若月さんの後輩って言ってるんだから事務所のホームページを見れば特定なんて直ぐに出来るよね。 顔も映っていない訳ではないし、声は完全に俺だし。 自分の知らない所で僅かながらも知名度が上がってしまっていることは何とも形容しがたい気持ちにはなる。 でも今の俺は世間の反応を気にしている場合ではなかった。 アレが本気の告白かどうか、それを疑ってきた篤志さんはまだ分かる。 でも、誠くんと武内さんに関しては”演技じゃない”と断定していたからその鋭さに怯えた。 お陰で誤魔化すのが大変だったよ。 実はあの後、若月さんから正式に告白されてます。 なんて、言える訳ないじゃん。 それは誰の為が大きいって、そんなの若月さんに決まってる。 一般の人に告白されたとかだったらまだ言えていたかも知れない。 でも相手は、その存在を多くの人々に認知されている若月理仁と言う名前の俳優だ。 事務所の先輩でもある彼のプライベートな情報を、幾ら俺が当人だからって簡単に喋ってしまって良い訳がないんだよ。 だから誤魔化すしかなかった。 「アレは演技です」で通すしかなかったんだ。 半分嘘かも知れないけど実際に演技の練習だったんだから完全なる嘘ではない。 何だかんだ玲司さんも『マジだったらもっとやばかったわ』と怖ろしい発言をしていたので余計に言えなかった。 どうやばかったのかなんて想像すらしたくない。 とまあ、そんな感じでこの日は只管恋人達の対応に追われていた訳だ。 篤志さんからは昼休憩になったら電話すると言うメッセージを貰っていたから、連絡を待つ為に昼食はそのまま外で済ませたし、玲司さんと電話をしたのはその後だし。 全員から近々会いたいと言う趣旨の発言を貰ってしまって頭を悩ませることになったし。 面と向かってこの話題に触れてこられた時にやりきれるかどうか不安になるし。 色々と考え過ぎて、何とか自宅に戻った時は既に夕方になってしまっていた。 「ただいま…俺の家…」 何か最近この家にいることの方が少ない気がするけどそれって全然気のせいじゃないよね。 帰ってくる度に「ああ、俺の家…俺のベッド…」ってなってるもん。 どんだけ立て続けにお泊りしてんの俺、幸せ者かよ。 それは間違いないけど、多分それが原因で面倒なことになりまくっているんじゃないかと思われる。 良いことばかり起きると思うなよ、って言う神様からのお告げなんだよ。多分。 そう思えばさ、それならまあ仕方ないかってなるじゃん。 なるけど。でもさ。 若月さんとの問題はまだ解決出来ていない訳で、このまま隠し通すことが出来るかどうか。 諒太さんは全てを知ってしまっているし、彼が誰かに話すようなことはないとは思うけど、今後の展開次第ではそんなことが起きてしまう可能性も否定は出来ない。 若月さんが俺のことを諦めてくれたら全ては解決するだろう。 そうなると俺は出来るだけ早い段階で彼とコンタクトを取った方が良いのではないだろうか。 そう考えていた時に、タイミング良く俺のスマホに通知が届いた。 確認するとまさかの若月さんからで。 連絡先は前島さんに訊くと言っていたので彼が俺の連絡先を知っていることには驚かなかったけど、思い立った直後の連絡だったら流石に動揺してしまった。 そこには『今電話出来る?』と書かれていたから、余計に。 『はい』と返すと直ぐに電話が掛かってきた。 「もしもし…っ」と応えた声はあからさまに動揺していて、電話の向こうで彼が笑う。 『そんなに緊張しないで。動画の件で電話しただけだから。って言っても、軽い話じゃないんだけど』 「っ……その件は、前島さんから聞いてます」 『うん。まさか俺もこんな形で葉太くんに迷惑を掛けることになるとは思わなかった。本当にごめん』 「いや、迷惑とかは別に…」 『諒太からも滅茶苦茶怒られたよ』 「ッ…!?」 何故、とは思わなかったけど、驚きはした。 諒太さんが何と言ったのかも気になる。 苦笑する彼に何と返そうか返答に困っていたら、真剣な声色で『一度会ってちゃんと話がしたい』と向こうから誘いを受けた。 「…それは俺も、考えてました」 『…そっか。良い子だなあ、葉太くん…俺は何でこんな良い子を困らせてるんだろう…』 しみじみと嘆くような呟きが俺の胸に刺さる。 「良い子なんかじゃ…ないです…」と答えた声は、自分でも驚くくらいに温度がなかった。 「多分、若月さんが本当の俺のことを知ったら、そんな風には思えないと思います」 『…それは知ってからじゃないと判断出来ないけど、俺は別に葉太くんが良い子だから好きになったつもりもないよ』 「……じゃあ、俺のどこを…」 『それは会って話したい』 「っ……」 一瞬、会わない方が良いのかも知れないと言う考えが頭に浮かんだ。 でも、それじゃあ何も解決出来ない。 「分かりました」と答えると『ごめんね』と返された。 その時に気付いたんだ。 俺はどうやら、誰かに謝られるのが好きじゃないらしい。 「ごめんって…言わないでください…」 謝られてもどうしたら良いか分からないと伝えると、電話の向こうで若月さんがゆっくりと長く息を吐いた。 『いつ会えそうか、スケジュール確認してからまた連絡するね』 「あ、…はい。分かりました」 『これは動画の件に関する謝罪だから受け取って欲しいんだけど。改めて、今回は葉太くんを巻き込む形で迷惑掛けてしまって本当にごめん』 「っ…いえ、そんな風には思っていないので、理仁さんは…」 呼んでからあっと気付いた。 でもそれをわざわざ訂正するのも可笑しい。 結局そのまま「気にしないでください…」と続けると、静かな笑い声が耳に届く。 『諒太の前で呼ばなきゃ良いだけだと思うよ。俺は理仁さんって呼んで欲しい』 「ッ……」 それは諒太さんが俺に対して何を言ったか知った上での発言なのか、そうじゃないのか。 それによって話は変わってくるけど、どちらにせよそう言った器用なことは俺には出来そうにない。 「どっちかじゃないと、無理です…」 『じゃあ理仁さんって呼んで。諒太の前で俺の話をしなければ良い…って言うか、諒太も俺の話なんか聞きたくないと思うよ』 いや…俺からしたらそう言う問題じゃないって言うか… やっぱり諒太さんからそれについて聞いているかどうかの確認を取らないと説明が出来ない。 「諒太さんから何か言われてます…か…?」 『いっぱい言われてるけど、どれのことだろう』 「えっ…いっぱいって…」 『ふふ。葉太くんが訊いてるのは呼び方のことだよね?言われたよ。先輩らしく名字で呼ばれとけって』 「えっ!?」 『そっちは年下に敬語使ってて全然恋人らしくないよねって言ったら、今はもう敬語じゃないってドヤ顔で言われた』 電話だったから見えてはないけど、と言ってクスリと笑った彼に、俺は気付かれないように溜息を漏らした。 この人達親友だもんなあ…と、遠い目をしながら。 [次へ#] [戻る] |