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張り裂けそうな痛みを胸に感じて、諒太さんから目を逸らして下を向く。
何か言葉を発したらそれだけで溢れてしまいそうで、感情を必死に抑え込む俺に彼は「すみません…」と謝ると、俺の身体を思いきり抱き締めてきた。


「今のは全部、理仁に対する嫉妬です…」


諒太さんも俺と同じで、込み上げる感情を必死に抑え込んでいるようだった。
揺れる声からも、腕に込められた力の強さからもそれが伝わってきて、また胸が苦しくなる。


「理仁が貴方のことを想っていると言う事実も、俺が知らない貴方を理仁は知っているんだと言うことも、先輩として貴方から慕われていることも…何もかも、認めたくない…」

「ッ……」


そんなことは、俺だって認めて欲しいとも思っていない。
理仁さんとの関わりだって、こんなことがなければ知られることもなかった筈だ。
別の場所で想いを伝えられていたとしても断っていたし、それ以降も先輩と後輩の関係が続いていたかどうかも分からない。

でも、今のが紛れもない諒太さんの本音なんだとしたら。


「…それは……理仁さんに対して…だけですか……?」

「…………」


そんな風に思う気持ちがあるなら、それは理仁さん以外にも言えることなんじゃないかと、思ってしまった。

不安を抱えながら訊ねた俺に、諒太さんは何も答えなかった。
それがもう、答えになっている。

そのことをハッキリさせたからって、それに関しては今から事実を変えることは出来ない。
寧ろ諒太さんにとっては辛いことだったのかも知れないと思うと罪悪感を抱いたけれど、確認するだけ無駄とも言えないんじゃないかと思う。


「諒太さんは…俺が何をしても責めないって言ってましたけど…そう言う気持ちを押し殺すのは…それとは別の話なんじゃないですかね…」


俺だって、責められたからと言って関係性を変えるつもりがないのであれば俺がそれを求めることに意味なんてない。
そうすることで諒太さんの気持ちが幾らか救われると言うならどれだけ責めて貰っても構わないけれど、それで余計に虚しくなるのであればあえてそうしろとは俺の口からは言えない。

でも、嫉妬や不満を我慢した状態で関係を続けて貰っても、素直に喜べない。
それすら俺のエゴだけど、行先のない感情が自分の中に溜まっていくことは物凄く苦しいことだと思う。


「諒太さんの中にある感情は、捨てるんじゃなくて、全部俺にぶつけて欲しいと思ってます。無理する必要はないけど、我慢もして欲しくない…」


「我がままを言ってすいません…」と謝ると、諒太さんは「理仁と同じ台詞を言わないでください」と言って静かに空気を揺らした。
少し力の緩んだ彼の腕とは反対に、彼を抱き締める俺の腕に力が入る。


「…俺は絶対に、諒太さんの前で演技なんかしません」

「…理仁の前では?」

「それは……必要なら、します」

「じゃあ、常に。理仁の前ではとことん可愛くない後輩を演じておいてください」


そうすればあいつも諦めるかも知れない、と言った彼のお陰で、俺の胸に渦巻いていた憂鬱な気持ちが少しずつ晴れていく。


「急にそんなこと言うのはちょっと…いや、かなりずるいです」

「意地悪しているつもりはないです」

「っ…は、はい…それは分かってます、けど…」

「俺が本気で我慢することを止めたら、河原さんはきっと困りますよ」


訂正しますか?と訊いてきたそれは確実に意地悪だったと思う。

一回言ったことはもう訂正出来ない。
それは理仁さんが諒太さんに対して言った台詞だ。

それをなぞったその意地悪に、俺は「俺達はもう付き合ってるんだから、邪魔しないで欲しい…って、嬉しかったです」と言って笑みを零した。


「俺にとっては理仁が一番厄介な存在なんですよ」

「それは、理仁さんが諒太さんの親友だからですか?」

「まあ。だからと言って遠慮するつもりなんてありませんけど」

「はい。でも、一番心配する必要がないのも、理仁さんだと思いますけど…」


そう漏らすと、諒太さんが俺の肩を掴んで顔を覗き込んできた。
真剣な表情で「絶対好きにならないって言い切れますか?」と訊ねられ、すかさず頷きを返す。


「じゃあ今、宣言してください」

「え…?」


宣言、とは。
今諒太さんが言った台詞を言えば良いんだろうか?

その意図は分からないけど、意味はあるのかも知れない。


「俺は、理仁さんのことを絶対好きにはなりません。あ、男としてって意味で」

「余計な言葉を付け足さないでください」

「っ、すいません。…え、もう一回言うんですか?」

「はい」

「……俺は理仁さんのことを絶対好きになりません」


もう一度同じ台詞を言い終えると諒太さんが真面目な表情のまま少し満足したように小さく頷く。
そのせいで、どうしても余計な言葉を付け足したくなってしまった。


「何かあったら、その時は諒太さんが守ってくれるって信じてます」


そう言って笑うと、彼は眉間に皺を寄せて「何かあってからじゃ遅いから」と文句を垂れた。

内容がどうとかじゃなかった。
たったのその一言で俺が胸を高鳴らせてしまった理由は、その言い方にある。


「一つお願いがあるんですけど」

「…何ですか」

「俺に敬語使うの止めて貰えませんか」

「………」


いつかはそう言われるんじゃないかと思っていた。
そう思っていそうな顔をして口を噤む彼に、思わず苦笑が漏れる。


「そんなに嫌ですか…?」

「嫌では……ただ、急に口調が替わるのも、変な感じがして…」


それが理由なら話は早いと思った。
このまま押せばきっと良い返事が貰える筈。


「理仁さんと喋ってたの聞いてたんで違和感とかないです。寧ろ良いなあって思ってました」

「…理仁とは、」

「名前も。理仁さんのことは呼び捨てですよね」


俺は名字にさん付けなのに…と漏らすと、諒太さんが諦めたように溜息を吐いた。
「分かりました」と答えてくれた時はまだ敬語のままだったけど、その後に「何て呼んだら良い?」と訊かれて即行にやけた。

だらしくなく表情を緩めてしまっている俺を見て今度は彼が苦笑を漏らす。


「そんなに嬉しい…?」

「はい。かなり」

「…そう。でも、当分慣れないと思う」

「あ、駄目です。滅茶苦茶にやけます」


言いながら表情が崩れるのが自分でも分かる。
そんな俺に諒太さんは「もう既にって感じだけど…」と言って少し呆れたように笑った。

駄目だ、諒太さんのこのギャップが一番しんどいかも知れない。
多分俺の方が慣れない。
毎回心臓を握り締められているような感覚になってしまう気がする。勿論良い意味で。


「これで名前まで呼ばれたら死ぬかも知れません」

「…どうやって?」

「どう……後ろに倒れて後頭部を強打する…とか?」

「成る程。それなら俺が受け止めるから、安心して良いんじゃないかな」

「え?」


そう言って諒太さんは少し意地悪な笑みを浮かべると「今呼んで良い?」と律儀に確認を取ってきた。

それは是非とも確認を取らずに呼んで欲しかった。
そう思った直後に、そんなことをされたら心臓が止まっていたかも知れないからやっぱりそれで良かったと考えて、一気に心拍数が正常値を超えた…気がした。


「無理かも知れません…っ」

「それは試してみないと分からない」

「おっ俺が死んだらどうするんですかっ」

「支えれば良いだけの話だと思う」

「いやっ、心肺停止とかっ」

「…いきなりってこと?それはどうやっても防げないから困る」


そう聞こえたから、羞恥によって逸らしてしまっていた視線を諒太さんに戻すと「まあ、死なないよ」と笑われ、その直後に彼の唇が俺の名前を紡いだ。




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