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無理に泣かせようなんてつもりはなくて、でも、葵くんには色んな感情を我慢して欲しくなかった。
笹野先生は父親だし、同じ状況を共有する家族だから葵くんが彼に対して遠慮してしまうのは仕方がないんだと思う。
だから、家族に甘えられない分は代わりに俺が受け止めてあげたいと思った。

葵くんの身体を抱き締めながら視線を先生の方へ向けると、彼も切ない表情で静かに微笑んでいた。
ありがとう、と動いた口を見て俺も泣きそうになりながら頷きを返す。

暫くして、そっと顔を上げた葵くんの表情にはまだ少しの遠慮が残っていた。
それでも、照れたようにはにかんで「葉太さんともっといっしょにいたい」と言ってくれたから俺の表情も綻ぶ。


「うん、良いよ」

「ほんとに?じゃあ今日、泊っていってくれる?」

「え、…あー、それは…」


俺が決められることじゃない、な…と思いながら先生に視線を向ける。
緩やかに微笑む彼に「そうして貰えるなら私も嬉しい」と言われ、それなら…と言うことでこのまま笹野家に泊まらせて貰うことになった。


そこから先の葵くんはすっかり俺に対する遠慮をなくしてくれたようで、夕飯を食べ終わった後は堂々と俺にくっ付いて甘えてくれるようになった。


「今度いっしょにお出かけしようよ」

「うん、良いよ。どこに行きたいとかある?」

「葉太さんといっしょならどこでもいい」

「おお…」


そんな台詞がさらっと言えてしまうのは流石笹野先生の息子さん、ってところだろうか。
見た目の雰囲気もどことなく先生に似ているし、この性格だと恐らく学校でもモテているんじゃないかと思う。


「そんなこと言って。葵くんって学校でモテるでしょ?」

「え?わかんない。あんまり興味ないから」

「あー、そっか。まあまだそうだよね」

「うん。でも葉太さんのことは好きだよ」

「あはは。嬉しいな」


ありがとうと伝えるとすかさず「葉太さんも俺のこと好き?」と訊かれて一瞬驚いてしまった。
直ぐに「うん、好きだよ」と返すと葵くんは嬉しそうに笑って「俺もすごく嬉しい」と言ってくれて、あまりの可愛さに天を仰ぐ。

そんな俺達のやり取りを先生は少し離れた位置に座って静かに見守っていた。
天を仰いだついでに先生に視線を投げて「先生、この子可愛過ぎます」と報告をするとその表情が少し複雑そうに歪められる。


「かなり猫を被っているようだがな」

「え。そうですか?そんなことないよね?」

「父さんは俺に葉太さんを取られちゃったからヤキモチ焼いてるんだよ」

「えっ。そんなこと…」


葵くんに戻した視線を再び先生に向けると平然とした態度で「それは昼間に言った筈だが?」と言われドキっとした。
そんな言い方をしたら葵くんが…と不安を抱いて直ぐ「昼間って何のこと?」と訊いてきた葵くんに引き攣った笑みを向けてしまう。


「う、ううん、何でもないよ」

「別に隠さなくていいじゃん。父さんが葉太さんに何してるか知ってるし」

「!?」


発言自体もそうだしその言い方にも衝撃を受けて唖然としてしまった。
流石の笹野先生も今のは聞き流せなかったようで、立ち上がって俺達の元へ歩み寄ってきた彼が少し厳しくなった表情を葵くんに向ける。


「そう言うことは堂々と話せるようなものじゃない。それに関しては父さんが悪いと思っているが、葵もあまり口を出さないでくれないか」

「…悪いことしてるわけじゃないんだから、いいじゃん」

「そう言う問題じゃないんだ」


叱りつけるでもなく、冷静に諭すような口調で言われて葵くんもぐっと言葉を呑み込んだようだった。

さっきの発言にはひやっとさせられたけどこうして聞き分けが良いところは素直に褒めてあげたい。
ごめんね、と口にはせずに優しく頭を撫でてあげると葵くんは困ったような顔をして控え目に抱き着いてきた。


「…葉太さんが…ずっとうちにいてくれたらいいのに…」

「っ……葵くん…」


それは多分、俺なら甘やかしてくれると思ったからそんな風に言ったんだろう。

確かに先生は葵くんに対して厳しいところがあるかも知れないけど、それは父親と言う立場上仕方がないことだ。
でも葵くんの場合は、そうやって叱られた後に甘えたり逃げたり出来る相手がいない。
だから余計に気を遣う子になってしまったのかな…と、勝手に想像して勝手に辛くなってしまう。


「葵くん。先生が…、お父さんが葵くんに対して言ってることは、全部葵くんの為だからね」


俺が葵くんを甘やかすのは凄く簡単なことで、それは俺が葵くんを教育する立場ではないからだ。
その責任がないから簡単に出来てしまう。


「俺も、もし葵くんが間違ってることをしてたら注意すると思うよ。でも、何が一番葵くんの為になるかは、俺よりもお父さんの方がよく分かってるから」


その事実が伝わっていれば良いんだと思うし、多分葵くんもそれが分かっている筈。
だから先生に対して反発もしなければ、甘えることも遠慮してしまうんだと思う。

それはあくまでも俺の勝手な解釈だけど、葵くんはやっぱり「それはわかってる…」と小さな声で答えた。


「そっか。えらい。葵くんはえらいね。お父さんには怒られちゃうかも知れないけど、俺がいっぱい甘やかしてあげる」


そう言ってぎゅうっと抱き締めながら頭を撫でると漸く葵くんが嬉しそうな声で笑ってくれた。

甥っ子とか姪っ子が出来たらこんな感じなんだろうな。
俺はこの子をとことん甘やかしてあげたいし、何でもしてあげたい。


「二人いっしょに怒られるならこわくないね」

「そうだね。一緒に怒られて一緒に反省しよっか」

「うん。そしたら俺も葉太さんにいい子いい子してあげるよ」

「え、良いの?」


ありがとうと言って笑っていると、不意に頭の上にぽん、と手が置かれた。
え…?と思いながら顔だけ振り返ると先生が俺の頭を撫でながら「それは私の役目かな」と言って悪戯っぽく微笑む。
じわっと顔が熱くなるのを感じて視線を逸らすと葵くんと目が合ってしまった。
俺の顔を見た葵くんが「葉太さん真っ赤だ。かわいー」とか何とか、にやにやしながら言うから俺の中でこの二人が似た者親子だと言うことが確定された。


「ねえ葉太さん、夜は父さんといっしょに寝るんだよね?」

「え?…えっ!?」

「俺もいっしょに寝たいけど俺のベッドじゃせまいし、そっちは父さんにゆずるよ。だからお風呂は俺といっしょに入ろ?」

「え!?」


お父さんと一緒に寝るのくだりから既に頭が追い付いていないんだけど今お風呂が何て言った?
え?一緒に入ろうって言った?

「俺は全然良いけど…」と答えながら先生の方を振り返ると全然納得していない顔をしていたから今度は苦笑が漏れた。


「葵はもう中学生なんだから風呂くらい一人で入りなさい」

「葉太さんはいいって言ってくれたよ。ね?」

「あ、う、うん…」


言っちゃったね…と苦笑すると先生が「葵の為にも撤回してやってくれ」と言ってきた。
それは本当に葵くんの為だけなんだろうか、と思っていたら俺の代わりに葵くんが「父さんの為でしょ」と若干呆れた様子で言葉を返した。

やっぱりそう思うよね。

その後、何やかんやあって結局俺は葵くんと一緒にお風呂に入ることになった。
別に疾しい気持ちなんてお互いにないんだし、そもそも葵くんは子どもだと言うことを先生はもっと強く認識した方が良いと思う。
万が一、絶対にあり得ない話だけど、俺が葵くんに襲われたとしても流石に自力でどうにか出来る。

それでも先生は不満を抱えたままのようだったから、葵くんがトイレに行っている隙に謝罪のキスをしたらその現場を葵くんに見られてしまって死ぬ程焦った。
葵くんはにやついていたけど俺も先生もお互いに反省して、完全に二人きりじゃない状況では下手なことはしないでおこうと言う結論に至った。




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